告白 (3)
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こんなふうに、彼女は時々僕を夕食に誘った。でも最初に食事に誘われた時のように「食材を買いすぎたから」という変な理由で誘われることは二度となかった。僕らは少しずつお互いのことを知り、理解し合っていった。それは友達としての関係というより、彼女との距離感はもはや恋人としての関係になりつつあった。
僕はアカリのことが好きだ。ずっと考えないようにしてきたけれど、その気持ちを認めた。だから、僕はアカリとの関係に悩んでいた。彼女と一緒にいることは楽しい。彼女が聞いてくれるなら僕のしょうもない日常のことを話すのも悪い気がしない。でも果たして、彼女は僕のことを同じように想っていてくれているだろうか?
彼女は一人でいることも多いけれど、社交的な面を持つ人だ。どんな人とでも一定の範囲で話せるし、仲良くなれる術を持っている。クラスには仲がいい友達がたくさんいるし、同性だけでなく異性とも話したりご飯を食べに行ったりしている姿だって見かける。だから僕は、僕が彼女の中で特別な存在であると思ったことはなかった。それでも話しかければきちんと答えてくれるし、僕の話で笑ってくれる。時々夕食にも誘ってくれて、お酒も一緒に飲んでくれる。そのことが僕にとってはうれしかった。僕は人付き合いが苦手だ。だからずっと、彼女とも一定の距離をあけて接してきた。もちろん、彼女に触れるなんてことは拒否されるのが怖くてできなかった。でも今、僕はもう少しだけ彼女に近づいて彼女に触れてみたいと願っている。
そのためにはきちんと僕のことを、僕の気持ちを彼女に伝えなければいけない。僕は、そのために徐々に心の準備を進めていった。
もう気がつけば十二月だ。もう完全に冬の気温になったなあと思っていたある日、僕はいつものようにアカリに夕食に誘われた。アカリに声をかけられた僕は、今日必ず彼女に告白をするという覚悟を決めた。そんな僕の決意とは裏腹に、彼女の様子は普段と何一つ変わらなかった。
僕はもう何度も彼女の部屋まで訪れている。だから、彼女はもう駅まで僕のことを迎えに来たりはしない。学校から自転車で先に帰って、料理をしながら僕が訪ねるのを待っている。そんな彼女のために僕は食後に食べられるようにと、小さなデザートをよく買って行った。スーパーや駅前のケーキ屋さんで買えるケーキやプリン、そういう類のものだ。その中でも彼女はエクレアがお気に入りだった。僕に「必ず持ってきてくれる必要はないけれど、もし次に持ってきてくれる気分になった時には、エクレアがいいな。」と控えめにねだった。僕は彼女のそういうところも可愛いと思う。
その日、アカリはボロネーゼのパスタを作ってくれていた。彼女は人のためには手間をかけて料理をすることが好きなようだった。そして塩ベースでもトマトベースでもクリームベースでも、あらゆるパスタソースを好んでよく作っていた。でもなぜパスタの料理をよくするのか尋ねると、「レンジでパスタが簡単に茹でられるから。」と笑っていた。僕はパスタが好きだから、それをごちそうしてもらうことにまったく異論はない。むしろ歓迎している。
「この赤ワインが安くて美味しいんだ。ナオくんに飲んでみて欲しくて買っておいた。もし赤を気に入らなかったときのために、白も買ったんだ。こっちもなかなか値段の割には美味しいと思う。」
そう言って彼女は赤ワインと白ワインをそれぞれ僕に見せた。どちらも瓶に入っていたがスクリューキャップのものだった。開閉が簡単でいい。
食事の準備をしてワインを開ける。彼女の食器棚にはワイングラスも入っていない。だからこれを飲むために使うのは普通の透明なコップだ。ワインを飲むのにワイングラスを用意しなければならないのはレストランくらいだ。
赤ワインは少し甘めで渋みが少なかった。そのワインは彼女が作ってくれたボロネーゼによく合っていた。
「美味しい。」
僕がつぶやくと、彼女はニコリとした。
「でしょう?このワイン、合うよね。わたしは食事に合わせるなら辛口のワインの方がいいと思い込んでいたけど、これは合う。甘いけど、甘すぎなくていい。」
「このパッケージ、すごいポリフェノールを強調している。健康に良さそうだ。」
「ポリフェノールにもたぶん、種類があるでしょう。それに飲みすぎたら結局、健康を意識する意味なんてないよ。」
どうでもいい会話をしながら僕らは一緒にパスタを食べ、ワインを飲む。そんな、何でもない夜。
食事と片づけを終えて、僕らはまだ残っているワインを少しずつ飲んでいる。僕は彼女に伝えなければいけないことがある。それを口にして、もし彼女に受け入れてもらうことができなければ、僕はもう二度とこの場所に訪れることはできないだろう。だから、僕には覚悟が必要だった。少し背筋を伸ばし、居住まいを正す。
「アカリさん。」
僕は彼女の名前を呼んだ。彼女が、僕を見る。
「聞いてほしいことがあるんだ。できれば、最後まで何も言わずに聞いてほしい。」
そう言うと、彼女は初めて出会った時みたいに、まっすぐと僕を見た。その彼女のまっすぐな視線はまるで、すべてを見透かすような強い光が宿っているようだ。
「僕は、アカリさんのことが好きです。できればこれからは、恋人として付き合ってもらいたい。」
彼女はそれを聞いても、僕から目をそらさない。
「だから、僕の抱えているもののことを話さなければならない。」
そこで、僕は少し呼吸を整える。緊張する。それでも僕は、彼女に伝えるために言葉を続けた。
「僕には、解離性同一性障害という精神障害がある。」