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『Two To Too』①


 新入生を中心に各生徒が各々のパフォーマンスを披露し、様々な熱気が生まれたダイヤモンドハンティングカップ

 遂にそれも、今から行われるもので以て全てのパフォーマンスが終了となる。時刻は既に17時を回っており、空は朱色のグラデーションが見られる幻想的な時間に突入していた。

 最後のパフォーマンス、真の意味での大トリを務めることになったのは、2020年度秀麗樹(しゅうれいじゅ)学園の新入生筆頭──エデン・エクスカリス、エルミカ・エクスカリスの両名であった。

 ステージ中央を挟み、身体は正面に向けつつ肩を少し引き互いの方を見つめ合うエデンとエルミカ。大役を務めることになった訳だが、その表情に僅かな強張りすらなく。

 どちらも、笑顔で"その瞬間"を待っていた。

 ステージの上にある電光掲示板が『Two To Too』の文字を輝かせていたが、次第にそこから光が失われていき……。固唾を飲んで見守る観客、そして微笑みを交わしながら待つエデンとエルミカにとって──"その瞬間"はやって来た。


 夕暮れ時の静けさを打ち破ったのは穏やかな旋律だった。

 清蘭きよらの『100%Victory!』では8bit音を利用したBGMが流れたが、『Two To Too』はそれとはまた異なる意外さを放つものであり。

 ──ピアノのだけの前奏、それを予想出来た者は誰一人としていなかった。ドビュッシーの『月の光』が如く、心に染み入るような優しく静かな旋律は会場中に流れていく。


「なん……だと……!?」


 静かに奏でられるピアノの音に最も驚いていたのは、2人を指導した倫人自身(・・・・)であった。

  

(何だこの曲は……!? こんなの……俺は知らないぞ……!?)


 狼狽を明らかに顔に出しながら、倫人は未だに自分の耳を疑っていた。今もなお耳に染み入るような優しいピアノの音が、本当かどうか。

 記憶を振り返っても、ピアノの音を使う瞬間など昨日のリハーサルの時点ではなかった。『Two To Too』は最初からスペインのフラメンコのような情熱的な前奏で幕を開ける曲だった。ピアノの音など最初どころか最後まですら一度も登場しないものだ。

 しかし耳を幾度も澄まし直そうとも、やはり聞こえてくるのは優しく子守歌のようなピアノの旋律ばかり。倫人は衝撃を隠し切れないまま、それでもお構いなしに曲は進んで行く。それまで静止していた、エデンとエルミカが動き始めたのだ。


「わぁ……」


「綺麗……」


「幻想的……」


 感嘆それは、2人のダンスが始まってから程なくして観客の口から自然と零れた。

 曲調と同じような穏やかな笑顔のまま、エデンとエルミカは踊る。ピアノの作る雰囲気と完全にマッチした、優雅で静寂に満ちた踊りを。いや、最早それは"舞う"という言葉で表した方が適切であった。

 指先から足先にかけて澱みも乱れも一切ないその動きは、まるで流れる水を彷彿とさせるものであった。手を伸ばし折り畳み、手首を返し角度を変え、足で細かなステップを刻み、上半身を手足の動きに合わせ自然にくびれさせ、流れに逆らわずにターンをする。

 ダンスというものは、どうしても次の動きに移る為の予備動作が必要になる。それをなるべく削り取り、無駄を削ぎ落とし、そうすることで動きの"キレ"を増していく。

 今のエデンとエルミカは、そのキレが最高潮に達していた。バレエのプリマドンナのように流麗で気品すらも漂うその舞いは、瞬時にして人々の心を掴んでいた


「凄い……」


 そして、師匠である倫人も。とっくに予定外の構成となったことなど頭の片隅に追いやられ、エデンとエルミカの織りなす世界に魅入られていた。


(なんてキレ……そして……シンクロ率(・・・・・)……!)


 瞬きすらも忘れて夢中で見つめる倫人は、自らや観客が引き込まれていく理由のもう1つの方に無意識に辿り着いていた。

 エデンとエルミカの舞いの美しさは言うまでもない。だがさらに、エデンとエルミカだからこそ人々を魅了出来る理由があった。それが、2人の動きのタイミングの完璧さであった。

 "日本一のアイドル"とされる倫人や【アポカリプス】の面々でも、動きのタイミングを完全に一致させることは至難を極める。本人の持つリズム感や癖、それが踊りにはどうしても出てしまう。しかし……エデンとエルミカの動きは、寸分の狂いもなく同時(・・)だった。

 

(確かに俺もそうなるように指導はしたが……特訓中も完全に一致させることは出来なかったのに今は……)


「出来てる……!」


 その言葉を吐くと、倫人は生唾を飲みこんだ。

 元々の人気の高さに加えて、圧巻のパフォーマンスで勝利を手にしたとさえも思えた清蘭に、これならいけるんじゃないか──そんな希望の光が見えて来た。


「ありがとう これまで一緒にいてくれて」


 ピアノのメロディに、そっと静かに声が添えられる。

 観客の耳に新たに届いたのは、あどけない子どものような無邪気さが残る可愛らしい声……エルミカの声であった。


「あなたがいたから 私は幸せです 今も これからも ずっと ずっと 一緒にいようね」


 変わらず舞いは魅せながら、動きと同じくブレのない声色を奏でるエルミカ。ピアノの音に合わせているからかメロディーラインが独特なものになりつつも、ピアノからずれることなく歌いあげる。


「ありがとう これまで一緒にいてくれて」


 最初の歌詞のリフレイン。

 が、それを歌ったのはエルミカではなく、凛々しく芯の通った声……エデンであった。


「お前がいたから わたくしも幸せだ 今も これからも ずっと ずっと 一緒にいてくれ」


 エデンの歌う部分も変わらず変則的なメロディラインだったが、エルミカ同様にしっかりと声を会場に響かせる。女性であると告白したにも関わらず、その歌声はエデンが男なんじゃないかと再び思わせるには十分過ぎる凛々しさと堂々っぷりを遺憾なく発揮していた。


「私も」


「私も」


「あなたと」


「お前と」


「一緒なら」


「どこでも」


「どこまでも」


「大丈夫」


「一緒に行ける」


「どんな闇も」


「光も」


「一緒に歩いて行くから」


「一緒に支えているから」


「忘れそうになったら」


「こう言おう」


 ピアノのテンポが少し上がると、2人にも変化が生じた。

 掛け合いのような歌い方となると、2人は互いに背中を合わせていた。エルミカ、エデン、再びエルミカ、交互に言い合うようにしながら一糸の乱れもなくエデンとエルミカは歌っていく。

 互いへの想い、それらを伝え合うような歌詞を声に乗せて、優しく会場に響かせる2人。それが伝わり、観客も微笑ましい気持ちとなりながら、2人のことを見守っていく。


「「大丈夫だよ いつでも傍にいるから」」


 瞬間、ピアノの音も止むと静寂が訪れて。

 その時、2人は背中合わせの状態から向かい合い、その歌詞を確かな口調で言い切ると、そっと抱き締めあった。背の高いエデンは高さを合わせるために少し屈み、エルミカは目一杯に手を首の後ろに回していた。予想外過ぎる2人のパフォーマンスに、一部の観客からは歓声が湧いていた。

 

 2人は抱擁を解かないで、そのまま当てられていたスポットライトが消え去って行く。夕闇の世界の朱がステージを染め上げ、神秘的な美しさに包まれながらエデンとエルミカのパフォーマンスは終了した。

 清蘭とは真逆の方向性、しかし同じく圧倒的な世界観を魅せつけられたことに観客はしばらく呆然としていた。少し時間が経ち、ようやく為すべきことを思い出して両の掌を盛大に打ちつけようとした。

 


「──紅蓮に燃え上がる炎のように」

 


 ──しかし。

 その拍手を止めさせたのは、エデンの凛とした声であった。


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