01.神話の狼、復讐の始まり
『赤い空、割れる大地、咆哮飛び交う魑魅魍魎。
息絶えた大勢の人間には見向きもせず、1人の青年は前へ進む。
「俺は…お前らを倒す! …大切な人たちを奪ったお前らを許さない」
世界に噛みつく神話の狼の力を纏う青年の目には、恨みが宿っていた…』
「はっ! …はぁ、夢か。今何時だ…?……!? やべ、朝飯つくらないと!」
慌ただしく階段をかけ降りるこの青年の名は、天城遥斗。
「もう、お兄ちゃん遅いよ。学校遅れちゃうじゃん。」
「ごめんな結愛、すぐ朝飯つくるから待っててくれ!」
遥斗は素早い手つきで食材を切る。グツグツと沸く鍋に食材を入れ、シャカシャカと味噌を溶かす。
「完成だ! 兄ちゃん特製味噌スープ! 朝はこれで、心も体もほっかほか!」
「お兄ちゃんいっつもそればっかり! でも、朝はやっぱりこれがないとね〜」
いただきます、そう言うと2人仲良く朝ごはん。2人では少し広いリビングに、ズズっと味噌汁をすする音が鳴る。
その時、ティロリンという音とともに、テレビの声が響き渡る。
『速報です。不思議な力で我々を脅かすテロリスト集団、「継裔会」。彼らから私たちを守るために設立された組織「セイヴァー」が、遂に対抗装備「ディバイドシステム」を完成させました。繰り返します…』
「ねぇお兄ちゃん、ディバイドシステム? ってなに?」
「俺たちには関係ないことだよ。あのセイヴァーって組織が、悪い人らから俺たちを守ってくれるってことさ。…ってか、ニュースくらいちゃんと見なよ。連日これの開発の話で持ち切りだぞ。」
「華のJKにニュースを見る暇なんてないもーん。…ってほんとに時間やばい! 行かなくちゃ!」
「慌ただしいやつだな…最近物騒だし、気をつけなよ」
「お兄ちゃんよりは慌ただしくないですー、お守りがあるから大丈夫! いってきます!」
ドタドタと家を出る結愛。リビングに1人残った遥斗は、1枚のコインを取り出し見つめる。
「父ちゃん…結愛の笑顔は絶対守るから、安心して見ててくれよ。」
軽く微笑む遥斗の目には、これから起こる悲劇を一切匂わせない、まっすぐな覚悟が宿っている。
セイヴァー本部 司令室。
大量のモニターが並ぶその部屋に、2人の男が対面していた。
部屋の壁には、様々な絵画が飾られている。
炎の中から翼を広げる美しい鳥。泉の傍で凛とただずむ羽の生えた馬。魔法の紐に縛られ、口に剣のささった怒りに満ちし狼。他にも多くの絵画が広がっている。
「神の力には、神の力で対抗するのがグレイトだ。そう思わないかい? 煌くん。」
しわくちゃな白衣にピンクのサングラス。笑顔を浮かべるこの男、ドクター霧島は世界を守る組織の一員とは思えないほど陽気に話す。
「神の力…まさか、ディバイドシステムのことですか?」
対するこちらは、セイヴァーの部隊長、一条煌。ビシッと着込んだ制服に、まっすぐ整えられた髪が映える。
「イグザクトリー。神獣の力が宿った…通称ゴズコインの力を、我々人間が最大限引き出すためのシステム。それが私の作ったディバイドギアさ。
聖也が提供してくれたこのフェニックスコインのおかげで一気に完成させられたよ。」
「聖也司令が? 確かディバイドシステムは彼のためのものですよね。彼は今どうしてるのです?」
「聖也はこのギアの開発過程で怪我をおってしまってね。今は療養中さ。そこで私はこのシステムの使用者として君に目をつけた。」
「僕が、ディバイドシステムを…?」
「血のにじむような努力で部隊長になった君なら、このシステムとフェニックスの力を扱えるはずだ。聖也の代わりが務まるとしたら、君しかいない。一条煌、君をこのシステムの使用者、戦士フェイトに任命する。」
「はい。僕、頑張ります! 必ず継裔会を倒して、世界を救ってみせます!」
威勢のいい煌の表情からは、努力が認められたことへの喜びが見て取れる。その時だった。
『ビー、ビー、エマージェンシー、エマージェンシー』
突如として鳴り響くサイレン音。霧島はすぐにモニターを見る。
「オーマイゴッド、早速やつらが動き出したようだ。街を破壊している。対処は任せたよ、煌くん。」
「絶対に止めてきます。任せてください!」
天秤型のデバイス、ディバイドギアとフェニックスコインを握りしめ、一条煌は部屋を走り去ったのだった。
「あ! 結愛のやつ、弁当忘れてる!」
遥斗は慌てて時計を見る。時刻は12時に迫ろうとしていた。
「朝バタバタしてたからな…仕方ない、兄ちゃんとして届けてやるか!」
弁当を籠に乗せ、自転車へ跨る。
「待ってろ結愛。兄ちゃんデリバリー、出発だ!」
向かい風をものともせず、自転車は爽快に走り出す。10分ほどまっすぐ行き、交差点を右に曲がると行きつけのカレー屋があるはずだ。いつも通る度にカレーの匂いが腹を空かせる。
今日も、いつものように右へ曲がる。だがそこに、いつもの光景はなかった。
「嘘だろ…!? どうなってるんだ!」
家が、崩れていた。鼻を刺激するのは、カレーとは程遠い生臭い香りだ。
瓦礫の下には、ピクリともしないしわくちゃの腕が見えている。
恐ろしいことに、その光景はカレー屋だけでない。その先に見える全てが、似たような景色だった。
「……結愛! 結愛は大丈夫なのか!?」
呆然とただずんでいた遥斗は我を取り戻し、自転車のペダルを踏む。
「結愛を守るって、約束したんだ!」
遥斗の望みとは裏腹に、先へ進むたびに状況は悪くなっていた。
グチョグチョという音や、人の悲鳴、逃げ惑う人々、更には異形の化け物を見ても、遥斗はペダルを漕ぎ続けた。
絶対に結愛を守る。その一心で。
ガッシャーン
自転車が何かを踏み、転倒してしまった。遥斗は自転車が踏んだものを見て、驚愕。
「これは…結愛のお守り……? 結愛! どこにいるんだ! 助けに来たぞ!」
「おにい、ちゃん…」
か細い声が、近くから聞こえる。後ろを見ると、結愛が立っていた。
「結愛…よかった、無事だったんだな……結愛…?」
結愛を見つけた安堵から一変、遥斗はある違和感に気づく。結愛のお腹に、大きな穴があいていた。
「結愛! 嘘だろ、おい! どうして…なにがどうなってるんだ!」
結愛はその場にドサッと倒れた。
「にげて…おにい…ちゃん…」
結愛の首がカクリと傾く。目にはもはや、光はなかった。
「結愛! 結愛!! 頼む、動いてくれ…! ……全部、全部嘘なんだろ! なあ!!」
悲痛の叫び。遥斗は全身が熱くなるのを感じた。平和な日常から一変、突然の状況に、混乱していた。
頭では何も分からない。だが、遥斗の心を支配していたのは、悲しみだけではなかった。
「結愛……」
絶望の表情を浮かべる遥斗の頭の中に、突然ある映像が浮かび上がる。それは、今まさに体験した結愛の死ともう1つ。
異形の怪人と戦い、ボロボロになって追い詰められる戦士の姿だった。
「なんでだ…俺は、このことを知っている…。今朝の…夢…?
俺には行かなきゃいけない場所がある…」
結愛との別れの悲しみに並ぶほどの強い使命感が遥斗の中にはあった。
ただの夢に、なぜここまでの使命感を抱くのか。
そんなことを考える余裕もなく、先へと走る。
その頃、一条煌は戦っていた。その体からは、赤く輝く炎のようなオーラが吹き出ている。
神話の不死鳥、フェニックスの力を借りたその名は、戦士フェイト。
ぼうぼうと燃えたぎる炎を操り、3体の人の形をした化け物と死闘を繰り広げる。
強靭な腹筋と、巨大な尾を持つ灰色の化け物。
金色の毛に覆われ、顎に手を当てている一角の化け物。
そして、水でできた龍を操り、暴れ狂う狂乱の化け物。
フェイトは果敢に挑むも、数の差は圧倒的だ。
「こちらの攻撃が通用しない!? なんで…」
炎の鳥と水の龍が睨みあう中、フェイトは炎を纏った拳を敵に振りかざす。
だがその炎は、水の力ですぐに消される。そこにすかさず左右からの拳がとんでくる。為す術なく受けてしまったフェイトは、吹っ飛ばされた。
ディバイドギアは地面を転がってしまい、炎のオーラが消える。
「ふんっ! セイヴァーの装備も大したことねぇな!」
「脅威にすらなりませんね…ディバイドギアを奪おうと思いましたが、この程度ならその価値もありません。帰りますよ、ヴァルガ。」
「おうよゼクス! 俺の力も十分試せたしな。お前、こいつの始末は任せたぜ!」
「任せてくれ。ヴァルガさん、ゼクスさん。このまま、脅威となるセイヴァーも破壊する。」
灰色の化け物、ヴァルガと一角の化け物、ゼクスは姿を消した。
残ったのは、地面に横たわる煌とそれを見下ろす水龍の化け物。
周囲を破壊していたグチョグチョとした異形の化け物たちは、ヴァルガとゼクスが去ると共に消えていた。
「せっかく選ばれたんだ…こんなすぐに、こんなところで、やられる訳にはいかない! 聖也司令の分まで…僕がお前を倒すんだ」
煌は必死に立ち上がる。だがそこに、水でできた鎌が振り下ろされようとしていた。
「消えろ…!」
咄嗟に目を閉じる煌。ガキン。金属がぶつかる音が鳴る。煌が目を開けると、そこには真っ二つに割れた自転車が落ちていた。
「邪魔をするな!」
怪人は横を見て悪態をつく。その方向を煌が向くと、そこには1人の青年が立っていた。
◆◆◆
終わった…。セイヴァーの戦士が怪人にやられそうになってて、咄嗟に自転車を押し出してしまった。
完全に化け物にロックオンされてるよ…俺はこのまま死ぬのだろうか。
なんでこんなところまで来たんだろう。あの後家に帰ってれば、こんなことにはならずに済んだかもしれないのに。
「危ないからここは逃げろ! 僕がそのディバイドギアを使って時間をつくるから!」
セイヴァーの戦士が叫んでいる。なるほど、彼が新装備の使用者だったのか。
ディバイドギア…足元に落ちてるこれのことか。これを彼に渡して、俺は早く逃げよう。
よし、拾った。早く投げ渡そう。さあ。
……なぜか体が動かない。本能が、逃げるなと言っている。
俺はどうしたらいいんだ。ポケットからコインを取り出す。なあ父ちゃん、教えてくれよ。
その時、父ちゃんの形見のコインがキラリと輝いた。それと同時に、俺の頭にある映像が浮かびあがる。
何かを持っている…これは、天秤…? いや、ディバイドギアだ…。
そして、そこにコインをはめている…?
もしかしたら、俺にもこれが扱えるのかもしれない。この映像も、今朝見た夢なのか?ただの夢のはずなのに、なぜか俺でも戦えると思わせる。
「俺が、この悲劇を終わらせる…! 力を貸してくれ、父ちゃん。」
初めて見たはずのギアが、妙に手に馴染む。俺は、これの使い方を知っている。
天秤の右側に、父ちゃんの形見のコインを載せた。右に傾く天秤に、力をくれと強く願う。
俺は結愛を守れなかった…でももし、俺に力があれば! あいつらを倒せるだけの力が欲しい。俺は必ずやつらを潰す。結愛の仇は絶対に討つ。
例えこの身がどうなろうと、復讐だけは遂げてみせる。
すると天秤は、徐々に左に下がっていき…完全に釣り合った。
目の前に巨大な白い狼の影が現れたと思ったら、この身を包む。力が全身から溢れてくるのを感じる。
「戦士…リループ…だと…!?」
化け物が何やら喚く。だがそんなことはどうでもいい。この力で、こいつを潰す時間だ。
◆◆◆
辺り一面の建物が崩れている。今、この場所にいるのは3人。
怪人と煌、それから北欧神話の狼、フェンリルの力を纏った遥斗…戦士リループだけだ。
「危ないから下がっててください。こいつは俺がやります。」
リループは煌に告げる。煌の顔には若干の不満があったが、後ろに下がり2人を見る。
「誰が俺をやるって? 例え伝説の戦士でも、お前はあの人とは違う。すぐに倒してやんよ。」
怪人が手を突き出すと、水でできた龍がリループ目掛けて突進する。
ガブリ。リループの纏う狼のオーラが水の龍にかぶりつく。水の龍はバラバラになってしまった。
「次は俺の番だ。」
リループがグッと1歩踏み込んだと思ったら、姿を消した。
そして怪人の背後から、蹴りを放つ。
「なんて速さだ!?」
リループのスピードに、怪人はついていけないようだ。
リループは目に見えないほどの速さで怪人に蹴りを入れる。何度も、何度も、何度も…
それはまさに、執拗に獲物を狙う狼そのものだ。
「さっきのやつとは強さが違う…だが、ここで負ける訳にはいかねぇんだよ!」
怪人が力を解き放った。辺り一面に水が放たれ、怪人そのものが巨大な龍の姿へと変わる。
その姿は、水の悪魔、レヴィアタンそのものだった。
「継裔会はまとめて俺が潰す。まずはお前を、ここで消す!」
俊敏な狼は、暴れる巨大な龍の攻撃の隙間をくぐり、龍の背中へ乗る。
「アオォォーーーーン!」
リループが遠吠えのような叫びをあげる。
すると、リループの右腕から手にかけて牙のようなものが生える。さらに、リループの前に巨大な狼の影が生まれた。
狼はぐしゃりと龍の背中を噛み砕く。ボロボロと落ちる鱗。そこにリループは、右手の牙を突き刺した。深く、深く。
「ぐはっ……俺が死んでも、同志は大勢いる…お前らに、勝ち目なんてねぇぞ…」
この言葉を残して、龍は爆散した。1枚のコインだけが、地面に落ちる。
「はぁ…はぁ……俺が、あの化け物を倒した…」
地面に降り立ったリループは、ギアからコインを取り外す。狼のオーラが消えた。
「父ちゃんが、俺に力をくれたんだ。絶対に復讐を遂げるから、見ててくれよ…」
遥斗はコインを空にかざし、そう告げた。
そこに、1人の男が現れる。
「ヘイ、まさかディバイドシステムを完璧に扱える人間がいるなんてサプライジングだよ。ぜひ話を伺いたい。我々セイヴァーの基地まで来てくれるかな?」
遥斗の腕をガシッと掴んだのはドクター霧島。このまま2人は、基地へ向けて歩き出した。
「…ふざけるな。なんであんな急に現れたやつが戦えるんだよ。僕の努力は! 無駄だったのか!」
1人残された青年は、不死鳥の力の宿るコインを握りしめ、絶望の叫びをあげるのだった。
【所持コインリスト】
天城遥斗…フェンリル、レヴィアタン
一条煌…フェニックス




