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アリスの挑発


「アリ……ス」


 目の前に迫った綺麗な顔の名前を呟く。

 銀色の瞳はダイヤのように輝き、日本人の面影がありつつも異国の地を思わせる目鼻立ちをしていて。美しいや綺麗と言った感想が自然と湧いてくるほどの美貌で、間違いなく清蘭きよらクラスの美少女ぶりを見せつけられる。

 それと同じ色をした髪の毛はほんの少しのほつれもなく真っ直ぐと腰元まで伸びていて。まさに顔も含めて全身から放たれるオーラは神々しいの一言に尽きるだろう。その佇まいから、"九頭竜倫人がもしも女性だったら"とも言わしめるほどの存在感。

 それこそが、アリス・天珠院てんじゅいん・ホシュベリー。俺と今にもキスしそうなくらい、顔を近づけている女だった。


「……で、いつになったら離れるんだお前? っていうか、何しに来たんだよ」


「あら、私ほどの美少女がこんなに近づいてるのに、恥ずかしがったりしないのね」


「そりゃあ、まぁ……こういうのも何だけど、見慣れたライバルの顔だしな」


「ちえっ、"日本一のアイドル"がどぎまぎする所、見たかったんだけどね」


 俺の言葉を受けて、ようやくアリスは離れてくれた。ぶっちゃけて言うとすっごくドキドキしてるけどね。美少女の中の美少女のアリスにあんなに急接近されたら本能と心臓が騒がずにはいられねえよ……。

 まぁそれを知られると弱みになるから言わない。ライバルでもあるから余計に。


「それで、何しに来たんだよ、アリス」


「あら、決まってるじゃない。お見舞いよ」


 わざわざベッドを回り込んで右足の傍に腰かけるアリス。今思ったら看護師の姿なのだったが、アリスが着れば一度妖艶さと神々しさのハイブリッド衣装が出来上がったようだった。


「痛そう……本当に、怪我してるのね」


「触るなよ。手術が終わったとは言え、まだ全然治ってねえんだからな」


「ふふ……そうね」


 そう言いつつ、アリスはまじまじと俺の右足を見ては手を添えようとしてくる。しかし……その手つきが妙にエロい。ねっとりとじれったいその手つきに思わず良からぬ想像をしてしまい、俺は隠れて生唾を飲み込んでいた。


「ねぇ……倫人りんと?」


「な、何だよ?」


「今ここであなたの右足を完全に壊せば……もう"日本一のアイドル"もお終いね」


「っ──」


 右足に手を静かに添えると共に、アリスはそう言い放つ。

 これまでと同じ微笑みながら、声色は凍えていた。悪寒を覚え身震いすらしてしまうほど。吹雪の中にいるみたいな感覚に俺は襲われた。


「……本気か?」


「本気、だとしたらどうする?」


 氷の瞳が俺を見つめる。俺もまた、彼女の瞳を見つめた。

 視線を交わし静かに火花を散らしながら、俺とアリスはどちらも黙ったままだった。彼女の問いに答えないつもりではなかったが、その意図を掴みあぐねいているのも事実で。俺はすぐには答えられなかった。


『倫人ーっ!!』


 だがその時不意に──清蘭きよらの顔が浮かんだ。

 

『倫人さん』


『倫人君~』


『師匠』


『師匠ー!』

 

 清蘭だけじゃない。

 能登鷹のとたかさんも、シロさんも、エデンもエルミカも……皆の顔が浮かんだ。

 ……そうだ。俺がもしもこのまま戻れなかったら、せっかくデビューする皆と競い合えねえだろ。"日本一のアイドル"として、頂点で皆を待ってるつもりだったんだ、俺は。

 遥か高みから皆がどんな輝きを魅せてくれるのか、あるいはその輝きが"日本一のアイドル(俺達)"ですらも上回るものなのか。

 それを知りたいし、もしもそうだったとしたらそれすらも上回る輝きを俺は放ちたい。だから──


「……血迷ったこと言うなよアリス。俺の輝きは、ちょっとやそっとで消せると思うな」


 俺は声を低くして、重くのしかかるような声色でアリスにそう答えた。

 重低音で芯に響くようなそれがアリスに伝わるかどうかは分からないが、ともかく俺は何が起ころうとも諦めるつもりはなかった。今ここで右足を壊されようが、今後何が起ころうが、俺は"日本一のアイドル"で在り続ける──。

 真剣さを増した瞳を、アリスにぶつける。

 それでもアリスは氷の瞳を保ったままだったが。

 

「……ふふっ。冗談よ」

 

 そう言うと、右足から手を離し、凍てつくようなオーラも霧散させていた。ただ微笑みだけは相変わらずだ。


「流石の迫力ね、倫人。安心したわ」


「あぁそうかよ。こっちも安心したよ。さっきのが冗談で」


「そりゃあもちろん。だってそんな反則技使ってあなた達を上回った所で意味はないもの。でもまぁ……」


「何だ?」


「目の前で真剣なあなたの姿を独り占め出来たのは、貴重な経験だったわ」


「っ……!?」


 アリスはおもむろに俺の顔を覗き込んだかと思えば、流れそのままに俺の頬にキスをしてきた。

 不意打ちだった。この女、本当に読めねえ。さっきの冗談と言い、今のキスと言い……!


「……大スキャンダルだぞ、こんなとこ撮られたら」


「ふふっ、そうね。【アポカリプス】の九頭龍倫人に【CUTIE(キューティー) POISON(ポイズン)】のアリス・天珠院・ホシュベリーが密愛してた、なんて毎日殺害予告が届きそうな大スキャンダルだものね」


「じゃあ何でしたんだよ……」


「そりゃあ──私はあなたが嫌いで(・・・・・・・)あなたが好きだからよ(・・・・・・・・・・)、倫人」


 その時の微笑みだけは、これまでのものとは異なったもので。

 えも言えぬ神々しい美しさと、感情の読み取れない人間離れした微笑み。不気味なほどの魅力を放つその笑みに、俺は言葉を失って見蕩れてしまっていた。


「それじゃ、そろそろ帰るわね」


「……あっ、お、おう。ありがとな」


 本当にお見舞いに来ただけだったのか……。それだけの為にこの大山田グループ直属の大病院に来て、さらにはナースに変装する。

 一歩間違えれば、大スキャンダルだ。お互いにとって、アイドル生命の存続に関わるほどの。でも、そんなことはこいつにとっては関係ないのだろう。

 アリス・天珠院・ホシュベリー、という女は、いつだって自分が面白いと思うことを実行することしか頭にないんだ。


「あ、そうそう倫人」


「何だよ?」


「また会いましょう──遥かなる高みで。あなたが戻ってくるのを楽しみにしてるから」


 意味深に呟くと、最後まで微笑んだままアリスは俺の病室を後にした。

 全くもって最後の最後までミステリアスな奴だし、考えも気持ちも読めない奴だ。


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