出来ない理由
「あぁ~。無謀にもあたしに挑戦して、ギリッギリで引き分けに持ち込んだエクスカリバー姉妹じゃない」
荒みモードから完全に抜けきれていないのか、所々棘のある言い方をする清蘭。
しかし清蘭の性格をしっかりと(倫人を通して)理解しているエデンもエルミカも、腹を立てることはなかった。
「清蘭先輩、こんにちは。今後、こちらでもお世話になります」
「お世話になりますデス! よろしくお願いしますデス!」
「へ~へ~よろしく。はぁ……せっかくデビューが決まったのに、2ヶ月も先だなんてあたしマジでユーウツなんだけど……」
「元気出して下さい清蘭先輩。世界は清蘭先輩を待っていますから」
「なんだかんだあっという間にその時が来るデスよ! そしたら清蘭先輩はあっという間にスターまっしぐらデス!」
「そ、そ~お? ……うん、そうよね。そうだよ、あたしがデビューしたら世界は瞬く間にあたしのファンよね! 何よあんた達、よく分かってるじゃない!」
音唯瑠と雄和太が唖然とするほど、いとも簡単に清蘭の機嫌が直されていた。恐るべし後輩、エクスカリス姉妹。清蘭に向けている温かな笑みも逆に寒気を覚えてしまうほどだ。
しかしこれもまた、間接的ではあるが倫人のおかげである。倫人は前もって清蘭がこうなることを見越して、エデンとエルミカに"これでパーペキ! 甘粕清蘭徹底攻略解体新書トリセツ!"を送っていたのだ。
それをマスターした2人はある種、その場に倫人がいるようなもの。清蘭のご機嫌取りは何でもござれ、と言っても良かった。
「そうですよ。だから、今は腐らずに練習をし続けるのです……。輝きの日はもう直に訪れますから……」
「そうデス清蘭先輩……7月7日になれば清蘭先輩が日本の、いや世界中の主役となるのデス……お楽しみは取っておいた方が良いでしょうデス……?」
エデンとエルミカはまるで洗脳をするように、あるいは子どもに子守歌を聞かせるような声色で清蘭に囁く。このまま順調にいけば、清蘭の機嫌を保つことは容易であった。
「え? あたしってこれ以上練習する必要あんの? なんで?」
だが──清蘭の思わぬ一撃が、その場にいた全員にカウンターを喰らわせた。
「なんでって……練習をしてパフォーマンスをより良いものにするのは当然のことですよ?」
「でもさー、前のダイヤモンドハンティング杯であたしの実力はバッチリ証明された訳じゃん? ほらSNSでもメッチャ話題になってるし。『既にプロ級』とか『早くデビューが見たい』とか、絶賛の嵐じゃん」
「そ、それは確かにそうデスが、練習を続けないとダンスも歌声も下手になる一方デスよ?」
「それは、ただの凡人共だったらの場合でしょ? でもあたしには何の問題もないわ。だってあたしは天才だもん! いや天才を超えた鬼才、超天才なんだから!」
必死に説得を試みる2人は口をあんぐりと開ける他になかった。
確かに清蘭は天才だ。それは、先の決戦を経て2人に共通する実感と評価である。
とは言え、それとこれとは話は別だ。仮に清蘭が1人でデビューをするのなら、最悪練習はしなくても良い。しかし今回は……。
「駄目だよ清蘭ちゃん。これまで以上に、練習には取り組んで貰うよ。何せ、デビューするのは清蘭ちゃんだけじゃない。音唯瑠ちゃん、白千代ちゃん、エデンちゃん、エルミカちゃんも含めた5人なんだから」
ドヤ顔を決める清蘭に、真剣な顔で雄和太が宥める。
清蘭だけでなく、他の4人も含めたグループでのデビュー。故に、天才だとかそうでないとかの問題ではなく、練習をする必要があるのだ。
「それは分かってるけど、でもあたしも皆の練習に付き合わないといけないわけ?」
「もちろんだ。グループっていうのは、誰か一人が抜きんでていても意味がないんだ。他のメンバーとの絆を深め合い、息の合ったパフォーマンスを魅せてこそグループの真価は発揮される。その為には。普段から一緒に練習をして、苦楽を共にし合う必要があるからね」
「ん~そういうもんかぁ……。でも、もちろんセンターはあたしだよね? ってかあたしで決まりだよね?」
「いや、それについてはまだ白紙だよ。誰をセンターにするかは、現時点ではまだ決められない」
「はあぁあああぁあああっ!!?」
雄和太の回答が期待通りのものではなく、清蘭は分かりやすく声を荒げていて。それは思わず音唯瑠とエルミカがビクッとするほどの声量だった。
「何それプロデューサーどういうこと!? センターって言ったら、あたしぐらいしかいないじゃん! 他の皆よりも絶対、あたしが向いてるじゃん!」
「清蘭ちゃんは、どうしてそう思うんだ?」
「だってあたしが一番可愛いからに決まってるじゃん! 誰よりも可愛いし、誰よりも才能あるし、誰よりも目立ってるし! だからあたしがセンターに一番相応しいの!」
音唯瑠、エデン、エルミカ。3人がこの場にいることも分かっている上で、清蘭は思いの丈を叫ぶ。
拳をぎゅっと握り締め、親にプレゼントをねだる子どものように雄和太に向かって自分の意見を伝えた清蘭。
「……確かに、清蘭ちゃんには"華"がある。才能もある。アイドルとしてのレッスンを受け始めてまだほんの3ヶ月ほどしか経っていないのに、【第1回UMフラッピングコンテスト】や先日の【ダイヤモンドハンティング杯】でも話題を集めたり、本当に凄いと思うよ」
「でしょ? だったらあたしが──」
「さっきも言ったはずだ。まだ清蘭ちゃんをセンターにすることは出来ない」
それでも、清蘭の反論を遮る形で以て、雄和太は自身の答えを今一度突きつけていた。
もちろん納得のいかない清蘭はさらに反抗しようとする、だがそれを目の前に立てられた人差し指が制止していた。
「清蘭ちゃんをセンターに出来ない理由その1。どれだけ不服であろうと、君達をプロデュースするのは俺だ。俺の決定には基本的に従って貰う」
そんなこと知ったことかと口を開けようとした清蘭だったが、出来なかった。
これまでに感じたことのない異質な威圧感、それを雄和太が放っていたことで。音唯瑠もエデンもエルミカも同様に気圧しつつ、雄和太は人差し指に続いて中指を立てる。
「理由その2。グループには清蘭ちゃん以外にも、センターを務められる子ばかりだ。類まれなる歌声を持つ音唯瑠ちゃん、息を飲むほどの魅惑の身体を持つ白千代ちゃん、男性らしい凛々しさと女性らしい気品を併せ持つエデンちゃん、純粋無垢でまさしく天使を思わせるエルミカちゃん、どの子も清蘭ちゃんとも甲乙つけがたい個性と実力を持っているよ」
次々と打ち立てられていく理論と事実。感情と己の価値観でしか言葉を並べられない清蘭にとって、それはあまりにも重々しく、そして高々と目の前に積み上げられていく。
清蘭達が冷や汗すらかく中、対照的に表情を一切崩さないまま雄和太は薬指を立てて、最後の理由を説明した。
「理由その3。何度も言ったけど、デビューするのは清蘭ちゃんだけじゃない。音唯瑠ちゃんも、白千代ちゃんも、エデンちゃんも、エルミカちゃんも……皆揃ってデビューする。グループで、今後活動していくんだ。なのに、最初から自分のことばかりで他のメンバーのことも思いやらないような奴に……センターが務まると思うな」
口調が強まる。
頼りなくて後ろ向きで「ヤバい」が口癖だったあの男は、もうそこにはいなかった。
清蘭達が今見ているその姿は、紛れもなく"プロ"の世界を生き延びた百戦錬磨の猛者のそれで。
「良いか清蘭ちゃん、これは忠告だ。プロを──舐めるなよ」
雄和太の最後の言葉は重々しく、清蘭達の心に突き刺さった。




