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九頭竜倫人の願い


 "週刊春文(しゅんぶん)"──政界、芸能界を問わず貪欲にスキャンダルを求める鬼畜。衝撃的なネタを遠慮もなく世に放つその一撃は春文砲と呼ばれ、芸能人であれば誰もが恐れるものだ。

 俺もジョニーズ入りした時から、その恐ろしさは常々聞いて来た。ある日は一大タレントの浮気現場、ある日は大御所芸人の脱税、ある日は新進気鋭の若手人気アーティストの未成年淫行疑惑など、枚挙に暇がない春文砲の数々を。

 さらに、今奴らが送り込んで来た刺客はまさかの"文野ふみのはじめ"と来た。その飄々とした雰囲気や佇まいからは想像の出来ない鋭い洞察力に観察眼の持ち主で、さっき例に挙げた一大スキャンダルは全てこのオッサンが仕入れたとも言われている。

 正直言うと最悪の相手、出来れば勝負は避けたい所だ。だが……俺は"日本一のアイドル"九頭竜くずりゅう倫人りんとだ。ここで逃げる訳にはいかねえ。

 立ち向かってやる。何としてでもこの窮地を、乗り超えてやる!


『え~っと、九頭竜さんは今回の事故原因は練習後の帰宅途中に車に轢かれそうになったと仰っていましたよね?』


『はい。その通りですが』


『やっぱり~、今回の事故のこともあるので、【アポカリプス】の活動自体を見直す必要があるんじゃないんですかね? 事故が起こってしまったのは、やはり学生である九頭竜さん達に無理をして活動を強いているジョニーズ事務所側にも問題があると思うんですよ。だからこそ今回の事故が起こってしまった訳で。九頭竜さん以外のメンバー、優鬼ゆうきさん、イアラさん、ShinGen(シンゲン)さん、東雲しののめさんも一度活動休止にした方が良いんじゃないでしょうか? 学生を卒業するまで、とか』


 コイツは……何を言ってやがるんだ?

 そんな想いが湧いて来たが、何とか喉の奥に押し留める。質問というよりは最早意見に近いそれに、俺は憤りを覚えるしかなかった。

 とは言え、その怒りも動揺も、表情には一切出さない。感情を顔に出してしまえば、メディアに与える印象はマイナスになってしまい、会場の流れがあちら寄りになってしまう。 


『今回の事故は、先程申し上げましたように私自身の不注意から起こったものです。これまでの【アポカリプス】での活動は、私達が学生であるということを第一に考慮されたものです。学生の本分である学業に支障をきたさない範囲内での活動計画が練られていました。それでも今回の事故が起こってしまったのはひとえに私自身の不注意が原因であり、ジョニーズ事務所の活動計画や安全保障の観点には何の問題もありません。従って、他のメンバーも活動休止をするということはないかと思います』


『いやいや、何の問題もないって仰ってますけど現に起きてますよね、九頭竜さんが複雑骨折までしてしまうほどなんですから~。これを機にジョニーズが未成年から育成してアイドルデビューさせるっていうシステム自体、見直すべきなのではないかなと。もしかして、労基違反もしちゃったりしてるんじゃないですかジョニーズ事務所は?』


『詳しいことは事務所の機密事項なので申し上げることは出来ませんが、そのような事実は一切ございません。事務所は未成年である私達の学業や安全を何よりも重視し、尊重してくれています。今回の事故で何かしら対応を考える必要はあるかと思われる方もいらっしゃるでしょうが、システム面に関して私からどうこう言えることはございません』


 食い下がる文野記者に、俺はただ冷静に返していった。

 感情は波立たないように一定に。しつこく聞かれて正直言うと苛立ってはいるが、それを表に出さないように務めた。

 すると「ふーむ……」と文野記者も考え込むような素振りを見せる。中々ボロを出さない俺に手を焼いているのかもしれない。だが、易々と引き下がる相手でもない。根競べなら上等だ。


『じゃあ……今回の事故に関して、率直に思うことをお聞かせください』


 ん? 何だか急にベクトルが全く異なる質問だな……。

 いや、これまでの意見めいたものに比べれば、文野記者から初めてされた質問らしい質問と言うべきか。助かったが、こちらでもうかつなことは言わないようにしないとな。


『今回の事故で私が率直に思ったことは、【アポカリプス】の皆や事務所の皆様、そしてファンの皆様への申し訳ないという思いでした』


 言葉は選んでいるが、こればかりは俺が第一に思ったことだった。


『私が"日本一のアイドル"という栄誉ある呼び名を頂いているのも、全ては周囲の人達のおかげです。普段から切磋琢磨し合い、励まし合い支え合い、苦楽を共にする【アポカリプス】のメンバーの皆。私達【アポカリプス】を生み、マネジメントをしてくれて、仕事と学業を両立してくれているジョニーズ事務所の皆様、そして……【アポカリプス】を応援してくれて、常日頃私達に声援を送ってくれるファンの皆様、その存在の大きさを今回の事故で改めて私は感じました』


 色々と嘘をつかざるを得なかった会見で、この時の言葉だけは本心で満ちていた。

 メンバーの皆は、俺の状態を知っても誰も責めることはなかった。誰だって、怪我の心配をしてくれて、早く治るように願ってくれたんだ。

 常に冷静沈着で落ち着いている鬼優は、俺の怪我を見て流石に涼しい顔を崩した。だが、すぐに気を取り直すと「焦ることなく、しっかりと時間をかけて治して下さい。いつまでも待っていますよ」と、諭すように言ってくれた。

 気性が荒々しくプロ意識の強いイアラは如何なる理由でも練習を欠席することには不平不満を抱く。だけど、今回の怪我では「いつでも万全な状態でいることこそプロだッ!! 死ぬ気で治しやがれッッ!!」と、喝を入れてくれた。

 どんな時も笑顔を絶やさず明るいShinGenは、変わらずその笑顔を見せてくれて「大丈夫倫ちゃん? 倫ちゃんのいない時間は寂しいけど、オレはずっと笑顔で待ってるからね!」と、こっちも笑顔にさせてもらえた。

 演技がピカイチで様々な人格を顔に宿す東雲は、その時はありのままの自分自身を出してくれて「倫人、お前は1人じゃない。傍にいないかもしれないけど、俺達は常にお前を支えてるからな」と、演技の欠片もない心の底からの真心を伝えてくれた。

 皆、本当に良い奴過ぎんだろ。誰一人として、怪我した俺を責めなかったんだ。俺の自業自得なのに、俺の過信が招いたことだったのに。だから──


 事務所の皆さんだってそうだった。

 汚い話、【アポカリプス】は今のジョニーズの稼ぎ頭だ。そんな【アポカリプス】から半年間とは言え俺が活動休止になるだけで、一体どれだけの損失が生まれるだろうか。

 それを考えれば、練習後に交通事故に遭いかけて、その結果としてこんな大怪我をするだなんて責めたくもなるに違いない。そのはずなのに、支倉さんを初めとする事務所の皆さんは俺の身を案じてくれて、全面的なバックアップ体制まで整えてくれた。だから──


 そして……今はまだ分からないけど、ファンの皆は。

 間違いなくたくさんの、数え切れない程の人を驚かせることになる。悲しませることになる。泣かせて、しまうことになる。俺は、ファンの皆を笑顔にして輝かせることが使命なのに。

 でも、だからこそ──早く復帰したい。

 今日この日から、俺は人々を悲しませ、泣かせてしまう存在になる。

 だけど……それなら。

 悲しませた以上に、泣かせた以上に。

 復帰したら俺は皆を笑顔にしたい。輝かせたい。

 それが"日本一のアイドル"として、"九頭竜倫人"として俺が成し遂げるべきことだ。

 

『【アポカリプス】の皆、事務所の皆様、ファンの皆様、その存在の大きさを今一度再確認出来たからこそ、私は1日も早い復帰をしたいと思っています。……いや、します。迷惑をかけた以上に、悲しませてしまった以上に、泣かせてしまった以上に……復帰をしたら、私はその人達を笑顔にする。そう決意しています』


 質問に対する答えとして正しいかどうか、そんなのはどうでも良かった。

 ただ、この時の俺は自分自身の願いを、意志を、しっかりと伝えていた。真っ直ぐに前を見据え、揺るぎのない瞳をして、堂々とした声と言葉で、伝えていた。


『……なるほど。分かりました。ありがとうございます。僕からは以上です~』


 すると、文野記者もこちらを見定めるような顔からすっかりと力の抜けたいつもの顔に戻り、彼の質問は終了していた。

 その後、続いて行われた他の記者による質問も俺は難なくこなし……無事、"九頭竜倫人の記者会見"は幕を閉じたのだった。


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