女の友情(?)
「おはよー」
いつものように、その日も少女は学校に登校した。
いつものように、教室に入ると皆に向かって挨拶をする。
だがそこで、"いつものように"崩れてしまう。傾国の美女だと信じて疑わない自分の美貌を、褒め称えるはずのクラスメイト達が寄って来ないことで。
「はぁ……今日もか」
つまらなさそうに呟くと、特に不満を垂れることなく自分の席に少女──甘粕清蘭は座った。この現象が始まって1週間が経過し、自意識と自尊心の塊である清蘭も流石に慣れていた。
「ったく、どいつもこいつも……」
頬杖をつき、外の風景を見遣りながらボソリと零す清蘭。教室はクラスメイトの生気と希望のない姿で埋め尽くされていて見る気など起きやしない。かと言って、外の風景もすっかりと見慣れてしまっいた。それでも変わり映えのない風景を見るのはまだそっちの方がマシだったからだ。
(倫人がいないくらいで、大袈裟なのよ全く)
無意識に舌打ちをし、明らかな苛立ちを清蘭は見せる。眉間に皺が寄り、ご自慢の超絶可愛い顔が台無しになるが仕方がなかった。
この現状を生み出した張本人……"日本一のアイドル"のことを考えると、清蘭は苛立たずにはいられない。自分がチヤホヤされるというルーティンワークを奪っているのだから。出来れば屋上に呼び出して罵倒したいし何なら1発殴りたいくらいだったが、今日も"ガチ陰キャ"の席には誰も突っ伏していなかった。
(にしてもアイツ、一体どこに入院してやがんのよ!)
頬杖をつくのを止め、両手で頭をくしゃくしゃっとかく清蘭。せっかく丁重に整えたサイドテールが乱れるが構いはしなかった。
苛立ちを加速させたのは、未だに倫人が入院してる病院が特定出来ていないことだった。
己の自己顕示欲が満たされない日々のストレス発散として、清蘭は今すぐにでも倫人に文句を言いたかった。その為にも倫人が入院している病院を特定する必要があるのだが……。
(何なのよどの病院でも『入院している患者の方の情報は、個人情報保護の観点からお教え出来ません』ばっかり! あたしが教えろって言ったら無条件で教えなさいよ脇役共が!)
苛立ちを込めた拳で机を叩きつける。しかしその派手な音に誰も反応せず、虚しく響き渡り、痛みがじーんと残っただけであった。
入院患者の情報を教えられるはずがない、というのは法律に則った正当な理由であり、病院としては当然の対応をしているに過ぎない。が、清蘭にとってはそんなことどうでも良かった。だが、これまでこの秀麗樹学園で自らが王であり法として君臨していた超絶わがままな清蘭には、ますますイライラを募らせるものであった。
「あーもうっ! つまんないつまんないイライラするイライラする何なのよーマジでホントにっっっ!!」
「あ、あの……おはようございます」
「世界の中心はあたしっ! あんたじゃないのよ倫人! なのにあんたは怪我しただけで何世界の中心になってやがんの!? ふざけんじゃないわよ!!」
「き、清蘭さん……?」
「憶えてやがりなさい倫人! 必ずあんたの入院先をとっちめて、あたし特製の"超絶美少女秘奥義・アルティメット美少女連打"で自慢の顔面をタコ殴りのギッタギタのメッタメタに……えっ?」
苛立ちを爆発させていた清蘭は、シャドーボクシングの最中にようやく気づいた。これだけ暴れていようとも関心を示さないゾンビと化したクラスメイトの中から、自分に向けられた視線と心配の声に。
背後をゆっくりと振り向く清蘭。そこにいたのは……
「音唯瑠……」
ぽかんとした顔で、清蘭は少女の名を呼んでいた。
今日も変わらず、腰まで真っ直ぐに下ろされた黒髪が綺麗な、大和撫子然とした雰囲気を放つ音唯瑠。しかしその顔は困惑の色を宿していた。
「だ、大丈夫ですか? そんなに暴れて何があったんですか?」
「あっ、そうだ! 聞いてよ音唯瑠! 倫人の奴酷くない!?」
「え? り、倫人さんがですか?」
「そうだよ! あいつってば、怪我したくらいであんなに注目されて! しかも倫人のこと知った奴らも頭の中倫人まみれであたしのこと見てくれないし! そのせいであたしはストレスマッハ50なんだけど!! 酷いよね!?」
「え、えっと……それは別に……」
「だからあたし決めたの!! 倫人の入院先がどこなのかを突きとめた上で、このあたしがブチブチにじきのめすって!」
「それを言うなら"直々にブチのめす"だと思うんですが……」
控えめにツッコミを入れる音唯瑠だったが、怒り心頭の清蘭には届くはずもなく。清蘭は右腕をグルグルと回すとやる気満々な様を見せつけてくる。まぁそれに同意などすることなく、音唯瑠は呆然と静かにドン引きするだけではあるが。
「とにかく落ち着きましょう、清蘭さん。倫人さんをブチのめした所で、清蘭さんに注目が集まることはないと思います」
「ええっ!? なんで!?」
「今こうしてクラスメイトの皆さん……いいえ、世界中の皆さんが生きる屍のようになってしまっているのは、倫人さんが大怪我をして半年間の活動休止となっているからです。だからもしも、清蘭さんが倫人さんをブチのめしたら、事態は悪化するだけなんです。倫人さんはさらに長期の入院が必要となり、活動休止期間は延長。そうなれば皆さんのゾンビ化が長続きするだけです」
「そ、そんな!? だったらあたしはずっと半年間、誰からもチヤホヤされない日々を送らないといけないの!? 3年生で最後の1年なのに!?」
「はい」
「絶対の権限を持つ生徒会長なのに!?」
「はい」
「秀麗樹学園の頂点に立つ神に選ばれた超絶可愛い世界三大美女も真っ青のこの世のものとは思えない隔絶した美貌を持ってるのに!?」
「……残念ながら」
「そんなぁああぁああぁああぁあああぁああ~~~っっっ!!!」
残酷な事実を前に、今度の清蘭は怒りではなく悲しみに打ちひしがれる。
涙と鼻水を盛大に溢れさせ、大声でわんわん泣き始めるとすかさず音唯瑠に抱きついていた。
「どう˝じよ˝う˝音˝唯˝瑠˝! あ˝だじじん˝ぢゃ˝う˝!!」
「わ、分かりました。私が頑張って清蘭さんが生きられるように褒め続けますから」
「ボン˝ドに˝っ˝!? モ˝ブギャ˝ラ˝共˝の˝分˝も˝褒˝め˝でぐれ˝る˝っ˝っ˝!?」
「本当に本当です。だから清蘭さんも強く生きて下さい」
「う˝わ˝あ˝あ˝ぁ˝ぁ˝ぁ˝あ˝あ˝ぁ˝あ˝あ˝あ˝あ˝ん˝ん˝ん˝ん˝んっ˝っ˝っ˝!!!! 音˝唯˝瑠˝あ˝びばぼぉ˝ぉ˝ぉ˝お˝お˝お˝ぉ˝お˝ぉ˝ぉ˝ぉ˝お˝お˝ぉ˝お˝!!!!!」
「うげぇっ……! ちょっ、清蘭さん苦しっ……!」
その後、抱き締める力のあまりの強さに音唯瑠が瀕死になっている中、教室にはいつまでも清蘭の泣く声が響き渡った。
甘粕清蘭に友達らしい友達は、誰一人としていなかった。それは清蘭自身の我儘過ぎる性格もあるが、清蘭のあまりの可愛さに嫉妬する女子がほとんどであったからだった。
高校生となり、秀麗樹学園の校風もあって嫉妬ではなく尊敬や羨望の念を集めるようになった清蘭ではあるが、幼い頃からの積み重ねにより友達の作り方など分からず。また、より肥大した自尊心は易々と友達を作ることを良しともしなかった。
だが……この日、清蘭は生まれて初めて"友情"という感情をハッキリと抱いていた。目の前の少女、能登鷹音唯瑠に。
世界の形が変容しても。
誰も自分のことを見てくれなくなっても。
音唯瑠だけは、自分のことを見ていてくれる。
音唯瑠だけは、自分のことを見捨てない。
その感謝が、想いが、涙となって溢れ出て。
そうして、音唯瑠が虫の息となるほどの力で清蘭に抱き締めさせていた。
今この瞬間。甘粕清蘭の中で能登鷹音唯瑠の存在は──親友となっていたのだった。