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記者会見の翌日


 "日本一のアイドル"【アポカリプス】の九頭竜くずりゅう倫人りんとによる衝撃の記者会見から一夜明けた5月11日。

 ただでさえ憂鬱な週の始まりである月曜日は、倫人の"右足の大怪我による半年間活動休止"の報によってますます絶望に染まっていた。SNSである"ツブヤイター"では瞬く間に"九頭竜倫人"がトレンドの1位となり、世界中からも注目が集まるほどだった。

 【アポカリプス】のファン、特に倫人推しのファンは嘆き悲しむ者がほとんどであった。精神的なダメージはあまりにも大きく、学生であれば学校を休む、社会人であれば仕事を休むという者まで現れる始末。

 そして、その影響は……将来芸能界のスターを志す者が集う私立秀麗樹(しゅうれいじゅ)学園でも同じことだった。


「ハァ……」


「グスン……倫人様……」


「もう何を生き甲斐にすれば良いんだろう……」


「ホコリ……オイシイ……」


 学年を問わず、落ち込む生徒が学校中に点在していた。受け止めきれない現実にただただ溜息を吐く者、携帯で彼の画像コレクションを見ながら涙を流す者、生気が抜けゾンビのような足取りで歩きながら絶望する者、教室の隅で三角座りをして口を開けて埃が落ちてくるのを待っている者……多種多様であった。

 これぞ、"ツブヤイター"のトレンドにもある"倫人様ロス"状態であった。何も秀麗樹学園の中に限った話ではなく、これと同じような現象が日本の各地で起きている。

 九頭竜倫人、その存在が如何に日本で大きいものだったのか。それを改めて知ることが出来ると同時に、社会問題になりそうなくらいに深刻でもあった……──が。


「皆ーおっはよーっ!」


 この少女に、そんなことは一切関係なかった。

 いつだって自分のことしか考えない自己中オブ自己中、世界は自分を中心に回っていると素で思っている天上天下あたし独尊(・・・・・・・・・)──甘粕あまかす清蘭きよらは。

 橙色の明るい髪は少し趣を変えてポニーテールにして、今日も教室に入るや否や称賛の嵐が自分を取り囲む、そう期待していた清蘭だったが……いつまで経っても無風であった。


「あれれ……?」


 教室のドアで目をぱちぱちとさせ、清蘭は異変にようやく気づいた。自分というこの学園の主人公が来たというのに、周囲の脇役共モブキャラが揃いも揃って目を輝かせず、寧ろ死んでしまっていることに。


「ちょっと皆どうしたのよ?」


「あ……甘粕さん……おはようございます……」


「何なのよどいつもこいつも、せっかくあたしがイメチェンしたっていうのに褒め言葉の1つもないなんて気が利いてないわね」


「すみません……良く似合ってますよ……」


「そんな遺言みたいな言われ方しても全然嬉しくないんだけど!」


 登校しながら思い浮かべていた妄想と現実のあまりの差に、清蘭はすぐに機嫌を損ねていた。妄想だと今頃ポニテにした自分にモブキャラ達は集い、褒め言葉を口々にする……そのはずだったのに。


(全く、気が利かないわね今日のモブキャラ共は!)


 プンプンと効果音がはっきり聞こえるくらい不機嫌になりながら、自分の席に乱暴に鞄を置く。

 朝っぱらからこんなに機嫌が悪いのは久々で、両頬をプクーッと膨らませる。


(あっ、そうだ。ストレス解消にあいつ(・・・)を使わなきゃ♪)


 しかし次の瞬間にあることを閃くと、自らの席を勢い良く立つ清蘭。

 悪戯を思いついた子どものように無邪気な喜び顔を浮かべながら、その足取りは真っ直ぐとある席に向かって言った。

 清蘭にとってこの学校では数少ないモブキャラ(・・・・・)ではない存在(・・・・・・)の元に。


「おっはよー倫人ー! 改めて、あたしのダイヤモンドハンティングカップでのパフォーマンスの感想を聞かせなさい! まぁ同点にはなったけど審査員の見る目が無いよねー本来なら10:0であたしの圧勝のはずだったんだけど、まぁそういうのも含めて感想を──ってそもそもいないじゃん!!」


 鼻高々に、ドヤ顔をするあまり席の方を見ていなかった清蘭だったが、ようやく自分が無人の席(・・・・)に話しかけていたことに気がつく。

 「え? どこ!? いるんでしょ!?」と机の下や中を見たり、椅子を持ち上げてその下を無駄に調べたりもしたが、倫人の姿はどこにもなかった。いつもであれば自分よりも確実に早く学校に来て、机に突っ伏しているはずの"ガチ陰キャ"は、影も形もなかったのである。


「何でいないのよあいつ……風邪とかかな? あーあつまんない」


 ストレス発散の為の倫人おもちゃの姿もなく、清蘭はますますヘソを曲げた。

 改めて教室を見渡しても意気消沈しているモブキャラの姿があって。唯一対等と言える友達の音唯瑠ねいるの姿も、普段つきまとってくる"4傑"の姿もない。

 今この教室に、清蘭の機嫌を良くするような要素は全くの皆無であった。


「ったく。何だってのよ、もう……」


 そこまで来ると流石に諦めたのか、清蘭は自分の席に座って携帯を弄り始める。普段であればクラスメイトから称賛されるのがルーティンワークなのに、その時間に携帯を1人で弄るなど新鮮であった。

 自己顕示欲の塊マシマシである清蘭は暇潰し用のソシャゲなどの類は一切やっていなかった。その代わり、実名登録専用のSNSである"ピンポタ(ピンポタグラムの略)"はバリバリにやっている。最近はエクスカリス姉妹と熾烈な争いを繰り広げたダイヤモンドハンティング杯のことを載せていた。


「グヘへへ、良いわよ皆。さぁ、もっとあたしを称賛しなさい愚民共!」


 自分が載せた写真や動画についた"良いよ!"やコメントの数々に、清蘭は笑みを浮かべた。美少女として大丈夫かと思われる欲望丸出しの下卑た笑みだったが、自己顕示欲が満たされるのと共に機嫌もプラスの方向に向いて改善されていく。

 「清蘭ちゃん可愛い!」「メジャーデビューはよ」「清蘭さん推しになりました」「カレーライスください」など、時折意味不明なものがありつつも、寄せられたコメントはほぼ好感触なものばかり。清蘭は無邪気に喜んでいた……が。


「……は?」


 あるコメントに、目を留めずにはいられなかった。

 それはアンチコメでも、意味不明なものでもなく。

 しかし、清蘭にとっては目を疑ってしまうもので。思わず、その文面を口に出して読んでいた。


「『倫人様が半年間活動休止になって生きる希望を失いかけましたが、清蘭ちゃんのおかげで何とか立ち直れそうです』……?」


(は? えっ? どういうこと? 倫人が……半年間活動休止……?)


 頭の中を、その疑問だけが埋め尽くすと。

 清蘭はおもむろに席を立ち、誰にも見送られないことにも構わず、教室を飛び出していたのだった。


 

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