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更なる高みへ。


「……」


 エデンの問いに、倫人りんとはしばらく沈黙を返していた。

 その背中を見つめるエデンの顔は不安に染まり切っていた。このまま何も言わず、倫人は立ち去ってしまうのではないかと。


「……正直に言うと、俺はもう2人の師匠でいるつもりはない」


 無言のまま去るということは起きなかったが、倫人が言葉として返した答えはもっと残酷なもので。エデンは分かりやすく、狼狽を表してしまう。


清蘭きよらに勝てるようになるまで、エデンとエルミカを鍛え続ける。それが、俺が師匠でいる間の約束だったな」


「そ、そうです。でも今回の結果は引き分け(・・・・)でした。だから……」


「だから、まだまだ鍛えて欲しい、か。なるほどな」


 悲痛な表情を見せるエデンに対し、倫人は相変わらず声色を変えないまま。

 しかし、次の瞬間にはそれにも変化が起きる。


「──甘えるなよ。エデン・エクスカリス」


「っ……!」


 振り返り、そう言った倫人の顔も声も全く別のものとなっていた。

 清蘭が放つ存在感や威圧感を"動"のものだとするなら、今の倫人が放つそれは"静"のものであると言える。あまりの迫力に圧倒され、エデンは頭の中で必死に考えていた反論を全て封じ込まれてしまっていた。


「確かに、今回の清蘭との勝負では勝たせてやることは出来なかった。だが、もう俺がいなくてもエデンとエルミカは一人前だ。どの事務所に行ってもすぐに即戦力で活躍出来るアイドルになれる。清蘭に勝つのも時間の問題だ」


「っ……ですが、わたくしやエルミカはまだまだ未熟ですっ……! 師匠にはまだまだ教えて頂きたいことがたくさんあるんですっ……!」


「今度は聞き分けが悪いなエデン。さっきも言っただろ、『甘えるなよ』って。じゃあここで1つ、清蘭に勝つ為に必要なことを教えてやるよ」


「な、何ですか……?」


「それは"自分自身で考えること"だ。どのようにしたら自分の輝きがもっと増すのか、どのようにしたら見てくれる人達をもっと魅せられるのか、それを自分自身で考えることだ。俺は俺であって、エデン自身じゃない。自分だからこそ気づくこともある、それをパフォーマンスで表すことが出来れば、清蘭に勝つ日はそう遠くない」


「自分自身で考えること……自分自身だからこそ気づくこと……」


 倫人の言っていることをエデンは繰り返す。

 今回の特訓では倫人に師事し、倫人の言いつけをしっかり守ってきた。師匠を信じるということは、弟子として当然の責務であると思って。

 しかし、今度はそこから離れなければならない。倫人という師匠から独り立ちし、自分達だけで自分達のことを考え、悩んでいかなければならない。


「不安か?」


 気持ちを見透かしたかのように、倫人がそう声をかけてきた。

 エデンは嘘をつくことなく首を縦に振る。弱弱しくまるで子犬のように潤わせた瞳で、倫人を見つめていた。

 だがそれにも動じることなく倫人は少し無言を貫くと、何かに気づいたようにポケットに手を突っ込んでいた。


「そうか、そうだよな。まだ、見せてなかったな」


「何をですか?」


「俺の言葉の根拠、だよ。エデンとエルミカが、もう大丈夫だっていう証拠をな」


 自分の携帯電話を取り出し、何やら操作を始める倫人。

 それにさほど時間はかからず「あった、これだ」と呟くと、おもむろに倫人は自身の携帯電話の画面をエデンに見せていた。


「これが俺の言葉の根拠だ。最後の方しか撮れてなくてごめんな」


 その時だけは、倫人の声色が誇らしげになっていた。

 とは言え、エデンはそれに気づくことなく既に画面の方を見つめていた……見つめざるを、得なかった。


「──」


 映っていたのは、紛れもない自分とエルミカの姿。

 パフォーマンスをやり切り、息も絶え絶えで疲労を隠すことなど叶いそうにないボロボロの姿。

 そして……そんな自分達に、惜しみない拍手と熱狂の歓声を送っている観客達の姿もそこにはあった。


「これ……は……」


「これが、エデンとエルミカのパフォーマンスに魅せられた人達だ。皆、良い笑顔してるだろ」


 撮影者本人である倫人は、様々な観客の顔を映してくれていた。映る人はどれも満面の笑みを浮かべており、さらには芸能事務所のスカウトと思わしき背広の人物達も目を輝かせている。


「エデンとエルミカが、この人達を笑顔にしたんだ。エデンとエルミカの輝きが、この人達を輝かせたんだ」


「私と……エルミカが……」


 倫人の言葉を耳にしながら、映像に夢中になっているエデン。

 その時、瞳から一筋の雫が零れ落ちた。


「……本当に……私達が……この人達を……」


「あぁ。笑顔にしたんだ。魅了したんだ」


「……私達は……"0"ではなかったんですね……!」


「あぁ。ついでに言えば、1でもないぞ。これからの2人の可能性は……無限だ。2人なら、どこまでも行ける……だろ?」


 倫人が見せてくれる映像は、騒がしいくらいの拍手と歓声に包まれたままそこで再生が止まっていた。

 最後、その画面に映し出されていたのは、見てくれた人達に応えるようなエデンとエルミカの心からの笑顔であった。

 ──涙ではなく、笑みで輝く顔であった。


 



「結局、エルミカは起きませんでしたね……」


「仕方ねえって、疲れてるだろうしな。エデンもしっかりと休むんだぞ」


「はい。ありがとうございます」


 今度は、エデンの顔には未練も甘えも残ってはいなかった。

 男性顔負けの凛々しさ。そして女性が持つ奥ゆかしい気品。どちらも兼ね備えたエデンの"本当の顔"、それを見たことで倫人は安堵し、再び背中を向けた。


「あの、師匠」


「どうした?」


「……私達、頑張ります。甘粕清蘭先輩に勝てるように……そして──師匠も超えられる(・・・・・・・・)ように(・・・)


 その言葉に、もう振り返ることはしないと決めていた倫人の心が変わる。

 エデンが口にした新たな目標が、聞き捨てならなかったものだったことで。


「……気づいてたか」


「はい。師匠はご指導はお上手ですが、言い訳や嘘はあまり得意じゃないみたいですから」


「……ははっ。言ってくれるじゃねえか。まだデビューしたてのヒヨッコがよ」


 倫人は笑みを零すと、今一度エデンの方に振り返る。

 今度は──"日本一のアイドル"としての顔を向けて。


「良いぜ。お前とエルミカの挑戦、受けて立ってやる。"日本一のアイドル"であるこの俺──九頭竜くずりゅう倫人りんとがな」


 "日本一のアイドル"としての存在感と威圧感を放ち、エデンと向き合う倫人。だが、エデンも負けじとその圧に屈することなく、強い眼差しを向け続けていた。どこまでも真っ直ぐで、揺らぐことのない瞳を。これで、本当の意味で自分という師匠はいらなくなった。


「じゃあな。次会う時は……ライバル同士だ」


 確信した倫人はエデンに言い残し、その場から立ち去ったのだった。 










「はぁ……はぁ……まだまだ……だな……エデン……」


 エデンとエルミカの家から帰路につく倫人。

 だが、その様子は明らかにおかしかった。住宅街の壁に手をつき、脂汗で埋め尽くされるほど顔中に雫を垂らして、右足を庇うようにして歩いていた。


「ぐぅっ……!」


 必死に押し殺した悲鳴を上げると、遂に右足に力が入らなくなり倫人は壁に背中を預けてその場に腰かけていた。


「はぁ……はぁ……こんな状態の……俺の演技も分からないようじゃな……」


 倫人はそう呟くと、視界がそのままぼやけていき……意識を失っていた。


 翌日、とあるニュースが世間に激震を走らせる。


 "日本一のアイドル"と名高い【アポカリプス】のメンバーの1人




 九頭竜倫人が──右足を複雑骨折していた、と。





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