絶対に許さないっ!!
(どういうことよッ、倫人が活動休止って!?)
秀麗樹学園を後にし、清蘭が向かったのは倫人の家だった。
学校をサボることになるが、そんなことなど全く気にせず清蘭はすぐに最寄り駅の改札を通り、電車に駆けこむ。しかしその間も、頭の中は教室で知ったニュースのことでいっぱいだった。
(そんなの、あたしに一言も言ってなかったじゃん。どういうつもりよ倫人!)
湧き上がってくる感情は、倫人への不満ばかりで。
となれば清蘭はお得意の連続着信を実行。椅子に座るや否や、連絡用アプリの"ココア"の無料通話を開始する。1回目は……出ず。2回目は……出ず。3回目も……出ず。しかしめげることなく、その後も清蘭は何度も何度も電話をかけ続けた。
「チッ!」
周りの乗客にも聞こえるくらい明らかな舌打ちをした後、清蘭は別のアプローチから倫人の情報を得ようとする。普通にWEB検索した。
WEB検索のページを開くと、トレンド1位に倫人の名前があったのでそれをタップ。この間僅か2秒、恐るべき速さで清蘭は不満顔のまま作業を進めていく。
「えっ……!?」
またも、乗客に聞こえるほどの声を漏らす清蘭。
ページが遷移し表示されたのは、"【アポカリプス】九頭竜倫人、右足の複雑骨折等で半年間活動休止"という衝撃的な内容。それに付随して昨日記者会見を行っていた記事なども目に飛び込み、清蘭は驚愕したままそれらを次々に読んでいった。
(右足の複雑骨折……半年間の活動休止……記者会見……)
その3つのワードが頭を埋め尽くし、自宅の最寄り駅に着いた頃には清蘭は半ば呆然自失のような有り様になっていた。電車に駆けこんだ時の勢いはどこにいってしまったのか、まるで別人のように雰囲気は一変していた。
「倫人が怪我をして……半年間活動休止になって……記者会見を開いて……」
ブツブツと、まるで呪文のように繰り返しながら道を歩く清蘭。
道行く人とすれ違うと、清蘭の様は"倫人様ロス"状態の真っ只中であるように見え、家に帰れば部屋の隅に三角座りをして口を開けて埃が落ちてくるのを待つだけになる……と哀れられ合掌される始末であった。
「倫人が怪我をして……半年間活動休止になって……記者会見を開いて……」
流石に清蘭と言えども、倫人の怪我とそれに伴う活動休止はショックが大きかった。
何せ、倫人は自分が超えるべき大きな目標であり。
同時に、想いを寄せる大好きな人でもあるのだから。
そんな倫人が怪我をしてしまい、半年間の活動休止をせざるを得なくなった。そして、幼馴染として一番に励ますべきだったのに、それが出来なかった。
徐々に後悔が湧いて来て、拳をぎゅっと握り締める。身体もカタカタと震え始め、今まさに清蘭は悲しみに咽び泣こうとしていた──
「何ッなのよ倫人の奴ーーーーーっっっ!!!! あたし以上に目立ちやがってぇえぇええええええぇええええええっっっ!!!!!」
はずだったが、清蘭の口から出た言葉は自分ではなく倫人への文句だった。
「なるほどねえ! そういうことだったの! あいつがあんなことで注目を集めやがるから、あたしが学校に行っても誰もチヤホヤしてくれなくなかったのかッ!! ってか学校だけじゃなく、電車の中の奴らも活気がなくて、どいつもこいつも生ける屍になってたのかッ!! 普段ならあたしの超絶美貌を称えて、見惚れるのが日常だってのにーーーーーーッッッ!!!!!」
住宅街のド真ん中で、清蘭の叫び声が響き渡る。
これこそが甘粕清蘭。それでこそ甘粕清蘭。そう言わざるを得ない。誰もが倫人のことを心配し悲しむ中で、倫人への文句を声高に叫ぶなど清蘭ぐらいだった。
いつでもどこでも、自分の世界の中心は自分。そうでなければ気が済まない。たとえ相手が誰であろうと、"日本一のアイドル"であろうとも清蘭は己よりも目立つ存在が気に食わなかった。
「絶対に許さないっ!! 倫人の奴に……直接文句言ってやるっ!!」
怒りはいつしか強い決意となり。
清蘭は目の奥に倫人の姿を思い浮かべながら、堂々とそう宣言していたのだった。
「な、何だ? 急に悪寒が……」
ぶるるっ、と俺は身体を震わせる。
ゴールデンウィークもとっくに終わり、暖かさを超えて少し暑いと思うような時期になったってのに……何なんだ今のは? 何だかとてつもない危機が俺に迫っているような気がするな……。
「まぁ、この現状それ自体が危機っちゃ危機か……」
仰向けでベッドに寝ながら、俺は自身の右足に目を向ける。
ベッドに沿うようにしている左足とは異なり、右足はベッドに備え付けの台の上に乗せるような形となっている。当然、肌色の部分は膝から先にかけて一切見えず、白一色で埋め尽くされている。
まぁそんなことをしなくても右足を動かす気になんて更々なれやしない。昨夜手術をしたばかりだからそもそも言うことを聞かないのが自然の摂理な訳だが、無理は禁物という先生の言葉に今は従う他になかった。
復帰したい。1日でも早く。そう逸る心を落ち着かせるのが今の俺の仕事だ。まぁ今後の入院生活のことを考えると、何も出来ないこの状態での時間をどうやって潰すべきかを考える必要もあるのだが。
「それは、あまり悩まなくても良さそうだ」
そんな独り言を発したのは、俺が今いる病室が理由だった。
事務所の社長であるジョニーさんが気を利かせてくれて、友人の大山田会長に頼み込んでくれたおかげで、俺は大山田グループ系列の大病院に世話になることになった。その中でもVIP専用の特別個室という破格の待遇をさせて貰っている。部屋の面積は35㎡、テレビ電話冷蔵庫シャワー付き浴室完備、Wi-Fiを含むインターネット環境も整っていて、なんならキッチンもついている。
まるで高級タワーマンションのような内装だ。最新型のゲーム機も全て取り揃えてあって本棚には漫画や小説や雑誌などもあり、しかもリクエストすると新しく補充してくれる。食事はもちろん病院が用意してくれるしそのクオリティは高級レストランにも引けを取らないときた。
「至れり尽くせりってのは、まさにこのことだよなぁ……」
自分の置かれている環境、それが如何に恵まれているのかを改めて感じた。
だからこそ俺は、一刻も早く恩返しをしないといけない。これだけして頂いたからには、退院後にふぬけたパフォーマンスなんてしたら末代までの恥だ。
「だから今は……全力で休む!」
"日本一のアイドル"としてのオーラを全力で放った後、俺は即座に目を閉じてすやすやタイムに突入した。
そう……これも必要なことなんだ……ムニャムニャ……。
この高級羽毛布団で出来たベッドで……夢のような心地で眠るのも……。
全ては……怪我を治す為……なん……だ…………──。