難航、グループ名決め
「よーし! じゃあ【トップ・オブ・ザ・ワールド・スタープラチナ・クレイジーダイヤモンド・ゴールドエクスペリエンス】はどう?」
「……ちょっと、長すぎると思います」
「ボクもそう思うかな〜」
「そうですね。しかも欲張りセットみたいな感じですよ清蘭先輩」
「仮に覚えてもらっても、ファンの皆さんがどの部分を呼ぶか迷っちゃうと思いますよ〜」
「むむむ、そっかぁー……」
頭を捻ること10秒間、飛び出た珠玉のアイディアも賛同は得られず、清蘭はぐぬぬと顔を顰めた。とは言え以前であれば「あたしの言うことは絶対なの! はいこれで決定!」と邪知暴虐の暴王が如き振る舞いで決定を強行していたに違いないので、こうして引き下がったのは清蘭の確実な成長ではあるのだが、それはそうとして。
(あれで駄目だったかぁー。結構良いと思ったんだけどなー)
(ど、どんな名前が良いんだろ……?)
(赤ちゃんの名前考えるみたいで楽しい~)
(これからのわたくし達を表す名前……しっかりと意味のあるものにしないと)
(あれも良いしこれも良いし、どれにしよっかな~!?)
清蘭、音唯瑠、白千代、エデン、エルミカは思い悩んでいた。プロデューサーの雄和太が出した課題──"グループ名決め"に。
デビューをする為に必要なものがグループの名前だと説明された清蘭達は、その流れで自分達のグループ名を決めることを課されたのである。
さらにはグループ名はメンバー全員が納得出来るものでなければならず、グループ名が決まるまではレッスンはしないという条件も追加されていた。
雄和太の課したこの条件に、真面目なエデンを筆頭に誰もが焦りも覚えつつあったのだが。
「じゃ、じゃあ……【セレナード】とかはどうでしゃうか?」
「何それかっこいい! どういう意味なの?」
「小夜曲っていう意味で、一応恋人に送る恋の歌という意味もあります」
「へー良いじゃん! 皆はどう?」
「良いと思ったけど、音唯瑠ちゃん案外大胆だね〜」
「だ、大胆っ……!?」
「確かに良いですが、わたくし達の売り出していく路線が恋愛中心になる可能性もありますね」
「良いと思いますデスよ! ワタシ、恋バナ大好きデス! やっぱり、音唯瑠先輩にも好きな人がいるんデスか?」
「あうあうっ……そのっ……今は言えない……よ」
存外、今ではグループ名決めは和やかな雰囲気で行われていた。
この中でも一番控えめで遠慮しがちな音唯瑠も意見を出し、皆がそれに自分の意見をぶつける。偏りのないしっかりとした意見の言い合いと、時折このように脱線したりするのも楽しめる雰囲気が出来上がっていたのだった。
「それではわたくしの意見を言わせて頂きます。グループ名の候補には【ジェノサイド・ユグドラシル】を挙げさせて頂きます」
「おおっ!? なんか響きが凄い!?」
「清蘭先輩にお褒め頂けて恐縮です。【ユグドラシル】とは北欧神話において世界樹のことです。そしてジェノサイドは、乱暴な言い方になりますが大量殺戮のことを意味しています。つまり、世界の常識を壊してわたくし達が新たな世界樹になる、という強い決意を込めた名前なのです!」
心なしか瞳をキラキラと輝かせ、エデンは熱弁する。清蘭も既に言葉の響きだけで同じように瞳を輝かせ、残った3人を見つめるのだが。
(……厨二病っぽいかなぁ)
(厨二病みたい〜)
(お姉ちゃんの悪い癖が出ちゃった……)
音唯瑠、白千代、エルミカの3人は遠い目をしていた。どうやら3人の中に邪気眼を宿した中学2年生はいなかったようである。
その後やんわりと遠回しに厨二病チックだから却下との旨を伝えると、会心の案だと自負していたエデンはガックリと肩を落としていたのだった。
「それじゃあ〜次はボクが提案するね〜。ボクは〜【アンスリーピング】が良いと思うな〜】
「それってどういう意味なのシロさん?」
「意味的にはよく眠れてないとか不眠とか、そういうものなんだ〜。ボクがどうしてこれにしたいのかを説明すると〜ボク達を見てくれた人達がずっと眠れないくらい魅了したいからなんだ〜」
「なるほど、言葉はシンプルながら深い意味がありますね……お見逸れ致しました」
「そうデスね! お姉ちゃんのイタ……複雑なものよりも、ワタシもシンプルなものが良いと思いますデス!」
まだぐぬぬと顔を歪ませるエデンに対し、エルミカも乗り気で。清蘭も何だかよく分からないまま「良いじゃん!」と賛同していて。
残るは音唯瑠の答えを聞くだけだった。
「私も、良いと思います。眠れないくらい、夢中にさせたい……私も見てくれる人達をそんな風にしたいです」
そして、音唯瑠の答えもYESで。
遂に、グループ名が決まった……と思ったその瞬間だった。
「あ〜」
「どうしたのシロさん?」
「でもこの名前、なんかボク達も不眠不休で頑張らないといけなさそうだからやっぱやめとく〜ボクはベッドですやすやするの大好きだから〜」
「「「「ええっ!?」」」」
提案者本人による却下に、白千代以外の全員が驚かざるを得なかった。相変わらずのマイペースぶりに、結局グループ名決めは白紙に戻っていた。
「それじゃ、ワタシの番デス! ワタシは、【凛として、咲く。】が良いと思いますデス! ヤマトダマシーとヤマトレガシー溢れてて、良くないデスか!?」
「おぉ〜変化球だね〜」
「凄く、お洒落です」
「やるわねエルミカ。あたしもなんかそのあれよあれ、綺麗な日本語的なグループ名を言おうと思ってた所なのよ」
「褒めて頂けて嬉しいデス! それでそれで意味なんデスけど」
「──甘い、甘いぞエルミカ」
「お姉ちゃん……?」
「日本語ならば、わたくしだって負けてはいない。同じ日本語ならばわたくし考案の【死地天破刀】の方が響きが良いに決まっている。よって、お前の案は却下だ」
「えーそんなー!?」
姉を超える妹など存在しない。そんな有無を言わさぬエデンの無情な却下によってエルミカの良案の種も摘まれてしまった。なおエデンが対抗案として出したもっと中学2年生を拗らせたそれは、秒で却下されていたのだが。
「んあー決まらないー!」
その後も会議を続けて3時間が経過したところで、遂に清蘭が我慢の限界を迎えていた。叫んで仰向けに倒れたまま、頭をくしゃくしゃっとかくほどに。
「グループ名決めるのってこんなに時間かかるものなのー? もう妥協してあたしがさっき言った【アルバトロス】にしない? カッコイイし」
「それはダメですよ。私達全員画納得した上でのグループ名じゃないとダメだってプロデューサーが言ってましたし……」
「それはそうだけど〜んあ〜!!」
中々決定に至らないストレスからか、部屋中をゴロゴロと転がり回り、端に行って壁にぶつかろうがお構い無し。
そんな清蘭に触発されてか、音唯瑠達も立ち上がって身体を伸ばしたりと少し考えるのをやめていた。
「それじゃあ〜ちょっと休憩しよっか〜。5分くらい〜」
「それもそうですね。根を詰めすぎても良いものは生まれないでしょうし……」
「お姉ちゃん、ジュース買いに行こー!」
「そうだな。にしても、【狂華彗月】も、駄目だったか……」
白千代の一言で休憩時間となり、それぞれ思う所はあるもののリフレッシュに向かっていた。
「……」
3人が飲み物を買いに行くも、音唯瑠は部屋に残っていた。転がり回るのをやめ、仰向けのまま天井を見つめる清蘭を放っておけなかったからで。
「清蘭さん、休みましょう?」
「いや、あたしは休まない。まだ、グループ名ちゃんと決まってないし」
「でも、さっきエデンさんが言ってたように無理しても良いものが出来るとは限りませんから……」
「あたしは、無理したいんだ。倫人に、あたし達のすっごいデビュー、見せたいから」
身体を起こして音唯瑠の方を見ると、清蘭はそう言い放つ。その言葉、視線はどこまでも真っ直ぐだった。音唯瑠が思わず二の句を忘れるほど。
「……ふふっ、そうですね。では、私は清蘭さんの意志を尊重しますね。頑張ってください」
「もっちろん! 休憩時間が終わるまでに、すっごいの考えとくから!」
一度決めたことは曲げない、それが甘粕清蘭という少女だ。音唯瑠もそれをよく理解しているからこそ、潔く清蘭の気持ちを優先していたのだった。
親指をグッと立てて自信満々に言った清蘭の姿を見届けると、音唯瑠もまた飲み物を買いに──
「あーーっ! そっかーーーっっ!!」
「ひゃっ!?」
馬鹿みたいに大きな声がしたかと思えば、今度はこちらに向かって猛然と清蘭が近づいてきて。驚く間もなく両手を握られると、圧倒されながら音唯瑠はこう言われていた。
「聞けば良いじゃん! 実際にどうやって決めたのか、倫人にさ!!」
''名案思いついたり!''
そんな文字が、瞳を輝かせる清蘭の顔には書いてあったのだった。