九頭竜倫人VS報道陣
会見場に繋がる扉が開かれるや否や、俺は顔をしかめた。
別に不快な気分になった訳じゃない。ただ、俺の姿を撮らんとする報道陣のフラッシュに対する反射的なものだった。絶え間なくフラッシュが焚かれる中で、明らかに動揺する声も聞こえた。
……まぁそれもそうか。何せ今の俺は機械操作で動く車椅子に乗っているのだから。しかも、ただ普通に座っているのではなく、右足は伸ばし切った状態でギプスに包まれているしな。
『皆様、大変お待たせ致しました』
報道陣に向かってそう言うと、俺は軽く頭を下げた。
依然としてフラッシュは猛烈な雨のように止まない。だが、もう慣れた。俺は指で車椅子を操作し、白色のテーブルクロスがかけられたテーブルの中央に移動する。すぐ傍にはマスコミ用の真剣な表情をした支倉さんがいてくれた。
自分の所定の位置につくと、支倉さんが身をかがめて耳打ちをして来た。
『落ち着いて、自分の言葉で話すんだよ、倫人』
先ほどのおちゃらけ具合などまるでなく、真面目な声色の支倉さん。しかし、その声は母親がまるで子どもに言って聞かせるような穏やかさにも満ちていた。
恐らく、俺の顔にまだ強張りがあったのだろう。変に緊張しないよう、支倉さんはまた気を利かせてくれたんだ。ありがとうございます、支倉さん。
ふぅ……と口とごく僅かに開けて深呼吸をする。このような緊張感はステージでは感じられないから変な感じだが……もう慣れた。支倉さんのおかげもあって、俺は落ち着いた口調で第一声を放つ。
『報道各社関係者の皆様、この度は私の個人的な記者会見に来て下さり、誠にありがとうございます。改めまして、【アポカリプス】の九頭竜倫人です』
なるべく丁寧に言葉を発し、今度は深々と頭を下げた。瞬間、一度波が落ち着いていたフラッシュが再び激しさを増していた。
10秒ほど経った所で顔を上げる。報道陣は変わらず獲物を狙うかのような目で俺の方を見つめていた。だがそれにも動じず、俺は続けた。
『今回、このような形で記者会見を開かせて頂いたのは、私九頭竜倫人及び【アポカリプス】の今後の活動に関わる極めて重要な出来事があったからです』
その内容について、ほぼ言う必要はなかった。
何せここに入って来た時に誰もが目撃したであろう、痛々しい右足がそれを物語っているのだから。だがそれでも、自分の口から伝えることが重要だ。
『単刀直入に申し上げます。私は──右足を複雑骨折しています』
その時、またも大量のフラッシュが俺を包み込んでいた。
記者の間にざわざわと動揺が広がる。皆さんにどれくらい医学の知識があるのかは分からないが、言葉の響きだけでも事の重大さを感じ取っているのかもしれない。
『複雑骨折をしたのは右足の前脛骨付近です。また骨折だけでなく、大腿四頭筋及び下腿三頭筋の筋肉断裂も起こしております。今、右足を自分の意志で動かすことは叶わない状態です』
現状を話す度に、空気が重くなっていくような気がする。
だが、ここからが本当に言わなければならない部分だ。今の俺の状態、そしてそれが今後の活動にどう影響するのかを──。
『今回の怪我は、私が【アポカリプス】の活動を続けていくことが困難であると判断せざるを得ないものとなりました。ですので私は……本日から半年間、11月10日まで【アポカリプス】の活動を休止させて頂きます。ファンの皆様、大変申し訳ございません』
この足を自由に動かせるのであれば、俺は土下座すらしたかった。
だがそれが出来る訳がないのは自分が一番よく分かっている。だから、俺は先ほどよりもありったけの謝意を込めて頭を下げた。10秒と言わず20秒、30秒以上も。
本当に、申し訳なかった。特にいつも応援してくれるファンの皆に、謝りたくて仕方がなかった。机の下では力いっぱいに拳を握り締める。自分の不甲斐なさ、情けなさに。
『それでは、ここからは質疑応答の時間とさせて頂きます。ご質問のある方は挙手して頂きますと、係の者がマイクを持って伺います。その際、お名前と媒体名を仰ってからご質問をお願い致します』
俺が顔を上げて少し経つと、隣にいた支倉さんが報道陣に向かってそう告げる。
……さぁ、記者会見の真の恐ろしさはここからだ。ただ発表して終わりじゃない。それは俺達が新曲を出して聞いてくれた人達の反応を見ることと同じで。記者の方々からの質問に応えてこそだ。
報道陣は皆が一斉に手を上げた。支倉さんも困惑するほどに……ということはなく。彼女は冷静に1人1人の様子を見極めると、『では、まずはそちらの方、お願いします』と最初の質問者の選定を終えていた。
『"週刊ナオン8"の坂本隆盛です。今回、九頭竜さんが怪我をした日付や経緯をご説明くださいますか』
なるほど。言い忘れていた訳じゃないが、やっぱりそこは気になるか。
答えるのは容易いが……なんてことだ。早速、嘘をつかないといけないなんて。
『私がこの怪我を負ってしまったのは、5月7日の夜21時のことでした。【アポカリプス】として行っていた練習を終え帰宅していた最中、私の不注意から車に轢かれそうになったのです。それを避けた際に、右足に大きな負担がかかり、このような怪我をしてしまいました』
答えながら、俺はとある2人のことを思い浮かべた。
これがもしも5月6日の出来事だなんて知ったら、間違いなくあの2人は──エデンとエルミカは自分のことを責めるだろう。だからこそ、俺はここで嘘をつくしかなかった。
『避けた際に? 避けただけでそのような怪我を負うのですか?』
『はい。サッカーの試合などでは足への負担がかかれば筋肉断裂などはよく起こるものです。複雑骨折は稀だとは思いますが、今回私も車と当たらまいと必死になった結果、過剰な負担がかかって筋肉断裂以外にも複雑骨折が起こってしまったのだと思います』
『実際はその車に轢かれたのではないでしょうか? 車の車種は何だったのですか?』
『轢かれてはいません。轢かれていれば、右足以外にも怪我をしているでしょうから。車種は……夜道だったことや一瞬の出来事だったこともあり、覚えてはいません』
『はぁ……ありがとうございます』
まだ腑に落ちていないような感じだが、何とか1人目をクリア出来たようだ。
にしても細かい所を気にするなホントに。避けた際にそんな怪我するのかって、実際に怪我したからとしか言えねえぞ……。
まぁ、もっと痛い所を突いてこられなくて良かった。さて次は……あそこの女の人か。
『"TUESDAY"の森野津李衣です。今回の活動休止に関しまして、メンバーの皆さんとは話し合ったのですか? 話し合いの上での半年間の活動休止だったのですか?』
『はい。【アポカリプス】の皆や総合マネージャーである支倉さん、そしてジョニーさんとも話し合いを重ね、今回の活動休止を決断致しました。怪我自体の回復に4ヶ月ほどかかり、そこからリハビリに2ヶ月ほど、ということで半年間になりました』
『他のメンバーの皆さんは、九頭龍さんの活動休止についてどのような反応をしていたのですか?』
『皆が驚いていました。同時に、心配もしてくれました。怪我が早く回復するように、あまり無理はしないで欲しい、とも言ってくれました』
『では、誰一人として怒ってはいなかったのですか?』
『えぇ。私に怒るということは、誰もしませんでした。鬼優もイアラもShinGenも東雲も、皆がひたすら心配してくれました。申し訳なさも感じましたが、それ以上に皆の心遣いを嬉しく思いました』
『分かりました。ありがとうございます』
よし。2人目も難なくクリアだな。
今のところはかなり順調だ。冷静に受け答えが出来てるし、爆弾発言もしていない。このままいけば、無事に記者会見を終えることが出来そうだ。
表情は真剣なまま、心の中で俺はよしよしと笑みを浮かべていた……が。
『どうも〜''週刊春文"の〜文野春と申します〜』
少々緊張感を緩ませるような声が聞こえると。そう言って自己紹介をした中年の男性記者は微笑んでいた。
……おっと。おいでなさったか。この場にいる中で誰よりも厄介な御仁がよ。