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十二時を越えてシンデレラ

 

 返ってきたテストの答案は相変わらず高得点で変わり映えしなかった。これを他人に言うと、皮肉だと言われるだけなので黙っておくが、私にとって面白みもない事だった。


 校内は文化祭ムードで、普段は浮足立つ事のない私の心でさえ揺れ動くのが分かる。


「だからー、そこ台詞違うでしょ矢田!!」


 怒号が飛んで私はまた溜息をついた。けれど、怒鳴られた本人は相変わらずお気楽である。


「ごめんごめん」


「時間少ないんだからちゃんとしてよ」


「はいはい」


 何だかんだでやる時はやるし、ミスも少ないから私はあまり強く言えない。彼はそういう人だ。しかし、こんなに台詞を間違える彼を見て、本番が思いやられた。


「緋奈ちゃん、やろう」


「ええ」


 私はクラスメイトの子達と他のシーンを練習していた。四月に比べると、私の周りには多くの人が集まるようになったと思う。友人と呼べる人も増えて、楽しい学校生活を送っている。それも君と付き合うようになってからだ。君の彼女になる事で、関わりにくいと思われていた私のイメージが払拭されたらしく、今では男女問わず仲良くなった。全部君のおかげだ。下らない、この先思い出す事もないような他愛もない話で笑う。その間に、君が私の横を通り過ぎた。その姿を目で追った。練習とは分かっていても、君が通り過ぎてしまう事は少し寂しいし、他の人と笑っている姿はあまり見たくないものだ。この焦がれた視線に、君は気付く事はないのだろう。


「衣装合わせするよー」


 その声が聞こえた瞬間、私は数人の子達に引っ張られて教室から連れ出される。


「緋奈ちゃんはこっちね」


 連れてこられたのは衣装係の子達が使っていた空き教室。トルソーに淡い水色の美しいドレスがかかっている。


「これ、もしかして作ったの?」


「勿論!演劇部の使わなくなった衣装をリメイクさせてもらったの」


 私は思わず感嘆の溜息をついた。素人が作ったとは思えないくらいのしっかりとした出来で、とても綺麗だった。


「私、衣装負けしないかしら」


 思わず不安を口にする。皆は驚いた表情を浮かべた。


「どうしたの?」


「いや、立波さんでもそういう事言うんだと思って」


「平然と着こなしそうだったから」


「まさか。私そんな自信に満ち溢れた人間でないもの」


 これは本当。自分の顔がある程度整っているのは認めるけど、自信があるわけではない。人によって綺麗の基準は違うし、好みだって違うからだ。だって私が、君の好みドンピシャ、なんて事はないだろう。そうであったら良かった。


「でも大丈夫、これは緋奈ちゃんの為に作ったからね。似合って当然なのです」


 胸を張って皆が笑う。その様子に私も笑ってしまった。そのまま着せ替え人形のように着替えさせられ、髪の毛を結ばれ、あっという間に私の姿は変わってしまった。鏡に映る自分の姿に、驚きが隠せなかった。


「これは…新藤絶対固まるね」


 衣装係の子達はしてやったりの顔で笑っている。そのまま両手を引っ張られて教室へ向かう。


 私はまるで、なれもしないお姫様になった気分だった。


「はい、お待たせ!」


 その言葉と共に教室のドアが開かれる。


 開いたドアが、まるで舞踏会への扉みたいなんて、馬鹿みたいな事を考えた。開いた先には王子様がいて、私達の時は止まるのだ。


 いつもと違った君がいた。世界は鈍色なのに輝いて、まるで一時でも童話のお姫様になったかのような気分だった。皆の視線が自分に集中する。その視線がいつもは嫌だと思うはずなのに、今日だけは何故か誇らしく思えた。


 軽く上げられた前髪、柔らかい、けどどことなく芯のある私が大好きなその髪が形を変えている。白い手袋は君の大きな手が、私の大好きなシルエットを美しく描き出していた。肩口から下げられたたすき、白地に紺と金が映える落ち着いた色合いの衣装。君の色だと思った。蒼也なんてよく言ったもので、君には蒼銀が一番似合った。まるであれじゃあ王子じゃなくて騎士に近いなと思った。反対に矢田くんの衣装は黒地に紅と銀。何だか二人の性格をそのまま映しているなと思ってしまった。


「どうかしら?」


 上の空で私を見つめる君に、意地悪をしたくて聞いてみた。


 驚いたでしょう?形だけでもお姫様になれるなんて、思ってもみなかった。


 君の顔を覗き込んで笑う。

 

「いいんじゃない?」


 返ってきた言葉は思いの外冷たくて。でも、それに私は気が付けなかった。


「こんなにも本格的なドレスを着るとは思わなかったわ」


 ドレスの裾を掴んでクルクルと回ってみる。レースが陽に透けて鮮やかな縁を描いた。


「似合ってるじゃん」


 そう言った矢田くんに貴方もねと返す。彼は嬉しそうに笑っていた。


「ほら、蒼也、素直に可愛いって言ってやれよ」


「似合ってるよ」


 その似合っていると言った君の言葉に、秘められていた思いに気が付いたのはもっと後になってからだった。


「ありがとう、でも二人も似合ってるわ。本当に王子様みたいね」


 私は無邪気に、君の手を取った。


「じゃあ王子様。踊りましょう?せっかくの衣装、ここで活かさないと意味がないわ」


 君を引っ張って教室の中心に移動する。


「いや、お前のダンスシーン実際に踊るのは翔とだろ」


 お堅い事を言う君に、私は何を言っているのかと思った。だって君は踊りを知っているはずだろう。


「いいじゃない。これは本番じゃないわ」


「でも俺踊れないよ」


「あら?私が矢田くんと練習していたのずっと見ていたでしょ?」


 ばれてるわよ。いらない嘘なんてつくから、似合わない下手くそな嘘をつくから。私が耳元で囁いた言葉に、君は苦笑いをした。


「確かに…見ていましたけどもね」


「大丈夫、今日の私たちは衣装合わせをして終わりよ」


「そうじゃなくてね…その、目線が」


 その言葉に私は周りを見渡す。そこにはクラスメイト達が生暖かい笑みを浮かべながら私達を見ていた。浮かれていたから気が付きもしなかった。恥ずかしくなって離れれば、周りにからかわれたのは言うまでもないだろう。

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