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僕とアカリ (2)

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次の土曜日、僕はアカリと会うために待ち合わせの場所へ向かった。

彼女が行きたいと言っていた美術館は偶然にも僕がよく行く大好きな現代美術館だった。そこは誰もが名前を知っているような有名な芸術家の作品を展示するようなところではなく、少し郊外にある。知名度は高くない。最寄り駅からも15分ほど歩くし、近くに広い公園があるが上野恩賜公園のような騒々しさはなく、ゆったりとした場所だ。僕は彼女がその美術館に興味があると知って意外に思ったと同時に、うれしくもあった。自分自身が好きなものに興味があると言われることはどんなことであれ、喜ばしいことだ。今は特別展はやっていないから、今日は常設展を観に行くことで彼女とは既に話がまとまっている。僕の好きなあの作品を目にしたら、彼女はどんな反応をするだろう。楽しみだ。

僕は年に一度、とある地方の美術館に行く。そこは絵画より彫刻や陶器の芸術作品がメインで置いてあり、そのなかで僕はエミール・ガレの作品が好きだ。エミール・ガレはフランスのガラス工芸家だ。ガラス以外にも陶器や家具もデザインをしていたらしい。僕は残念ながら陶器や家具の方の彼の作品を目にしたことはない。彼のガラス作品は花瓶や器、スタンドライトなどがある。独自の技法でわざとガラスをくもらせたり濁らせたりした作品が特長だ。彼はもう没しているから、その美術館に展示されている作品が変わることは二度とないだろうけれど、好きなものは何度観たって飽きないものだ。だから一年に一回、そこに足を運んで心ゆくまでそれらの作品を眺めるのが、僕にとって大切な習慣と言ってもいいだろう。一方、彼女は一体どんな美術館や芸術作品が好きなのだろう。

そして僕は色々考えた結果、彼女が持っているのと同じあの鍵のアクセサリーを身に着けて行くことにした。きっと彼女も身に着けてくるだろうと思ったからだ。それ以外の理由は思いつかなかったし、あったとしてもこじつけに思いついた理由なんて些細なものだろう。


待ち合わせ場所に行くと彼女はまだいなかった。時刻はお昼ちょっと前。待ち合わせにはあと十分ほど時間がある。待ち合わせの場所は美術館の最寄りの駅ではなく、お互いが合流しやすい駅の改札前にした。まずはご飯でも食べて、そこから目的地へ向かうことになっている。僕は、時計が気になる。

約束の時刻の三分前にアカリは現れた。彼女はジーンズに白いカットソーを着てジャケットを羽織っていた。学校で見かけるときも、彼女はジャケットをよく着ている。好きなのだろうか。でも、とてもよく似合っていると僕は思う。そして、胸元ではあのアクセサリーが揺れていた。

「こんにちは。ごめん、待たせた?早いね。」

彼女は何を気負うこともなく話しかけてきた。

「全然。人と待ち合わせするのが久しぶりだったから、どれくらいに着いているのが正しいのかよくわからなくて。」

僕がそう答えるとアカリは笑った。

「うーん、確かにナオくんにはそんな雰囲気があるね。あまり人と仲が良さそうに話してるの、見たことない気がする。一線を引いてるような。今日、よく来てくれたね。ありがとう。」

「どういたしまして。美術館が好きなんだ。それに今日行く美術館はよく行くから。任せて。」

「わたしはこの辺も、美術館周辺も、地理が全然わからないから助かる。よろしく。」

僕らは歩き出した。


僕が彼女を連れていったのは、駅から歩いて五分ほどの場所にあるイタリアンのレストランだった。そこのパスタが好きで、たまにひとりでご飯を食べに来る。その店にまさか女の子と行くことになるなんて、まったく想像していなかったけれど。

「すごい。おしゃれなお店を知っているのね。」

彼女はお店のなかを見渡しながら感心していた。

「偶然見つけたんだ。あまり騒がしくなくて、気に入ってる。もちろん、食事も美味しい。」

「楽しみ。」

そう言って、今度はメニューを眺めはじめた。メニューについてあれこれと話をしたあと、僕らは注文をした。僕はミートソースパスタのランチセットで、ランチセットにはパンとサラダと食後のコーヒーがつく。彼女は茄子とベーコンのトマトソースパスタのランチセットを頼んだ。料理が来るまでの間も、食事をしながらも、僕らはずっとお互いの好きな芸術作品についての話をしていた。

彼女は西洋美術が好きで、特にルネサンス期の絵画が好みのようだった。もちろん、その他にも彫刻や古代エジプトの出土品についてもよく知っていた。僕は彼女の好きな芸術作品の時期と比較すると現代寄りの芸術作品を好んでいたから、彼女の話は新鮮だったし、彼女も興味深そうに僕の話を聞いてくれた。


彼女の容姿を僕が語るにはおこがましい気がするけれど、おそらく一般的に考えて可愛いというより美人な部類に入ると思う。凛としていて、少し話しかけがたい雰囲気だ。でも話すととても気さくで、話題も幅広く、よく笑う。そして、笑うと黙っているときの美人な印象とは裏腹に、可愛かった。僕は彼女のその姿を、話しながらずっと眺めていた。

コーヒーも飲み終え、僕らは店を出て駅に向かって歩き出す。天気が良くてよかった。

この場所から美術館がある最寄りの駅に行くには、電車で三十分ほどだ。一度乗り換えがある。そう彼女に告げて電車に乗る。電車に乗っている間も、彼女は楽しそうにずっと僕に話しかけていた。僕はそれを聞きながら、時々相づちを打ったり彼女に質問をしたりした。人と話すことは、こんなにも楽しいことだったことを、僕は今まですっかり忘れていた。

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