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約束のカレーと青いドレス

祝ブックマーク1000件突破記念で書きました。

この話は番外編、朝陽の従者越智目線で、約束のカレーを作る回です。

「なるほど。二回灰汁を取るんですね」

「肉自体の旨味より、油と骨の部分が大事ですから」

「ここは?」

「足の部分です」

「足? どこの辺り?」

「前足ですね」

「へええ……そんな部分にお肉が?」

「とても上質な肉質です」


 今日は桐子さまと朝陽さま、それに凜さまを迎えての食事会、ついにカレーを作る日だ。

 私は今日のために最高級の牛を一頭仕入れた。

 松園のように使用人が多い屋敷だと、牛一頭を仕入れるのは、珍しいことではない。

 本邸の調理場で父や兄と捌き、必要な部分を個々持ち帰った。

 桐子さまが骨ベースのスープに興味を持たれていたので、本日はスープから作らせて頂いた。

 

「すごい、この鍋……! 私が入れますね」

「本日は二週間分のスープをつくるために、寸胴を用意しました」

「朝陽さま、これすごいですね」

「……そうだな」


 朝陽さまは包丁を握りしめて真剣な表情で、言葉も少なめ。

 さきほどニンニクの皮むきをお願いしたのだが、少し残った薄皮を気にされている。


「朝陽さま、まだニンニクですか? これは、こうして、こう!」

 桐子さまが、包丁を横にして、ニンニクを潰す。

 すると皮と本体が分かれた。

「桐子、グチャグチャじゃないか」

「いいんですよ、どのみち潰しますよね? 越智さん」

「はい」

「でも、美しくないだろう」

「大丈夫ですよ」

「薄皮が気になる……」

「もう、朝陽さまは」

 

 笑いながら桐子さまは朝陽さまの横でお手伝いを開始された。

 私はすっと離れる。

 二人が一緒に作業されているのを、静かに見ていたい。


「朝陽さま、すごく包丁の使い方、上手になりましたね」

「楽しくて、何度か練習した」

「私、男の人が包丁握ってる姿、好きです」

「……そうか」

 朝陽さまが嬉しそうに微笑む。

「あ、トマト持ってきたんです。どうぞ?」

 桐子さまが朝陽さまの口にプチトマトを入れた。

 朝陽さまは、それを受け入れて、食べられた。

「ん、美味しいな、これ」

「そうなんですよ、お父さんが家庭菜園を再開されて。私嬉しくて」

「今日出てくるサラダも松園八王子邸の菜園で取れたものだ。ほら」

 今度は朝陽さまが手元にあった黄色のプチトマトを桐子さまの口に入れた。

「……ん、すごーい、甘ーい!」

「だろう。大きな菜園で、越智も毎日見に行っている」

「すごいですね、越智さん!」


 私は静かに頷いて答えた。


「八王子の別邸は良いぞ。大きな菜園と裏に山もある」

「え、面白そう」

「近くには川もある」

「ええ?! もしかして」

「もちろん釣りも出来る」

「行きたいです」

「じゃあ今度一緒に泊ろう」

「はい!」

 

 嬉しそうな桐子さまの横で、オホン……と朝陽さまが咳払いをする。

 そして包丁を置いて、桐子さまの方を向いた。


「桐子、行って気に入ったら、八王子の別邸に一緒に住んでも……」


「ねえ、桐子ちゃーん、これ着てみてーーー!」

「はい、凛子さま、今行きます!」

 

 桐子さまは凛子さまに呼ばれて、朝陽さまの隣を離れてしまった。

 ああ、朝陽さま、もう一押しでしたのに……!

 私は何も聞いていない顔をして、エシャロットを切った。

 朝陽さまは「ったく凛子は……」とブツブツ言いながら、ニンニクを包丁の横で潰してらっしゃる。

 そうです朝陽さま……その方法が一番早いのです、もっと早いのは、ボウルの裏側で潰すことです……越智はいつもそうしています。


「朝陽、上手じゃん」

 蓬莱殿上食品の洪さんがワインを飲みながら台所に見えた。

 私はお辞儀をする。

「なんでお前まで来るんだよ」

 朝陽さまは、今度は人参の皮むきをしながら話す。

「桐子ちゃんが誘ってくれたんだよ」

「日にちを聞き出して乗り込んできただけだろ」

「いいじゃん、楽しいほうがいいじゃん」

 洪さんは机の上にあったプチトマトを食べて、ワインを飲まれた。

「ん、このトマト美味しいな」

「桐子の家で作ってるらしい」

「ほんと、桐子ちゃんって面白いよね……あんな令嬢みたことないよ」

「洪」

 朝陽さまが睨む。

「何もしないって! なあ、何もしないよな?」

 一緒に居らしていた旻名の雷さまに、洪さまが言う。

「洪はやりかねないな」

 雷さまはニヤリと微笑まれた。

「何言ってるんだよ、雷だって、何冊本を送ってるんだ」

「そんなこと、聞いて無いぞ?」

 朝陽さまが包丁をまな板に置いた。

「興味があると言われた三国志の漫画だよ。中国にしか流通してなくて、桐子に頼まれたんだ」

「あいつは……」

 朝陽さまがため息をつく。

「桐子は丁寧に感想をつけて俺に手紙をくれたんだ。その封筒が美しくて、素晴らしかった」

「手紙? このメール全盛期に?」

 洪さまが乗り出す。

「薔薇の紋様が描かれた美しい封書だったよ」

「え、なにそれ、俺も欲しいな」

「お前ら、二人とも中国に帰れ!」

 騒ぎ出した洪さまと雷さまに間で朝陽さまが叫ぶ。


 私は3歳の時から朝陽さまを見ているが、こうして同性の方と楽しそうに話している朝陽さまを見るのは、ほぼ初めてだ。

 いつもどこか線をひいたように一人だった朝陽さまが、同年の方々と楽しそうに話されている。

 私はそれだけで胸が熱くなる。

 もう年だろうか。


「じゃじゃーん、朝陽、どう?」

 凛子さまが、桐子さまが連れて見えた。

「桐子……」

 朝陽さまがエプロンを脱いで、桐子さまの元に向かわれた。


「どうですか?」

 桐子さまは、ブルーの美しいドレスをきていらした。

 そのドレスは、桐子さまに本当によく似合っていた。


「すごく素敵な青が手に入ったから、桐子ちゃんに合わせてドレスを作らせたの。ね、良いでしょう?」

 凛子さまはすごく嬉しそうに言われた。


「桐子、すごく可愛い」

「ありがとうございます、朝陽さま」

「桐子」

 朝陽さまは、そのまま桐子さまにキスされた。


「おっと……」

「これは……」

「あら、やだ、朝陽ったら」

 洪さんも雷さんも、凜さまも台所から出て行かれた。

 私も無言で台所から出る……待て、ガスを止めよう……出た。


 もう、突然何ですか、と笑う桐子さまの声と、だって可愛かったから……という朝陽さまの声が遠ざかる。

 私は台所奥にあるストックルームに座った。

 きっともうすぐこの鳳桜学院上のホテルともお別れだ。

 お仕事で来賓のお客さまが増えた朝陽さまと共に、八王子の別邸に引っ越すことになるだろう。

 あそこは何十人のお客様も宿泊できる。


 なにより、朝陽さまと桐子さまの未来のために……。





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― 新着の感想 ―
[良い点] 心の変化を書かせたらコイルさんの右に出るものはいねえ [一言] 他のも読むか
[良い点] 二人のキャラクターが好きでした~! 特にロボットみたいな男の子が温度を取り戻していく話刺さるんですよ…(/。\)最高でした! コネタの数々もオタクのハートには刺さります…! [気になる点…
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