覚醒する2人
「……すげえ」
俺の口から出た感想は極めてシンプルだった。
"日本一のアイドル"である俺が口にするようなものではなかった。会場中で見た観客が口々にしている、言ってしまえばありふれた凡庸な言葉だった。
だけど。
それ以外に、甘粕清蘭という1人の"アイドル"のパフォーマンスを表す言葉が見つからなかった。少なくとも、今は。
歌も、ダンスも、笑顔も、全てにおいて初めてとは思えないほどの完成度。緊張という概念がないのかと言いたくなる堂々とした姿。ただでさえ圧倒的美貌を持っている清蘭は、その輝きをさらにステージで増していた。夜でもない真昼間なのに、清蘭の全身から光が溢れ、常に輝きに覆われているような……そんな気さえした。
それは"日本一のアイドル"だからこそ分かる輝き。芸能界の中でも選ばれし者しか放つことの出来ない……真の輝き、人々を惹きつけてやまないスターの証だった。
「いや、それは流石に考えすぎか……」
と、俺は在りし日の偉大な先輩達のことを思い出して考えを改めた。
今こうして見ると、清蘭の身体からは輝きが消えている。そりゃあそうだよな。そう簡単にあの輝きを放たれちゃ困るってモンだ。"日本一のアイドル"とされる俺ですらも、死に物狂いで努力してやっと出せるようになったくらいだしな。
「でもま……一瞬くらいは出てたのかもな」
そう言うと俺は遠く眺めていた空から、改めて視点をステージに移す。
見つめる先には、未だにスタンディングオベーション鳴り止まない会場の熱気の中心にいる、幼馴染の姿があった。
何も変わっていない。俺のよく知るその笑顔は。
まるで──太陽のように輝いていたのだった。
「って、見惚れてる場合じゃねえ。何とかしてエデンとエルミカをパフォーマンス出来るようにしないと……」
清蘭への拍手喝采がまだ続く中、俺は自身の為すべきことを思い出す。
エデンとエルミカをヘヴン状態から元に戻さないとそもそも話にならない。このままだと清蘭の圧勝で対決が終わり、俺がエデンとエルミカの師匠であることもバレて。
そして、俺の平和な学園ライフともサヨナラグッバイだ。勝った清蘭はますます調子に乗り、俺は新聞部に追われる日々を送る……そんなの悲惨な結末過ぎる。
「クソッ! かくなる上はショック療法でもう一度あのマッサージを──!?」
苦肉の策を講じようとした俺だったが、別の衝撃に襲われた。
俺の傍で「あまえび~」とか「ツナマヨ~」とか寿司ネタしか呟けない状態だったエデンとエルミカの……姿がなかった。確かにライブが始まるまでは傍でぽけ~っと寿司ネタを連呼していたはずなのに。
「一体どこに行ったんだ? エデンっエルミカっ!」
恐らくその場にいる者の中で唯一拍手をしていないのは俺だけだろう。そうであっても構わず、俺はその場から走り出した。
突如として行方不明となったエデンとエルミカを探す為に──その時だった。
「凄かったな、エルミカ」
「凄かったね、お姉ちゃん」
探し求めていた答えが聞こえた。
寿司ネタではなくはっきりとした会話になるような言葉を発したその声の方に、俺は振り向く。
灯台下暗し、とはまさにこのことだった。エデンとエルミカは、俺が立っていた場所のすぐ後ろにいたのだから。
こうして、2人は見つかった。だが……それでも俺は疑わずにはいられなかった。今目にしているエデンとエルミカが、本当に本人なのかどうか。
そんな疑問が湧いてしまったのは……正気に立ち返る今と前とで、エデンとエルミカの雰囲気が全くの別物になっていたせいだった。
「甘粕先輩、以前の対決の時とは比べ物にならないパフォーマンスだったね」
「あぁ。流石はこの学園の頂点に立つというだけはある。圧倒的な存在感、有無を言わせないインパクト、そして見ているだけで心が惹きつけられる笑顔……どれもこれも、最高と言わざるを得ないものだった」
俺が半信半疑に陥っている中でも、エデンとエルミカは冷静に会話を続けていた。会場の熱狂とは裏腹に、どこまでも静かに落ち着いている雰囲気を纏う2人の存在感に、俺の目は釘付けとなってしまう。
「負けちゃうね」
「あぁ。負けるな、間違いなく」
「甘粕先輩の歌の通り、甘粕先輩が絶対に勝っちゃうね」
「あぁ。甘粕先輩の勝利は揺るぎないだろうな」
「……ねえ、お姉ちゃん」
「何だ?」
「お姉ちゃんは……甘粕先輩に勝てると思う?」
「……いや、無理だな」
「そっか」
「あぁ……1人ではな」
エデンとエルミカの会話は一度そこで止まった。
身長が20cmほど違うため、その目線の高さは同じじゃない。
けれども、見据える先は同じ。見つめる憧れは同じ。
甘粕清蘭というこの学園の頂のみ──。
「一緒に行こう、エルミカ」
「うん。もちろんだよ」
「私と……エルミカなら」
「ワタシと……お姉ちゃんなら」
「「どんなことも、怖くない」」
共に手を取り合い、真っ直ぐとした瞳を静かに燃やして。
俺が言葉をかけるまでもなく、エデンとエルミカはステージの方に向かって行く。
同じ速さで歩いて。
同じ頂を見つめて。
「なぁああぁあぁんてこったぁああぁあああああいッッッ!!! これがベールを脱いだ我が学園の超ッ絶ッ最ッ強ッ最ッ高ッ美ッ少女ッの甘粕清蘭様の実力かぁああぁああぁあッッッ!!!」
「これはもう芸能界のスター入り間違いなしッッッ!!! 大手芸能事務所やプロダクションからも引く手数多ッッッ!!!」
「いや清蘭様は既に881プロっていう超絶弱小事務所に所属……んっんー! 何も言ってないですよ僕は!! まぁともかく清蘭様の出番は終了ッッッ!! 喝采万歳大喝采なのは言うまでもないですねッッッ!!!」
「ですねッッッ!!! これはもう既に清蘭様が大トリで良かったんじゃないのかーーーーッッッ!!! エクスカリス兄妹がとーーーっても可哀想だぁぁぁあぁぁぁぁぁぁあ!!!」
途中で小声にならざるを得ない部分もあったが、声優志望の男女コンビによる司会進行も熱狂的な物言いで会場を沸かせていた。
同時に会場のほとんどの観客はその言葉にうなずいてもいた。あれだけのパフォーマンスを魅せた清蘭こそが大トリで良かったんじゃないか、これからパフォーマンスを行うエクスカリス兄妹が可哀想だと同情する者までいる始末で。
少なくとも、これから本当の意味で大トリを務めるエクスカリバー兄妹が清蘭に優るパフォーマンスをすることなど、この場の大多数が期待していなかった。
「まぁ、思い出受験という言葉がありますように、パフォーマンスはもちろんして貰いましょう!! エデン・エクスカリス、そしてェ!!」
「エルミカ・エクスカリスの両名によるパフォーマンスですっ!! どうぞっ!!!」
司会進行の2人は高らかにそう叫ぶとさっさとステージの端にはけていった。
名前を呼ばれたエデンとエルミカはまだ姿を現さず、ステージは無人の状態が続く。しかし、今もなおその誰もいないステージの上に先程の清蘭の姿を重ね、感動の余韻に浸る者も少なくはない。
圧倒的な清蘭の世界が会場中を支配する。
その最中に──
「皆さん、初めましてデス。エルミカ・エクスカリス、デスっ!」
小さな侵略者、いや挑戦者がその世界に姿を現したのだった。