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最後まで綺麗に映るための

 

 花の咲き乱れた春も、夜空に大輪が咲く暑い季節も一瞬にして去って行き、世界は色味を失っていった。その色味の無さに、何処か安心する自分がいるのは仕方がない。これからの季節は鮮やかな色を見なくても済む世界だから、きっと君も安心しているに違いないだろう。


 十一月の風は冷たくて、頬に当たるたび、身震いしそうになった。肌は乾燥するし髪だって絡まる、この季節は嫌いだ。いくら自分が生まれたからとはいえ、好きになる事は出来なかった。


 今日は誕生日だった。君に話した覚えはないのだけれど、いつの間にか私の誕生日を知ったらしくデートに誘ってきた。嬉しかった。大方里香ちゃんに聞いたのだろうけど、誕生日に家族以外の誰かと出かける事なんて無かった。そしてそれが最愛の人だと言うのなら嬉しさは倍増だ。


 これが最初で最後だ。初めても最後も、君が与えてくれた。


 駅前の時計塔の下に見知った後姿を見つけた。遠くからでも、色がなくても分かる。愛しい背中は寒さのせいで縮こまっていた。私は少し早足で君に近づいた。


「おまたせ」


 その言葉に反応した君が振り返る。季節はすっかり変わって、君の服装も変わった。ダッフルコートは幼い印象を与えるけれど、君が着るとそうでもないらしい。


「遅かったかしら?」


「いや、大丈夫。俺が早かっただけ」


「蒼也くん、遅れたりすること少ないものね」


「まあ、周り遅れてくるような奴しかいなかったから」


 きっとあの二人の事を言ってるのだろう。二人とも時間に疎いから毎回頭を悩ませている君の姿が容易に想像出来た。


 君の視界に最後まで色鮮やかに映れるよう、私は青色ばかりを好むようになった。それまではあまり着てこなかった色も、恋の力があれば簡単らしい。濃紺のコートに黒地のブラウス、白いリボンに白地のギャザーが入ったスカート。薄手のタイツにロイヤルブルーのパンプス。見事なまでに青、白、黒でまとめた服装は我ながらよくやったと思っている。落ち着いた印象を与えながらも、それでいて品がある。君の隣を歩くには、これが一番だと思った。


 君の存在は私にとって太陽だ。出来る事なら陽だまりの中、色鮮やかな格好をしている君を見たかったけれど、それがもう無理だという事も分かっているのだ。隣を歩いて、こっそりと私の歩幅に合わせてくれる君に嬉しくなって、さりげなく、車道側に立つ心遣いが嬉しくて、宙に浮いていた右手が握られて、温かく大きな左手に包まれる。


 いつの間にかこれが当たり前になっていた。握った手を握り返す、そして少しはにかむ。それだけだった。


 一緒にいる時、あまり言葉を交わす事はなかった。同じ年頃のカップル達は嬉しそうに大きな声で会話をしているけれど、私達は多くを語ろうとしなかった。緊張しているわけではない、話すのが苦手なわけでもない。寄り添って互いに今一緒にいる事を噛み締めているみたいだ。


「寒いね」


「うん」


 呟いた言葉に優し返事が降ってくる。あたたかな手の温もりが、私達がまだこの世界にいる事を教えてくれた。きっとこうやって幸せを噛み締めていくのだろう。君と出会ってから一日一日を忘れる事なく、心に留めておこうと無意識のうちにそうしていた。


 死を受け入れたくないと泣き出しそうになった日が何度もあった。けれど、君が温もりをくれる度、愛が深くなる度に、一瞬一瞬を噛み締めるようになった。


 きっと私は、緩やかに死を受け入れ始めていた。

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