おとぎ話だと笑ってよ愛する人
世界の色が半分近く分からなくなってしまっても、昨日より一昨日より、先月より去年よりも、美しく輝いているように見えるのは、きっと心の持ちようだと思う。
夏休みは終わったけれど、うだるような暑さはまだ残ったままだった。
「今日から新学期だ、二週間後のテスト頑張れよ」
教室は冷房が効いていて、とても快適だった。
新学期が始まり、クラスメイト達は、未だ夏休みの熱が残っていたままだ。
ふと、矢田くんが目に止まる。最後に会った時よりもずっと灰色に焼けていて、夜に紛れたら分からないなんて思った。
「夏休みはどうしてた?」
「暇な日は勉強。後は蒼也くんが知ってる通り」
夏休みは色々な所に行った。行ったと言っても、ほとんどが屋内だった。夏休みに入る前、この夏はどう過ごしたいか話した時、私達は暑いから外に出たくないという結論に至った。プールや海などの提案もあったが、私が泳げないためそれを全て却下した。君も大して行きたくはなかったようなので、丁度良かったのかもしれない。
映画館で流行りの映画を見て、ショッピングモールで買いもせずにふらふらと歩いたり、そんなデートばかりだったが君といるだけで楽しいから、それだけで構わなかった。強いて言うなら、映画館は君を見る事が出来ないし、話す事も出来ない。加えて色が無くなった現実をより感じさせるため、死ぬまでは行かなくてもいいかなと思ったくらいだ。
後の時間は、もう必要はない勉強をして時間を潰してきた。今まで何の趣味も持たずにやってきたのだ。空き時間にやる事と言えば、勉強しかなかった。 自分がもう習えないであろう知識を詰めても、何の役にも立たないというのに。
「蒼也くんは?」
「あー俺は特に何も。強いて言うなら妹の世話をしてたくらいかな」
「もっと夏をエンジョイしろよ」
「部活三昧の黒焦げには言われたくない」
「黒焦げ!?」
後ろからやってきた黒焦げ、私には灰色の彼が大げさなリアクションを取る。その日焼けを早く治してもらいたいものだ。彼がゾンビに見えて仕方がない。
「いいか、黒焦げなのは俺がスタメンだったからだ、大活躍だったのこの夏」
「あーはいはい凄い凄い」
適当に返事をする君に、彼はいきなり抱き着く。
「あつい、気持ち悪い」
「友情のハグだよ」
君は彼を引きはがして怠そうな声を出す。
「はい、今失礼な事思っただろ」
相変わらず仲がいい、微笑ましい風景だったが君には不満だったらしい。話を変えようとして、声を上げた。
「そういえば次のホームルームって何するんだ?」
「ああ、文化祭の出し物決めだろ?」
「なるほど」
「ちなみに今年はうちのクラスは劇をやるらしい」
「え」
「無理もないわ蒼也くん、その時爆睡だったもの」
「起こしてくれたって良かっただろ」
決めたのは前学期だった。ロングホームルームの最中、隣で爆睡をする君を、起こそうか迷ってやめたのは、珍しい寝顔を見たかったからという邪な気持ちがあった。しかし、起こした方が良かったのかもしれない。
「で、今日は何の劇をやるかとキャスト決め」
「へぇ」
今年は普通の女の子ように過ごせるだろうか。友達も出来た、君もいる。隣で面倒そうな表情を浮かべている君とは裏腹に、来る文化祭に向けて、私の心臓は期待のせいで少し痛かった。
劇をやるのは初めてだった。小道具などを作る裏方にでも立候補しようと思っていた。皆で一緒に、一つの物を作れるかもしれないと思ったし、進んで表に立つ気はなかった。
しかし、その期待は予想外に曲がった。
「はい、じゃあ多数決で立波さんがシンデレラに決まりましたー!」
歓声と共に拍手が巻き起こる。
「劇ってやった事がないのだけれど、大丈夫かしら」
「大丈夫大丈夫!!立波さん可愛いしそれだけでも華があるから!」
壇上に立った私の隣、委員長の上田さんが笑いながら背中を叩く。
正直、これは予想が付かなかった。
どうやって主役を決めるか。そう考えた時、一人の男子が票数を一番獲得した人にすればいいと提案した。
それに意義は無かったのだが、なぜか選ばれたのは私だった。形は変わってしまったけれど、こんなにも文化祭に参加したのは初めてだった。だからこそ、少しだけ嬉しくて、頑張ろうなんて柄にもなくそう思ってしまった。
「やっぱりシンデレラだからね、ラブシーン満載にしないと!」
上田さんは意気込む。私は確かにと思ってしまった。
シンデレラ。私が一生なる事の出来ないプリンセスの名前だ。この恋に魔法はかからないし、二人に幸せなハッピーエンドは訪れない。
「王子役はどうする?このままいくと矢田になるけど」
「今年も目立ってモテモテにならないとね、ねー立波」
「相変わらず不純すぎる動機だわ…」
「立波?俺泣いちゃうよ?」
隣に立った矢田くんは嬉しそうだった。私はというと、灰色の彼をどうしても直視する事が出来ず、視線を外しながら話を続ける。
ああ、でも。矢田くんでも良かったけれど、私はやっぱり君が良かったのだと気づく。プリンセスにはなれなくとも、王子様は君が良かった。差し伸べられた君の手を取りたかったと思いながらも、君が表舞台に立って注目を浴びる事が苦手なのを知っているから、仕方ないと諦めた。
私がシンデレラを演じても、君はきっと応援してくれるだろうから、それで充分だ。
「男子、いいよね?矢田で決定--」
そう、思っていた。
「俺がやる」
立ち上がり手を挙げる。その姿に、私は驚いてしまう。その目は真剣そのもので、私の願望が叶ってしまいそうで、嬉しくて笑ってしまったなんて内緒だ。
「え…?」
そう言ったのは誰だっただろう。静まり返った教室。集まる視線。挙げられた右手。挙げた本人すら、自分自身を理解出来ていなかったようだった。
「え、新藤…?」
「ど、どうしたの新藤くん」
隣にいた上田さんが不安そうに聞いている。それもそのはずだろう。君はクラスの行事に積極的に参加するようなタイプの人間ではない。いや、無かったのだ。今の今まで。
「俺、王子役、やる」
君の頬が灰色に染まって、ああ、きっと照れているのだろうと気づいた。
その姿が、モノクロームに染まった昔の映画に出てくる少年のようだと思った。当時は色彩をフィルムに移す技術が無かったから、目に見えている世界は色鮮やかでも、映画は別世界だったのだろう。もっとも今の私達の目は、その映画のようなのだけれど。
ざわついたクラスの中、君の後ろでいきなり立ち上がる音がした。
「来た、来た来た来た!!」
「え、何怖い」
「ぐっちーどうしたの?」
君の後ろに座っていた関口さんが立ち上がる。その興奮した様子に、思わず身を引いてしまったのは私だけではないだろう。
「王子は二人にする!!」
「はあ?」
「あー新藤くん、今回の脚本関口ちゃんが作るの」
彼女は演劇部だった。オリジナルの脚本を作っては、学校内で行われるイベントでそれを演じているという。関口さんは君の手を掴み取る。キラキラしたその瞳を見るに、興奮してその手を取ったのだろうけど、私の眉はピクリと動いた。執着心が人一倍強いであろう自分にとって、君への接触はどんな人間であれ腹が立つ。勿論、口に出す事は一生無い。
「え、いきなり何」
「いい、今回のシンデレラは本当のシンデレラストーリーよ!!」
「う、あ、はい、それで?」
「矢田くんと新藤くんがシンデレラを奪い合う禁断の三角関係ストーリーよ!!」
「へぇー」
「そっかそっか、俺と蒼也が」
「「って、ええ!?」」
君と矢田くんの声が重なる。
つまり、私達が三人で奪い合う愛を演じろという事らしい。まるで主婦が昼時見るような、醜いくらいの愛憎劇だ。
「設定はずばり、矢田くんと新藤くんは王位を争う二人の王子!そして二人とも立波さんに恋に落ちる!果たして恋に落ちるのは!?続く!!」
「いやちゃんと終わらせて」
白熱した関口さんは上田さんのもとに駆け寄り何やらストーリーが書かれたノートを見せている。途中、酷い内容が目に入った気がしたが見なかった振りをした。すると上田さんが親指を立て、片手で目を覆い鼻をすすっている。
まさか、感動したのか。
「これに決定!!」
「「嘘だろ!?」」
再び君達の声が重なる。
「こんなに感動するシンデレラ…最高…」
「委員長何泣いてるの怖い、俺は怖い、嫌な予感しかしない」
矢田くんが震えている。私も心なしか寒気が出てきた。くしゃみが出そうだ。
「それではうちのクラスはトライアングルシンデレラに決定しました!!」
私達の心配はどこ吹く風で、愛憎劇の幕は切って落とされてしまった。




