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私達のありのままの姿を


「私とお姉ちゃんは、今年の春にこの秀麗樹(しゅうれいじゅ)学園に入学してきました! ピッカピカの1年生です!」


 ステージの広さもあり、ただでさえ小柄なエルミカがさらに小さく見える。

 しかし、誰もがそんな事は気に留めておらず。代わりに、エルミカの発したとある言葉に反応せずにはいられなかった。


「お……姉ちゃん(・・・・)?」


「どういうこと?」


「エクスカリスは兄妹のはずじゃ?」


「そうだよね。エデンが兄で、エルミカが妹だよね……?」


 皆は口々にそんなに会話をしていた。

 エクスカリス''兄妹''として有名な2人。入学式の命知らずとも言えるスピーチで秀麗樹学園中に多大なるインパクトを与えた''兄妹''。

 そのはずなのに、今しがたエルミカは兄であるエデンのことを「お姉ちゃん」と呼んでいた。緊張のあまり、兄のことをそう呼んでしまったのかと思う者もいたが。


「実は、エデンはお兄ちゃんじゃありませんデス。お姉ちゃんなんデス。女の人デス」


 今度はきっぱりと、まるで日常会話をする時のように何気なくそう話したエルミカに、先程以上のどよめきが湧いていた。


「そうです、皆さん。俺は……いや、(わたくし)は女です」


 まだエルミカが悪い冗談を言っているのかもしれない。エデンに想いを寄せる女子達の一縷の望みは、しかし今ステージに姿を見せた本人の言葉によって、無惨にも絶たれていた。


「これまで私は男装を行い、男として振る舞うようにしていました。その事情に関しては複雑なので伏せて頂きますが、今まで騙すような真似をしてしまい申し訳ございません」


 落ち着いた語り口のまま、エデンは凛とした表情を一切崩すことなく頭を下げる。その後にエルミカも「ごめんなさいデス」と頭を垂れていた。

 清蘭(きよら)の時とは別の衝撃が会場を覆い尽くす。生徒だけでなく、エデンとエルミカの2人を勧誘すべく集まったスカウト達も驚きを隠し得ない。この中で別の反応をしているのは格好のネタを掴んだと喜ぶ新聞部くらいだけであった。

 2人の頭を下げる時間は長かった。30秒は優に経過しているだろうが、まだその顔を見せる気配はない。すると、驚きに満ちていた空間が徐々に別の色を見せ始める。


「でもどうして今になってそんなことを言ったんだあの2人?」


 誰が言ったか、しかしそれはその場にいる全員の気持ちを代弁した言葉であった。

 これからエデンとエルミカは、大トリを飾るパフォーマンスをする。しかもそれは、あれだけの圧倒的なパフォーマンスを魅せた清蘭の後でだ。

 たった今行われた告白は、別に今でなくとも良かった。寧ろ、今はしない方が良かったほどだ。生徒の間で構築されてきた''男としてのエデン・エクスカリス''が崩壊してしまうからだ。

 現に、エデンを好いていた女子達を筆頭に、失望の色が隠せなくなってきていた。''双子の兄妹''という個性を持つ2人が魅せる異色のパフォーマンスに胸をふくらませていた者も少なからずいた。

 今ここでのエデンとエルミカの告白は──完全に失敗であった。


「……どうして私が、いえ私達が今この場所でずっと隠していた秘密を話す気になったのか。それは……甘粕清蘭(あまかすきよら)先輩が理由です」


 しかし、失望はまたも疑問の色に塗り潰された。顔を上げてようやく二の句を継いだエデンが、清蘭のことを口にしたことで。


「私達と甘粕先輩は、今回のダイヤモンドハンティング(カップ)で勝負するということは皆さんご存知だと思います。そして、今しがた甘粕先輩のパフォーマンスは終わりました」


「正直に言って、すっごくすっごくすーーーっごかったデス!! ワタシもお姉ちゃんも、最初から最後まで甘粕先輩の姿に惹きつけられました!」


「エルミカの言う通り、甘粕先輩のパフォーマンスには終始魅了されました。『100%Victory!』は、文字通り甘粕先輩の勝利宣言であるようにさえ、私は思ったほどです」


 戦う相手であるはずの清蘭を褒め称える2人に、観客は誰もが白旗宣言かと思い込んだ。


「「けれど、そんな甘粕先輩だからこそ──私達は勝ちたいと思ったんです」」

 

 だが……人々の思い込みは杞憂であり、すぐに撤回されることになる。それまで清蘭のパフォーマンスを絶賛していた2人が、突如見て分かるほどに闘志を見せたことで。


「甘粕先輩はこの秀麗樹学園の頂点に立つ人だと、改めて知りました。その頂の険しさを、改めて肌で感じました」


「けど、ワタシ達は諦めないデス。投げ出さないデス。どれだけ甘粕先輩が凄い人であっても、必ず超えてみせる、と約束をしたんデス。他の誰でもない、ワタシとお姉ちゃんの間で」


「誰に何と言われようとも関係ない。可能性が0であっても2人で1にしてみせる」


「ううん、違うよお姉ちゃん。1じゃないよ。ワタシとお姉ちゃんなら……ね?」


「あぁ、そうだな」


「私と」


「ワタシ」


「「2人でなら、どこまでも遠くへ、どんなにも高い所まで、行ける」」


 観客席から見える2人の姿は、当然小さい。物理的な距離があるのだから。

 それでも、幾人もが己の目を疑わずにはいられなかった。

 力強く、澱みなく、揺るぎなく、そうして言葉を発する2人の姿が、まるで目の前にあるようにしか見えなかったのだから。

 それは……既に、甘粕清蘭に匹敵する存在感を2人が放っていることの証であった。


「甘粕先輩は、歌の最後にこう言ってくれました。『誰が相手でも関係ない だってあなたはあなたなんだから』と。これで、私達も決意したんです。私達もありのままの姿を見せる、と」


「だから、最後まで見ていてくださいデス。ワタシ達の、正真正銘の全力のパフォーマンスを!」


 2人はそう言うと、おもむろにポーズを取る。雰囲気がまたも変わり、''その瞬間''が来ることを人々は予感した。


「「それではお魅せします。『Two To Too』」


 双子らしく、最後まで全く同じタイミングで喋った2人はその言葉を最後に静寂を保っていた。


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