新メンバーはまさかの……!?
「正式に……」
「デビュー……」
音唯瑠の言葉の続きを、代わりに言う清蘭。
その時、心臓がドクンッと高鳴った。一度強く脈打っただけに留まらず、その後も同じように心臓はリズムを刻み続ける。
「改めて、お礼を言わせて欲しい。清蘭ちゃん、音唯瑠ちゃん、881プロに……俺の事務所に来てくれて、本当にありがとう。2人のような金の卵がここみたいな超弱小事務所に来てくれるなんて、俺は今でも夢を見てるようだよ」
心臓の高鳴りの合間を縫って、雄和太の声が聞こえる。
出会った当初は「ヤバい」が口癖で、常にネガティブな雰囲気を纏っていたその青年は、今や見違えるほど変わっていた。凛々しく前向きで頼り甲斐のある"男"へと。
雄和太は瞳を希望で輝かせつつ、さらに2人に話を続ける。
「だけど、もう夢を見るのは終わり。今からは叶える時だ。そして……清蘭ちゃん、音唯瑠ちゃん、待たせちゃってごめんね。これでようやく2人を──輝かせることが、出来る」
そう告げた雄和太の顔は、一瞬だけとある人物の顔と重なった。
清蘭も音唯瑠も目をこすった後に凝視するも、雄和太の顔は雄和太の顔のままで。あれは何だったのだろうと疑問符を頭に浮かべたが……それはそうとして。
「やっ……たああぁあああぁあああああっ!! デビュー!! デビューするよあたし達!!」
「はいっ! やりましたね清蘭さんっ!!」
2人は両手を合わせて喜んだ。喜びのあまり、その場でぴょんぴょんと無邪気な子どものようにはしゃぐと、やはり食いつきが良いのは清蘭の方で。ある程度音唯瑠とはしゃぎ倒した後、瞳をキラキラと輝かせて雄和太に抱きつきかねない勢いで迫っていた。
「それでプロデューサー! あたし達がデビューすんのいつ!? どこで!? 何時何分何秒!? 地球が何周回った日!?」
「お、落ち着いて清蘭ちゃん。順番に説明するから。まずデビューの日は、7月7日……七夕の日だよ。会場は小さいけど都内のライブハウスを借り切ってワンマンライブを行うことになった」
「七夕かぁ~! なるほどあたしが織姫って訳か、全世界を代表する、ね! 流石プロデューサー、分かってるじゃん!」
「どうして七夕にデビューなんですか?」
「やっぱり七夕っていうイベントがある以上、他の日よりかは注目度は高まるだろうからね。7月6日にデビューよりかは、間違いなく7日デビューの方がインパクトはあるよ。それで時間だけど、これも七夕に合わせて夜の7時ちょうどにだよ」
「おぉースリーセブンじゃん! 縁起良いね!」
「ちょっと狙い過ぎな気もしますけどね」
「まぁまぁ。こういうのはとことん、"覚えてもらう為"っていうのを重視する必要があるんだ。日時をゾロ目にして覚えやすくすることで、少しでも多くの人に認知してもらうようにしたんだ。如何に皆が凄いパフォーマンスをしようとも、それをまず見て貰う段階に持っていけないと話にならないからね」
その話しぶりから単なる思いつきではなく、雄和太自身の確固たる考えがあっての日時だということが伺える。出会った頃の自信が無かった彼は本当にどこへやら。
しかしそこで「あーーーっ!!」と何かに気づいた清蘭が叫んでいた。
「でもよくよく考えたら、7月7日って2ヶ月近くも先じゃん! あたしそんなに待ち切れないんだけど! 今すぐ国立競技場でド派手にデビューライブしようよ!!」
「いやそれは無理だよ流石に……。会場の使用は許可を申請して受理されるまでにかなりの期間を要するし、多額の使用費用も払わなきゃいけない。まぁ奇跡的に認可が下りたとしても、俺達にはまだファンが全然ついてないから、会場使用料を払える分の売り上げは期待出来ないかな」
「えーそんなーっ!? あたしが学校の奴らに言ってチケット1人100枚買わせるからやろうよー!」
「清蘭さん、それは流石に生徒の皆さんの財布が死にます」
「音唯瑠ちゃんの言う通りだよ。っていうかそれはやり方がえげつなすぎて途端に悪評が広まるからやめてね。ともかく、現実的にもデビュー日程は変えられない。もう会場も押さえてあるから、今から変更となると先方にも迷惑がかかるからね」
「むーっ!! 今すぐ全世界にあたしの華々しいデビューを見させたいのにーっ!!」
大人の事情を汲み取ることなどせず、頬をぷくーっと膨らませると清蘭は完全にヘソを曲げてしまう。これには音唯瑠も雄和太も苦笑いを浮かべるしかなかった。
「あっ……」と何かを思い出したような声を漏らした音唯瑠は、雄和太にもう一つの重要なことを聞き出す。
「プロデューサー、さっき所属人数が5人になったって言ってましたけど、新しいメンバーの方って……?」
「あ、あぁごめん清蘭ちゃんの勢いのあまり言うのを忘れてたよ。新しいメンバーの2人は……実はと言うともう来てるんだ」
「へっ? そうなのですか?」
「うん。じゃあ、早速紹介しようか。ちょっと待っててね」
雄和太はそう言うと、扉を開けて階段を降りていく。どうやら外に待たせているようだ。
どんな人なのかと音唯瑠は緊張の面持ちで待ちながら、時折清蘭の方を見る。今もなお清蘭は頬を膨らませたまま腕を組んでいじけている。"ぷんすか"という効果音が思わず聞こえて来そうなほどだった。
「お待たせ。じゃあ、2人共先に入って」
扉の向こうから、雄和太のそんな声が聞こえた。
ドアノブが回り、いよいよ新たな仲間達が入って来る。音唯瑠はますます緊張を深め、扉が開くのを固唾を飲んで見守っていた……──が。
「どうも初めましてデスー! ワタシはエルミカ・エクスカリスって言いますデス!」
「こら、うるさいぞエルミカ。皆様初めまして。わたくしはエデン・エクスカリスと申します」
入って来たその2人は、とても対照的だった。
1人は思わず空から天使が落ちて来たのかと思ってしまうほど可愛らしい見た目の美少女で。
もう1人は、思わず倫人を彷彿とさせるような端正な顔立ちの美少女で。
だがその2人──エデンとエルミカを見るや否や、音唯瑠は驚きを禁じ得なかった。
「え、エクスカリスさん……!?」
「どうも能登鷹先輩。今後お世話になります」
「よろしくお願いしますデスーっ!」
未だに驚き続ける音唯瑠をよそに、エデンとエルミカは深々と頭を下げていて。その後ろから遅れて事務所に入って来た雄和太が説明を始める。
「という訳で、新しくウチに入ってくれたエデンちゃんとエルミカちゃんだ。仲良くしてやってくれると嬉しい」
「は、はぁ……。しかし驚きました。まさか、エクスカリスさん達が入ってくるなんて」
「まぁ、驚くよねそりゃあ。2人がこの事務所に入りたいって言ってくれたのは5月7日、つまりダイヤモンドハンティング杯の翌日なんだ。なんでも、引き分けになった清蘭ちゃんに次こそは勝つ為に、敢えてこの事務所に入って清蘭ちゃんからいろいろ学ぼうと思ってるらしいんだ」
「ちょっとプロデューサー、それはあまり言わないで頂きたいのですが」
「そうデス! ワタシ達は清蘭先輩の仲間であると同時に、最大のライバルなんデスから!」
「はははごめんごめん……。まぁ2人も、清蘭ちゃんを始め、音唯瑠ちゃんや白千代ちゃんとも仲良くやっていって欲しいな」
「はい。もちろんです」
「かしこまりデスよーっ!」
入ったばかりだが、雄和太の言葉にはしっかりと従うのを見る辺り、エデンもエルミカも今後の付き合いで問題はなさそうだった。
……しかし、それはあくまでも音唯瑠からの視点であって。
「……ん? あんた達って……」
ここでようやく若干いじけモードが解消された清蘭は、エデンとエルミカがいることに気づいていた。