そんなの、俺が絶対認めねえ。
「……極度の筋肉疲労、発熱……か」
普段と異なり閑散とした秀麗樹学園の校内。
その中でさらに人が寄りつかない場所、保健室で俺は進行形で顔を険しくしていた。
見つめる先にあるのは"スーパーメディカルマシーン"の空間ディスプレイ。そこに表示されているのはエデンの容態だ。
先にベッドに眠らせているエルミカも既に"SMM"の診察を終えているが、エデンと同様の結果だった。極度の筋肉疲労、そして発熱……。事態は俺が思っているよりも深刻だった。
「はぁ……はぁ……」
「はぁ……はぁ……」
エデンを"SMM"から取り出し、エルミカの隣のベッドに寝かせる。
2人の顔は朱く染まっており、呼吸は乱れている。特訓後に何度も見た疲労困憊の顔が、ずっと2人に貼りついている。
──俺のせいだ。
「……何が"日本一のアイドル"……何が師匠だ……!」
自分への怒りに拳を握り締める。もしも目の前に自分がもう1人いたのなら殴りかかっていた、それ程までの怒りが全身を焦がす。
エデンとエルミカが倒れてしまったのは、何もかも俺が悪い。本業の仕事もこなし、さらに2人の指導にも熱を入れるあまり、己自身のキャパシティーを見誤った。俺自身が倒れてしまうなんて、2人が心配して【HERO】を飲ませるのも当然だ。
そもそも2人にも無理を強いていたんじゃないか? 清蘭に勝とう、その思いばかりが先行して冷静に特訓スケジュールを決められていなかったんじゃないか? 2人の成長が嬉しくて、調子に乗っていたのは師匠である俺の方じゃないのか?
「……いや、止めよう」
次に呟いた言葉は冷静だった。
今すべきことは、過去の問題点の洗い出しや自責なんかじゃない。
清蘭との決戦まで時間がない今この時にすべきことは──
「2人を、なるべくベストの状態まで回復させることだろ!」
そう言って自分に言い聞かせ、俺はすぐさま行動を開始する。
2人を残し、保健室の鍵を閉めて俺は走り出した。既にこの時点で保健室の無断使用、鍵の無断持ち出し、と校則違反連発だが形振り構っていられない。学園内で体調不良者が出ないことを祈りつつ、俺は猛烈な速度で廊下を駆け抜ける。
「近くに薬局は……ここかっ!」
携帯電話のマップ機能で検索を行い、一番近場の薬局に方向転換。2.6kmもあるが、そこを目指すしかない。
廊下を走り、時折曲がり、靴箱を一度の跳躍でショートカットし。
「っ……」
そうして見えて来たのは、大勢の人だった。
【ダイヤモンドハンティング杯】を見るべく集った人達の波。他校の生徒なのかきゃぴきゃぴとはしゃぐ女子高生、スカウトのように鋭く目を光らせる壮年のような男、将来の推しを探しに来たかもしれないアイドルオタクのような身なりの奴、加えて学園側で主催している模擬店の客引きなど、とにかく様々な人でごった返していた。
この中を抜けるのは至難の業だ。しかし、いちいち裏門にまで回ると薬局のある方とは逆方向で余計に時間がかかってしまう。薬を飲ませたとしても効果が出始めるまでの時間を考えれば、なるべく早く薬局に辿り着いた方が良い。
「だったら──行くしかねェよな!」
雑踏に俺の決意の言葉はかき消される。が、同時に俺は自身の姿を消していた。
「わっ!?」
「うおっ!?」
「きゃっ!?」
一陣の風が突如吹き荒れ、人々から戸惑いの声が聞こえてくる。
それもそのはず、俺は"アルティメットシカゴフットワーク"を駆使した超高速で移動していたからだ。人と人の僅かな隙間を縫いつつ、変なトラブルを起こさないようにぶつからないことに細心の注意を払って。
「ふっ!」
正面から見えて来た手を繋いだカップル。それに対し、俺は繋がれた手の所をスピードの余韻を残した上体反らしで潜り抜ける。ったくこのリア充どもが!!
そんな風にしてヒューマンジャングルの中を進み、校門が見えてくる。あそこに辿り着けば、後は薬局を目指して駆け抜けるだけで良い。そして薬局につけば解熱用の薬を買い、2人に飲ませて……。
「……全く、神様はとことん俺のことを嫌ってやがるなッ……!」
ゴールを目前にし、俺はふとそんな呟きをした。
順風満帆、かと思えばこんな風に試練が与えられる。
もしかしたら好き嫌いとかそう言った感情など通り越して、神は人の運命を決めているのかもしれないが。
「エデンとエルミカは……違うだろうが」
俺の運命に、あいつらを巻きこむなよ。
どれだけ試練があろうが構わない。それが俺の運命なら、俺は乗り越えていくだけだ。乗り越えられなかった場合、損を被るのが俺だけだからな。
でも……エデンとエルミカは違う。既に世間から認められて、立派に"日本一のアイドル"として輝くことが出来ている俺とは違って、エデンとエルミカはこれからなんだ。
これから人々を……自分達の輝きで、魅せる所なんだ。その舞台に、立つ所なんだ。
そんな2人に、始まりすらもさせてあげない。これまでに歯を食いしばって、ボロボロになって、涙を流して……それでも頑張ってきた2人の運命を、切り拓かせることすらさせないって、決めてんのかよ神。
「そんなの……」
『師匠! よろしくお願いします!』
『師匠! よろしくお願いしますデス!』
『……ありがとうございます……師匠』
『「ワタシからも……お礼の言葉が言いたいデス。師匠』
『だって私達は──輝きたいから。皆さんのようになりたい……いや、超えたいから』
「──そんなの、俺が絶対に認めねえ」
2人の言葉を思い出して、俺は天を睨みつけた。
清蘭と勝負すら出来ずに、このまま終わらせてたまるか。
エデンとエルミカの物語を、まだ0のままの物語を。
1になる瞬間を見ないと。そしてまだ2人のことを知らない人達に伝えないと。
「おらぁああぁああああぁあああッッッ!!」
咆哮を上げ、俺は足にありったけの力を込めて跳んだ。
跳んだというよりも"飛んだ"の方が正しいくらい、俺は跳躍していた。人々の間を抜ける必要もなく、頭の上を容易に飛びこえていたのだから。
注目を集めていようがどうでも良い。着地したその時には、既に校門の付近に辿り着いていた。最大の難関であった人海を突破し、俺は笑みを浮かべた。
「よしっ、これでもう遠慮なくトバしていけるぜ──」
そう思った瞬間、神は次なる試練を俺に与えていた。
それが訪れたのは、耳にとある音が響いたことで気づいた。
日常生活で時折耳にするそれが、徐々に近づいてくることで。
ブォォォォォォン、文字にするとこのような感じになるその音は、こちらに近づいてくる物体の正体を如実に表していて。
「──」
着地した俺が顔を横に向けると、目の前に巨大な鉄の塊があった。