一番お前に似合ってねえよ
あたしに──甘粕清蘭に、両親なんて存在はなかった。
いや、今の言い方は間違ってた。
その存在は一応あるっちゃあるし、両親もいるっちゃいる。
それでも、あたしにとっては……いないも同然だった。
『おとーさん、おかーさん、どこいくの?』
『ごめんね。パパと一緒にデートしに行くの』
『でえと? でえとってなに?』
『遊ぶってことさ。じゃあ、行って来る』
『良い子にしてるのよ、清蘭』
『まっておとーさん、おかーさん、きよらもつれていって!』
父と母が"デート"に出かける度に、幼かったあたしはそう言った。懇願した。
だけど、一度も連れて行ってもらったことはなかった。子どもの頃の記憶は曖昧だけど、これだけは確かで。そもそも、あたしは両親と一緒にどこかへ行ったなんて記憶すらなかった。
かと言って、罵倒したり暴力を振るったりとか、DV染みたこともしなかった。たぶん世間からの評判も良かったんだと思う。流石はあたしの親というべきか、2人は美男美女夫婦として有名だったらしいし。
それでも、あたしは両親に見て貰えなかった。
ひたすら──愛されなかった。
暴力は振るわない。暴言も言わない。手料理も振る舞ってくれる。
それは世間から見た"親"としての義務を最低限満たしているだけで。
結局、両親はあたしに何の興味も持っていなかった。
あたしは……甘粕清蘭は。
最初にあたしを見てくれるはずの人達にとって。
最初にあたしを愛してくれるはずの人達にとって。
──何の価値も、意味も、感情も、抱かない存在だった。
「うわあああぁああああぁああん!! わあぁあああああぁあああああ!!」
プロデューサーに怒られたことと、幼い頃の家族との記憶を思い出して、あたしは泣きに泣いていた。クリスマスに倫人にカスって言われまくった時や、倫人と戦って負けた時くらい、涙が溢れて止まらなかった。
「──ったくもううるせえな! 一旦泣き止めよ清蘭っ!!」
赤ちゃんのように泣きまくっていたあたしを、たった一つの怒鳴り声が止める。
感情の赴くままに身を任せていたあたしの、その感情の渦のド真ん中に恐れず斬り込んで来て。変わらず、凛々しい顔をしているんだろうなと思わせる倫人の声だった。
「訳が分からんまま泣き続けんな。フォローしようにも出来ねえだろうが」
「ぐすっ……だって……だって……」
「……まぁ、落ち着くまで待ってやるから、話せるようになったら自分から話せよ」
一度感情の波を宥めた所で、今度はあたしの意志を促す倫人。
それから激しく泣くことはなく、あたしはずっとすすり泣いていた。その間、倫人は何も言わずにただ黙っていてくれて。
「あのね、倫人」
そしてようやく。あたしは落ち着いて言葉を紡げていた。
「プロデューサーがね、あたしじゃセンターに向いてないって言うんだ。ぐすっ、なんでかは全然覚えてないんだけど、あたしは全然納得出来ないんだ……ぐすっ。あたしは超絶美少女なのに……なんでなの……?」
「いや、まさにそういう所だろ」
「えっ?」
「あのな、お前はお前自身のことどれだけ分かってるつもりなんだよ」
「そんなの決まってるじゃないぐすっ。あたしは誰よりも可愛い超絶美少女でしょ?」
「それを臆面なく言えるのはある種尊敬するぞ。だけど、そういうことじゃねえよ」
「じゃあ、どういうことなの?」
「お前の表面の話をしてるんじゃない。中身の話をしてんだよ」
「あたしの……中身? なに倫人、あたしが可愛すぎて人形かなんかだと遂に思い始めたの?」
「あーすまん。もっと簡単に言った方が良かったな。要するにお前の性格、甘粕清蘭という存在の本質の話だ」
「あたしの性格、本質の話……」
倫人のその言葉に、あたしは黙って考え込んだ。
いや、最初から振り返って、だった。その時ばかりは倫人の言葉に反発することなく、あたしは純粋に従った。
あたしの性格……か。考えたこともなかった。自分がどれくらい可愛いかっていうのは知ってるけど、自分がどんな人物かっていうのは……あれ? もしかして、全然分からない感じじゃないこれ?
あ、分かった。やっぱり可愛さと比例して、性格もスーパーキュートなんじゃないかな? そう、そうに違いないわ!
「分かったわ倫人。あたしの性格は伝説のスーパーキュート人よ!」
「まずお前から血祭りにあげてやろうか?」
「血祭り!?」
だけど、倫人には冷たく一蹴されちゃった。なんで? 今の答え間違ってたの?
「全くよ……幼馴染として頭が痛くなるぜ。まぁ、幼馴染だからこそお前のことを理解してることもあるが……。清蘭、お前は俺の言葉なら信じられるか?」
「何よ今更。あたしに面と向かってカスなんて言えるの、あんたぐらいだし。でもあたしはカスじゃないからね! 伝説のスーパー超絶美少女だから!」
「なら良かったよ伝説のスーパー以下略。じゃあ、正直に伝えさせて貰おうとするかな。まず、お前は……世界一の自己中女だと思う。いや、確信してる。自分のことばっかで、自分のことしか考えてねえ。そういう奴だ」
「ふーんそうなんだ。でも、それって普通のことじゃないの? 自分のことばっか考えるって」
「まぁ確かにそうなんだが、お前の場合はそれが半端じゃねえ。それこそ伝説のスーパー自己中って言えるくらいにはな。俺が知る限り、お前以上に自己中な奴はいねえよ」
「そうなの。やっぱり、あたしって凄いんじゃない?」
「何言ってやがる。今回お前が怒られたのは、そういう所だ」
「……っ!」
「音唯瑠やシロさん、エデンやエルミカからも聞いたぞ。アイドルデビューの日が決まったってな。まずは、おめでとう。これでスタートラインに立てるって訳だ。……だが、俺に言わせて貰えれば、今のお前にそのスタートラインにすら立つ資格はない」
「……どうして?」
その問いは、よく絞り出せたなって呼べるくらい弱弱しいものだった。
電話してくれたと思ったら、倫人すらもあたしを否定した。抑えられつつあった涙が再び溢れ出しそうんなって、それでもあたしはかろうじて倫人の言葉に耳を傾けた。
「プロデューサーからも言われたはずだろ。まぁ俺が強いて言うとしたら、やっぱり自分のことしか考えてねえ部分だな。アイドルってのは、自分の為にするもんじゃねえからな」
「……そうなの?」
「あぁ。アイドルは、己が輝く為にするものじゃない。そこをゴールにしちゃ駄目なんだ。アイドルの真のゴールは、自分自身の輝きで見てくれる人達を輝かせることなんだから」
「……輝き……」
倫人の言葉を切り取って、あたしはそこだけを呟いていた。
"日本一のアイドル"として活動する倫人を見ていて、確かに輝いているような気がしたことが何度かあった。ステージの照明とかもあるんだろうけど、それ以上に倫人が光を放っているような気がして。
「常にアイドルは、己の為じゃなく誰かの為に輝かなくちゃいけない。だからこそ、清蘭の持ってる自己中さっていうのは致命的なんだ。自分のことしか考えねえパフォーマンスが、他の誰かに届くことは本当に難しいからな」
「で、でも、前のダイヤモンドハンティング杯の時は皆が絶賛してくれて……」
「そりゃ、あれは881プロのプロデューサーが、ギリギリそうしてくれたからだ。お前の自分向けでしかなかったパフォーマンスを、何とか見てくれる人達にも伝わるようにした結果だ」
「……じゃ、じゃあ……」
震える声で、あたしは尋ねようとした。
出来れば、聞きたくない。答えを知りたくない。そうも思っていた。
それでも聞こうとしたのは、半ばヤケになっていたからかもしれない。
「あたしに……アイドルの才能ってないの……?」
その質問は、答えによってはあたしの存在理由に関わる爆弾でもあった。
アイドルの才能がない。
誰にも見て貰えない。
誰にも、愛して貰えない。
そうなっちゃうから。
……倫人、お願い。
どうか……あたしを……──。
「は? お前馬鹿か。今の時点でそんなの決められる訳ねえだろ」
「……え?」
「まぁ正直な所を言うと、才能は抜群だよ。だけど、それをマイナスにしかねないほど、お前の自己中っぷりはヤバイ。お前の輝きが、十分に伝わらねえ可能性がある。中途半端な輝きのお前なんて、俺は見たくねえよ。どうせアイドルやるなら、最高に、最強に、輝くお前を見たいんだ」
「最高に、最強に輝くあたし……?」
「あぁ。"日本一のアイドル"って言われてる俺がどうしてソロ活動しないのか、分かるか。それは【アポカリプス】の他のメンバーの皆のおかげで、俺の輝きが増しているからだ。アイドルは、他の誰かと一緒にやることで、繋がることで輝きが増すんだよ」
「繋がることで……輝きが増す」
倫人には否定されなかった。
その嬉しさからか、あたしは倫人の言葉を飲みこむ余裕が出来ていた。その言葉の中でも、特に大事だと感じた部分を繰り返していた。
「グループとして活動するアイドルなら、他のメンバーのことも自分と同じくらい大切に思わなきゃならない。メンバーの間には上も下もない。同じ目線で、同じ場所に立つ仲間なんだから。分かったか?」
「……あ、うん」
「何だ、素直じゃねえか。それが分かったら次のレッスンの日には皆にちゃんと謝るんだぞ。……それと、これは"日本一のアイドル"としての俺じゃなく、単なる幼馴染としての俺からの言葉なんだが、良いか?」
「えっ……あぁ、どうぞ?」
「いつまでも、落ち込んでんなよ。そうして塞ぎ込んでる姿なんて、お前に一番似合ってねえよ」
「……!」
「俺が知ってる甘粕清蘭って幼馴染は、誰よりも明るくて、誰よりも自己中だけど、誰よりも笑顔の似合う女の子だからな。まぁ、これからも色々とあるだろうが、そこは他の皆と共に頑張って乗り超えていくんだぞ。……じゃ、そろそろ検査の時間だから切るぞ。じゃあな」
倫人はそう言って、電話を切ろうとした。けど……
「待って!」
「何だ?」
あたしはそれを引きとめた。
何だかよく分からないまま涙が溢れそうになって、待ってって言ってからちょっと言葉に詰まっちゃったけど。
「……ありがと、倫人。あたしの……いや、あたし達のこと、待っててよね!」
力強く、そして"あたし"らしく。
涙を瞳に浮かべながら、あたしは倫人にそう告げていたのだった。