執務室3
どんっ、と胸を押された。
そして目の前の愛する少女は表情を凍らせたまま、慌てた様子で執務室を走り去っていった。
「・・・動揺したかな。そんな姿も可愛いね・・・」
残された余韻を楽しむように、レイドルートは己の唇をゆっくりと舐める。
少女が出て行った扉のほうを見つめていると、ノックをする音がした。
入出を促すと、マイリカが礼儀正しい所作でティーポットを持って現れる。しかし、その美しいはずの表情の眉間にはしわが寄っていた。
「お茶をお持ちいたしました。・・・レイドルート様、先ほどリオル様がこちらから走り出ていかれたご様子でしたがいかがされました?」
屋敷のほぼすべての男たちから女神と崇められる美貌にふんわりと問いかけられたが、付き合いの長いレイドルートには言外に罵られているようにしか感じない。
「・・・そうだね。多分あの子もようやくここに男がいるってことに気づいたんじゃないのかな?」
やっとね、と付け足すが、内心はうれしくて仕方がない。
不気味に笑みを浮かべるレイドルートに、マイリカは呆れた顔を隠さなかった。
「・・・何をされたんですか」
妹のように可愛がってきた少女が、こんな女心を弄ぶような男にひっかかっては黙ってはいられない、と諫める口調で侍女は問い詰める。
「そんな驚かすようなことはしていないよ。ちょっと愛しの妹の唇を味わっただけ」
「なにがちょっと、ですか」
主人のあまりに常軌を逸した返答に、マイリカは思わず言葉をかぶせ気味に発した。
今にも説教を繰り出しそうな自分の乳兄妹を横目に、淹れたての紅茶を口に運ぶ。これも本当はリオルと一緒に嗜む予定だったのだが。
しかし、どんなに妹を案じる侍女といえど、自分の考えにはそう反対はしないはずだ。冷静に現在のゴーディン家の置かれた状況を酌んでも、そう悪くないはず。
「君もそろそろ正直に生きたほうがいいよ、マイリカ?」
不機嫌そうにティーポットを拭く侍女に、この家の主は本人に気づくか気づかないかの声で、そっと投げかけた。
どえらい間が空きました。でも一応構想は元から変わっておりません。