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八方塞がり……?


「それじゃ第1回、『あたしのあたしによるあたしの為の大満足大会議』を開こうと思います! イエーイッ!!」


「い、いえー……いたた」


 放課後の秀麗樹しゅうれいじゅ学園、3年A組の教室。

 のそのそとした足取りでクラスメイトがいなくなると、清蘭きよら音唯瑠ねいるは2人きりで教室に残っていた。黒板にはデカデカとIQが2くらいしかない会議の名前が書かれてあり、清蘭は拳を突き上げてノリノリであった。

 対し、音唯瑠ねいるは先ほどの馬鹿力での(ゴリラみたいな)抱擁のせいで未だに全身の骨を軋ませて苦しんでいたが、清蘭は気にすることなくウッキウキで会議を進める。


「えーっとまず確認ね。倫人りんとが怪我をしちゃって、クラス含めて秀麗樹学園中が絶望に包まれて、そのせいであたしがチヤホヤされなくなってあたしのストレスがマッハ50に! ここまではオッケー?」


「はい」


「そんで、このままだとストレスのせいであたしが死んじゃうから、どうにかしてあたしが大満足出来るようにする為はどうしたら良いのか、それを今から話し合っていこう!」


「わ、分かりました」


「じゃあまずあたしの意見から! さっき音唯瑠はモブキャラ共の分も褒めてくれるって言ったよね?」


「はい。確かに言いましたけど……」


「だから、まず音唯瑠は1日最低でも2時間、あたしのことを褒めてよね!」


 清蘭が喜色満面の笑みを浮かべる中、音唯瑠の顔から血の毛が引いていく。そして、後悔していた。嘆き悲しむ清蘭を見ていられなかった、そんな思いからつい言ってしまったさっきの自分自身の言葉を。


「に、2時間も……ですか?」


「うん! あ、別に連続してじゃなくても良いよ! 1日の内で2時間くらいは達成して欲しいってだけだし! 音唯瑠は親友だから特別に許してあげる!」


「……分かりました。清蘭さん」


 気が遠くなるような思いがしつつ、清蘭が何気なく発した一言が心に残る音唯瑠。

 親友──その言葉、関係性は音唯瑠にとっても特別なものだった。自分が心を閉ざし歌うことすらも好きではなくなりかけた"あの事件"以来、友達を作ることにも億劫になってしまっていた音唯瑠は、あまり人と深く関わらないようにしていて。

 故に、自分が親友と呼べる存在を作れることなど想像だにしていなかった。だからこそ良い意味でも悪い意味でも裏表のなく自分に正直な清蘭の言葉に、一片の嘘がないことも分かっていた。


「清蘭さんは、笑顔がとても素敵だと思います」


「おおっ!? いきなり言ってくれるのかい!?」


「その笑顔はとっても眩しくて、まるで太陽みたいにキラキラと輝いています。清蘭さんの笑顔を見ると、私も不思議と笑顔になっちゃうんです。だから、素敵だと思います、本当に」


「いやーーーそれほどでもあるね! 分かってるね音唯瑠! 流石はあたしの親友!」


「……ふふっ」


 言葉も笑みも、自然と零れていた。

 親友と気軽に呼んでくれる喜び、嬉しさ。それらが心を満たし、口や顔が勝手に動いた。もう、気が遠くなることもない。今なら無限に清蘭のことを褒められそう、そんな気さえもしていた。

 そこから……音唯瑠は2時間ぶっ通しで清蘭を褒め続け、見事にその日のノルマを達成していたのだった。




「……それで、清蘭さんは周囲を否応なく動かして、巻きこんで、魅了する。そんな魅力も兼ね備えていると思います。今この時みたいに」


「うへへへへ~ありがとう音唯瑠。これで今日は大満足だよあたし……ってあれ? もう17時回ってんじゃん」


「あ、そうですね。会議をしないといけなかったのに私ってばこんなに長々と……すみません」


「いーのいーの! ってか、もうこれからもこれで良いんじゃない? あたしは音唯瑠に褒めて貰えて滅茶苦茶満足出来るし!」


「確かにそうですが、明日以降は881(ヤバイ)プロでのレッスンもありますし、流石に私もレッスンしながら清蘭さんを褒めるっていう器用なことは出来ないと思います……」


「むーそれもそっかぁー」


 明らかなぐぬぬ顔になると、腕を組んでうーむと清蘭は考え込む。同様に、音唯瑠も思案していた。


「まっ、そん時はそん時か。帰ろっ音唯瑠!」


「え?」


 だが、ほんの数秒だけぐぬぬ顔をしただけで清蘭は考えるのを止めていて。鞄を持つと音唯瑠の手を引いて教室を飛び出していた。


「ちょっと清蘭さん? 本当に大丈夫なんですか?」


「大丈夫大丈夫! ノープロブレムだよっ!」


「……そうですね。清蘭さんが良いなら、分かりました」


「ねーねー音唯瑠、お腹すいたしクレープ買って帰ろうよ!」


「え? 良いんですか?」


「今日はあたしが奢ってあげる! なんか、メッチャ気分良いんだー!」


「ふふっ。じゃあ、頂きますね」


 はにかんでみせた清蘭は突如駆け出す。

 困惑しながらも音唯瑠も清蘭のペースに合わせて走り出していて。

 夕陽が映し出す2つの影は、どちらも楽しそうに浮かんでいたのだった。

 

 




「ヤバイっ!! 何にも思い浮かばないっ!!」


 翌日。

 881(ヤバイ)プロの事務所にて、ソファに座りながら清蘭は突然に叫んでいた。

 昨日はあの後音唯瑠と一緒にクレープを買い食いしたりなどして楽しいひとときを過ごし、懸案は明日の自分に放り投げていた清蘭。

 だが……これがそのザマであった。明日、つまり今の自分に任せた結果、そろそろレッスンが始まるというのに名案は一切思い浮かんでこなかった。


「な、なんか……なんか思いつくのよあたし……! なんか……なんか……うぉおぅおおぅおあぐぅ……!」


 それでもなお清蘭は足掻きを見せていた。

 何故かソファの上で座禅を組み、修行僧が迷走するかのようなポーズを取ると、必死に脳をフル回転させる。が、何も思い浮かばない。"人事を尽くして天命を待つ"という諺があるように奇跡的な閃きが降りてくるのをを待ったが、珍しく神は清蘭に味方しなかったのだった。


「うぎぎ……そっちはどう音唯瑠……?」


「き、清蘭さん……。私も……何も思いつかないです……ヤバイです……」


「あ、諦めないで音唯瑠! 諦めたらそこで試合終了よ!」


「何の試合なんでしょうか……」


 静かにツッコミを入れつつ、清蘭と同じポーズを取りながら向かいのソファで音唯瑠も考え込んでいた。

 しかし、そこから思考を深めて良くも良案は思い浮かばなかった。無常に時間がただただ過ぎ去るのみで、清蘭も音唯瑠も苦悶の表情を浮かべるだけであった。

 事態はまさに八方塞がり。打つ手無し……かのように思えたその時。


「……何してるの? 清蘭ちゃん、音唯瑠ちゃん」


「「えっ──」」


 自分達の名を呼ぶ声のした方に、清蘭と音唯瑠は同時に向く。

 そこにいたのは顔立ちの端正な好青年。と言っても、詳しい年齢は分からないのだが。しかし、その姿が目に入った途端、2人は同時にその人物が誰なのかが分かっていた。


「「プロデューサー!」」


 同時に声を上げると、その人物は「やぁ、こんにちは」と軽く挨拶をしていた。

 881(ヤバイ)プロの社長兼マネージャー兼プロデューサーの──矢場井やばい雄和太おわたは、修行僧のようなことをしている2人に困惑の表情を浮かべながら再度尋ねた。


「それで、2人は何をしてるの? 新しい自主トレ?」


「プロデューサー、これは由々しき事態なの!」


「そうなんです。早くしないと、清蘭さんが死んじゃうんです」


「死んじゃうの!? それはヤバいじゃないか! 今すぐ病院に行こう!」


「あ、別に病院に行かなくても大丈夫なんだけど」


「大丈夫なの!? 死んじゃうんだよね!?」


 あたふたと慌てふためく雄和太おわたに、清蘭は死んでしまう理由を説明する。時折脱線しそうになると音唯瑠もサポートに入る形で。

 真剣な表情でそれを聞いていた雄和太おわたであったが、話を聞き終わると何故かクスッと笑みを零していたのだった。


「なるほどね。そういうことだったのか。にしても、自分がチヤホヤされなくなってストレスで死にそうだなんて、清蘭ちゃんらしいなぁ」


「笑いごとじゃないってばプロデューサー! あたし死んじゃうんだよ!?」


「そうですよ。冗談のように聞こえますが、清蘭さんの場合は本当に死んじゃうかもしれないんですし……」


「あぁごめんごめん。別に、おかしくって笑ってる訳じゃないんだ。ただ、清蘭ちゃんのその悩み、今すぐにでも解決出来(・・・・・・・・・・)そうだったからさ(・・・・・・・・)


「えっ!? ホントに!?」


「プロデューサー、本当ですか!?」


「何よプロデューサー、だったら勿体ぶらずに教えてよ!」


 清蘭と音唯瑠の顔は途端に希望の色を表す。まさか、プロデューサーが解決案を即座に出してくれるなど思いもしなかったのだから。

 清蘭達の言葉を受け、それまで浮かべていた笑みをプロデューサーは消す。それは、時折彼が見せる"プロ"として真剣な表情であった。


「実は、この事務所にさらに2人所属することになった。これで清蘭ちゃんや音唯瑠ちゃん、白千代

ちゃんも入れて所属人数が5人になった。だから……──皆を正式にデビューさせることを、俺は決めたよ」



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