甘粕清蘭 On Stage
「なっ……!?」
その時ばかりは、足の痛みのことも、エデンとエルミカの様子を見ることも忘れて。
俺はステージの中央に現われた幼馴染──甘粕清蘭の姿に立ち上がらずにはいられなかった。
な、なんであいつが今ステージにいるんだ……!?
「これまでも盛り上がってたけど、あたしの番だからそれはもうこれまで以上に、超絶最高にブチ上げさせてあげるからノリ遅れるんじゃないわよーーーっ!!」
観客席に指を差し、盛大な煽りで観衆を沸かせる清蘭。その熱気の波に乗り切れていないのは俺ぐらいだろう。
確かに清蘭は今回のメインだ。これだけの盛り上がりを見せるのもあながち納得出来ない訳じゃない。
「どうして……あいつが今なんだよ……!?」
それでも、遂に言葉にしてしまうほど俺が驚いているのは清蘭の"順番"が変わっていたからに尽きる。 生来の目立ちたがり屋、自己承認欲求の塊オブ塊、いつか言ったように天上天下あたし独尊な清蘭は、当然アイドル部門の大トリを務めるはずだった。
しかしここに来て順番の変更なんて荒業を、こいつはかましやがった。どこまで滅茶苦茶しやがるんだ! これじゃ……これじゃ……!
「これじゃ大トリは──エデンとエルミカになるだろうが……!」
苦虫を噛み潰したような顔で放った俺の呟きは、会場の熱狂の渦に飲まれて消えた。
エデンとエルミカの勝率がどれくらいあるのかは分からない。とは言え、清蘭に先んじてパフォーマンスが出来るというのはその確率を僅かでも上げる為の1つのアドバンテージだった。
しかし……こうなるとそれすらもなくなってしまう。清蘭のパフォーマンスがどのようなものなのかは分からないが、それが良いものであればプレッシャーになってしまう。となると、大トリというのもさらに重圧になる。
一体何故あいつはこんな土壇場で順番なんか変更しやがったんだ? そもそも変更なんて出来るのか? 生徒会長権限ってやつか? クソが! 漫画の中だけにしろよそういうのは!
「あーそう言えばねー! 皆知ってると思うけど、今回あたしはエクスカリバー兄妹っていう新入生の2人と戦うことになったんだー!」
観衆からの歓声を浴びながら、清蘭はマイペースにそう切り出す。英雄王の聖剣じゃなくてエクスカリスだって言ってんだろ。なんて俺の心のツッコミが届く訳もなく、清蘭はさらに続けた。
「まぁあたしは大トリだったんだけどー、生徒会長権限使って順番変えたんだ。言うなれば、エクスカリバー兄妹って新入生だし、レベル1の勇者みたいなもんじゃん? ほら、やっぱり圧倒的な実力差でねじ伏せてこそあたしっていうか、ラスボスって感じじゃん? だから、エクスカリバー兄妹には」
何故冒険RPGみたいに例えた? 流石に冒険の序盤も序盤で勇者に襲いかかるラスボスとかいないだろ。チュートリアルでレベル1で木の棒とお鍋の蓋しか装備してないような勇者一向に俺TUEEEして喜ぶラスボスとか、ユーザーから文句のオンパレードだぞ。
それはそうとして、エデンとエルミカとの順番を入れ替えたのはそういう訳だったのか。我儘極まりないな全く。確かにこれは生徒会長のやり口なんかじゃない、魔王による絶対王政だ。全国の健全な運営をしている生徒会の皆さんに今すぐ土下座しやがれ魔王め。
「ま、そんな訳で今から戦う気も起きないぐらいの、まぁあたしなんだから当然なんだけど、超絶最高にすっっっごいパフォーマンスを見せてあげるからねーーーーっっっ!!!!」
魔王、もとい清蘭の演説が終わり、ようやくパフォーマンスに入るようだ。
しかしなんというか……相変わらず中身なんてないに等しいというのに、こいつの話には"期待"させられるのは何故なのだろう。
飾り気のない等身大の言葉、だからだろうか。あるいは疑うということを一切知らない自信の化身のようなものだからか。とにかく、清蘭の目はいつも真っ直ぐだ。遠くから見ていても、それがはっきりと分かる。
見てくれる人達を魅了して当然。
自分が人々を魅了するのなんて当たり前。
そのことに関して疑うという概念すら持ち合わせていない。
それは間違いなく、甘粕清蘭という1人のアイドルの強みだ。弱点でもあるが、そんなもの容易く打ち消すほどの輝きを、あいつは既に持っている。
「それじゃ、聞いてね~! あたしの新曲──『100%Victory!』」
新曲っていうか、初めての曲な訳だが。
とにもかくにも、勝つべき相手として。倒すべきラスボスとして。
そして、1人のアイドルとして。
清蘭のパフォーマンス、独壇場が始まろうとしていた──。