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''日本一のアイドル''として、ただの''九頭龍倫人''として。


音唯瑠(ねいる)、落ち着いた?」


「はい。すみません、心配をおかけして」


「いーのいーの! 音唯瑠が元気になったなら良かった!」


「ありがとうございます」


「あぁ。良かったよ。でも、あまり無理はしないでくれよ、音唯瑠」


「……ありがとうございます」


 朗らかに笑い飛ばす清蘭(きよら)に、音唯瑠は本当は謝りたかった。そして、画面越しに未だ心配の眼差しを向けてくれる倫人(りんと)にも。

 自身のちっぽけな嫉妬心から2人に心配をかけただけでなく、話の腰も折ってしまった。再び心配をかけないと顔には出さないが、心の内では自身の事を責めつつ。


「それで、倫人さん。【アポカリプス】というグループ名の経緯について、良ければ聞かせてくれませんか? 私達、グループ名を自分達で考えるようにプロデューサーに言われてて……参考にさせてもらいたいなと思ってまして」


 と、自らが歪めてしまった話題のレールを元に戻した。せめてもの罪滅ぼしをした音唯瑠に便乗し、「あ、そーだった! 聞かせてよ倫人!」と清蘭はいつものペースで倫人に頼み込む。


「あーえっと、その事なんだけど……悪いな。たぶん参考にはならないと思う」


「どういうこと?」


「【アポカリプス】っていうのは、俺達で考えたものじゃないんだ。ジョニーズ事務所は、基本的に社長のジョニーさんのフィーリングでグループ名が決まるからな」


「へーそうなんだ。じゃあ電話した意味ないじゃん。どうしてくれるの倫人! あたしの充電返してよ!」


「滅茶苦茶言うな! このカ……それはそうとして、グループ名を自分達で決めなくちゃならないってのは大変だな」


「そうですね。私達も色々と案を出し合ったんですけど、中々決まらないです……」


「''名は体を表す''って言うからな。易々と名前を決定する訳にもいかないだろう。たぶん一日二日じゃ決まらないと思う」


「ええっ!? それは困るんだけど!」


「どうして? デビューは確か7月7日だろ? 焦ることはないんじゃないか?」


「実はグループ名が決まるまで歌やダンスを含めたレッスンはしないってプロデューサーが言ってまして……」


「なるほど……そういう事だったのか…ふむ」


 分かりやすく、考え込むようなポーズを取る倫人。

 清蘭と音唯瑠も同じようにして考え込み、しばらく沈黙の時間が流れる……が。


「ただいま〜。ふぁぁ眠たい……」


「ただいま戻りましたデース!」


「清蘭先輩、音唯瑠先輩、スポドリ買ってきましたよ」


 静寂を打ち破る賑やかな3種類の声。

 白千代(しろちよ)、エルミカ、エデンが帰って来た。


「あ。おかえりー」


「おぉ〜清蘭ちゃんに音唯瑠ちゃん、休憩中でもアイディア練り練りしてるなんて凄いね〜。……あれ? その画面に映ってるのって……もしかして?」


「「し、師匠!?」」


 と、画面に映る倫人に気づいた三人。白千代は「やっほ〜」とのんびり挨拶をし、エデンとエルミカは驚いた勢いそのままに「お久しぶりです!」と同時に土下座をしていた。


「はは……なんというか、勢揃いって感じだな」


 軽く挨拶を返すと、倫人は今目にしている光景に溜息すら出そうになっていた。もちろん呆れなどではなく感嘆の。


(改めて考えると……凄い面子だな。清蘭に音唯瑠にシロさんにエデンにエルミカ……絶世の美少女が一同に介すると、流石に絶景だ。しかも、皆は''日本一のアイドル()''をも見とれさせる魅力もあるし……ひょっとして、凄いグループになるんじゃないか?)


 こうして清蘭達が全員集まるところを見たのは初めてだった倫人は、その凄さを素直に実感していた。それぞれがベクトルの異なる魅力を持っており、そしてどれも一級品の輝きを放つ可能性を秘めていて。


(面白いじゃねーか)


 当初、清蘭からの電話で正直気が乗っていなかった倫人だったが、ふと笑みを零すと自ら切り出す。


「清蘭と音唯瑠から話は聞いたよ。皆でグループ名を考えていて、グループ名を決めないとレッスンさせて貰えないってことも」


「そうなんだよね〜。ボク達色々考えたんだけどしっくり来なくって〜」


「そこまで聞き及んでいらっしゃったとは、流石師匠です。どうかわたくし達に偉大なる先達としてのご助言をくだされば幸甚の極みです」


「どうかお願いしますデス師匠!」


「もちろん、頼まれなくてもこっちは協力したいさ。でも、それは出来ない」


 皆の頭に「何故?」の言葉が浮かび、それを口にもしようとした。

 しかし、それを倫人の真剣な顔が制する。まるで雄和太(おわた)を彷彿とさせる、''プロ''としての顔で。


「清蘭と音唯瑠にはさっきも言ったが、''名は体を表す''というものだ。皆のグループの名前だったら、皆がどんなアイドルになりたいのかを皆の言葉や思いで表した方が良い。俺からは具体案は出せないし、出してはいけないんだ。何せ、俺は清蘭でも音唯瑠でもシロさんでもエデンでもエルミカでもないんだから」


 静まり返った中、誰も反論することなく倫人の言葉に耳を傾ける。倫人もまた、迷うことなく己の考えを皆に伝えるべく、真剣な顔のまま続けた。


「早くレッスンをしたいっていう気持ちも分かる。デビューまで日も少ないし、なるべく早く名前を決めてレッスンに打ち込みたいだろうから。それでも、今すべきことは名前を決めることだ。それにじっくりと悩んで、言い争って、喧嘩して……本気をぶつけ合わないと、良いものは出来ない。名前も、その名を背負ったこれからの自分達も」


 本気でぶつかり合う。

 その言葉が、清蘭も音唯瑠も白千代もエデンもエルミカも、胸に染み渡る。

 これまでは和気藹々とした雰囲気すらもあった中で、名前を決めようとしていた。しかし、それは違うことに……ただ''楽''であったことに気付かされる。少なくとも倫人が魅せてくれる''本気の楽しさ''とは違うかったことに、皆が気付かされた。


「単純に名前を決めるんじゃなく、皆がこれからどういったアイドルになりたいのか、そこから追求していけば良い。中途半端に決めると、一生後悔する。俺だって、【アポカリプス】の活動の中で後悔したこともあった。だけどそれは辛く厳しいこと自体にじゃなくて、そこから逃げ出して手を抜いたことだった。デビュー当時とかでまだ初々しかった頃のことだけどな。でも、未だにその時のことは俺の中で後悔として根深く残ってる。あの時、逃げなきゃ良かったって」


 今や''日本一のアイドル''として輝かしいステージに立つ倫人すらも、そんなことがあったことを知り皆は驚愕する。清蘭ですらも、それは知り得なかった事だった。

 「まぁお陰で教訓になってるけどな」と少し苦笑いを浮かべながら補足しつつ、倫人は再び真剣な顔で皆に言った。


「デビュー前だけど、ハッキリと言う。今が、皆にとっての最初の試練だ。きっと、名前決めには凄く時間がかかると思う。何度も何度も決まったと思っても、その度にやり直すかもしれない。それでも、諦めるな。目の前が暗い雲で覆われても、その先に必ず──輝きはある」


 真剣な表情だった倫人は、最後の言葉だけは笑顔を浮かべて伝えていた。

 ''日本一のアイドル''として。

 そして皆を知るただの''九頭龍倫人''として。

 思いの丈を詰め込んだ助言を、ありのまま正直に伝えていたのだった。


「って、本当に具体的じゃねえなこれ。ごめんごめん。じゃあ一緒に考えて──」


「倫人、ありがと!」


「えっ……?」


 と、仕切り直そうとした倫人だったがまさかの事態。お礼の言葉を短めに告げた清蘭が、ここで電話を切ってしまっていた。


「……皆、今ので分かったよね」


「はい。倫人さんのお陰で、気づきました」


「そうだね〜。もう名前、決まっちゃったね」


「師匠のお言葉を理解出来ないはずかありません」


「そうデス! もう悩むことはないデスね!」


「よーしっ! じゃあ決まりだねっ!! あたし達のグループ名はーーーっっっ──」


 声高に叫んだ清蘭も。

 清蘭の言葉に頷いた皆も。

 どの瞳にも、キラキラと輝く光が宿っていた。



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