第8話「さっそく見えた方向性の違い」
バンドでは、“方向性の違い”が解散の理由になることが多いらしい。
そして変人……もとい、変わり者の集まりになってしまったこの同好会においても、早々に方向性の違いが露呈していた。
「だーかーらー! カニにとっての巣穴はね、『横穴の増設』がベストなの! これは省スペースだからこその設計思想、カーシニゼーションという合理化の結論なんだよ!」
「いいや、まずは『巣穴の拡張』からすべきだね。うさぎの巣穴はあえて入り組んだ仕組みにして、集団生活における安全性を確保している……せっかくの同好会なんだから、この教室自体をうさぎの巣穴として拡張しよう」
「あたしはカニなんだけど!? 陽菜多ちゃん、普段はおとなしいのに巣穴のことになると自己主張つよつよになるよねぇ!?」
「うさぎだもの」
発足したばかりの生物進化研究会では、最初の活動方針を話し合うことになっていたのだけど。放課後の柔らかな光の中、穏やかに進むはずだった会議は、陽菜多の「私たちの活動? 巣作り?」という一言から、巣穴の設計論争へ発展していた。
陽菜多は縦穴、星は横穴。どちらも大きめの段ボールにこもっている様子は、さながら塹壕からの応酬めいている……野生のうさぎやカニも、こんなふうに厳しい戦いを生き抜いているのかしら……。
「新しい巣穴を増やす、既存の巣穴を広げていく……どちらも拡大路線なのに手法が違っていて、生き物の多様性を感じられるね! 先生、どっちも応援してるよ!」
「なんで先生は感動してるんですか!? 顧問らしく、一度は止めてくださいよ!」
そしてその戦いを見ている外野……顧問になってくれた弥生先生は心からこのやりとりに感心しているように、目を輝かせながら成り行きを見守っていた。ちなみに、先生は普通に椅子に座っている。ぴしっと伸びた背筋は、大人らしい美しさを感じられた。
私はその隣に座っていて、「先生なら大人としていい感じに止めてくれるわよね」なんて思っていたけれど……どうやらうさぎとカニの合戦──猿とカニではない──を止められるのは、人間を自認している私だけみたいだ。
「二人とも、まずは活動報告書に書けるようなことをしなさいよ。今のところはお目こぼしをもらっているだけなんだから、同好会を存続させるにはそれらしい成果を出さないとでしょ?」
「真面目かっ! 奈緒ちゃんさぁ、今のあたしたちは生物の本能に従った生存競争をしているんだよ? 奈緒ちゃんがどっちの生き物に進化するかで勢力図が変わる、そんな大事な場面で言うことがそれなの?」
「大事な場面だから真面目に言ってるのよ! というか、私は人間をやめる予定なんてないから!」
「そうだよ、奈緒はもう半分はうさぎみたいなものだから。私と同じ巣穴で過ごした以上、史上初のうさぎと人間のハーフになれる逸材だもの。奈緒、共にうさぎの巣穴で生きよう?」
「むしろ陽菜多のほうがハーフっぽいんだけど!? ああもう、どっちも真面目にやらないなら、私が最初の活動内容を勝手に決めるわよ!」
……ダメだ、この部活……私以外が個性的すぎるわ……。
繊細なお年頃である私たちにとって「個性がない」なんて指摘はとても鋭く危険なのに、「個性が過ぎる」と言わざるを得ない場においては、むしろ「私がいなかったらどうなるのかしら…」と不安になった。
だから私は机に紙を叩きつけ……ると陽菜多がびっくりするため、そっと置いてから即興で活動内容について考える。
「……改めて考えると、生物進化研究会って……なに?」
「おお、奈緒ちゃん、哲学的な問いだね! そういうディスカッション、あたしは嫌いじゃないよ!」
「あんたがこの名前を提案したんだけど? そのおかげで私が混乱してるんだけど、それについての謝罪は?」
「そのようなつもりはなかった。次からは善処する」
「次脱線させようとしたら、その手入れが行き届いたツインテールごと横穴に収納するわよ」
「陽菜多ちゃん相手に比べて、あたしへのあたりが強すぎない?」
政治家並みに誠意を感じられない謝罪を流して、私は混乱を振り切って考え直す。
そして野菜スティックをかじっている陽菜多をちらりと確認したら、適当な活動内容についてすらすらと書き始められた。
今の陽菜多の姿を見ていたら、自然と『小学生が兎小屋にいるうさぎを世話する様子』が浮かんだのだ。
「……よし、こんなものね。意見はある?」
「なになに〜……『生物観察とそのレポート作成』? 奈緒ちゃん……小学生かな?」
「うるさいわよ。同好会の名前とマッチして、それでいて活動報告書が作りやすいといったら、だいたいこういう形に落ち着くでしょ?」
「さすが森田さん……先生はその案にも賛成だよ! うふふ、実は『巣穴拡張って活動報告書にどう書けばいいのかな?』なんて思ってたけど……森田さんのアイデアなら先生も太鼓判を押しちゃう!」
「先生、そう思ってたなら先に突っ込んでくださいよ……」
書き上がった内容を見せると、茶化されたり感動されたりしたけれど、大きな反対は起こらなかった。というか、起こったら今度こそ投げ出したかもしれない。
ちなみに陽菜多は「奈緒の字っていつも丁寧だよね」なんていつも通りの真顔で褒めたかと思ったら、考え事をするように小さく鼻を鳴らして、うさぎの前脚のように小さく手を上げた。
「奈緒、観察する生き物についての希望はあるの?」
「え? それは、とくには……」
「サワガニ! サワガニを推すよ!」
「却下……保留で。陽菜多、あんたはリクエストがあるの?」
「うん、もちろん“本物のうさぎ”がいい。うさぎカフェとか、飼育施設とか、校外活動って名目だといい感じじゃないかな?」
まあそうよね、と思う。
陽菜多は自分自身がうさぎだと思っているだけじゃなくて、純粋にうさぎ自体が好きでもある。
……本人いわく、「うさぎと会話できるよ」とのことだけど。まあそれは、本物のうさぎと対面したときに披露してもらうとして。
そんな彼女がうさぎを観察したいだなんて、なんの驚きもなかった。もちろん、いい意味で。
「ふーむ、うさぎ観察かぁ」
「……サワガニについては却下したわけじゃなくて、保留しただけよ。念のためにフォローしておくと、サワガニのほうが入手も世話もしやすいから、今後の検討材料としては悪くないと思ってる」
「んふっ、やっと奈緒ちゃんがデレてくれたね! けど〜……実はあたし、うさぎカフェは未経験だから、今回は陽菜多ちゃんの案を応援しちゃうよ!」
「え、いいの?」
「もち! でも、サワガニを捕まえに行くときはぁ、陽菜多ちゃんも川へ付き合ってね♪ バケツもスコップもカワイイのを用意するよっ」
「……うさぎの私に水辺はつらいウサ……」
一応、星にも確認しておく。本当に、一応だけど。
けれどこいつはごねることはなく、むしろ楽しげにサムズアップして同意した。
絶対に口には出さないけれど、こいつの……こういう、陽菜多を否定せずに一緒に楽しもうとする姿勢は、私の安心感を優しく揺り動かしてくれる。
口に出すと調子に乗るから、これからも伝えることはないでしょうけど。
「どうせ活動報告書を作るのなら、映える内容にしようね! カワイイカワイイの写真を載せて、陽菜多ちゃんとリアルうさぎさんのツーショットも撮影して……『品種の異なるうさぎたちの交流』なんてどうかな!?」
「ちょっと、陽菜多は写真に写るのが好きじゃないのよ。うさぎの写真はともかく、陽菜多のは控えてちょうだい」
「いいよ、奈緒。ネットにアップするならともかく、報告書に使うくらいなら我慢するよ……奈緒も一緒に写ってくれるなら、だけど」
「うふふ、やっぱり部活動っていいなぁ……先生は校外活動の申請について、あとで調べておくね!」
こうして陽菜多と星も巣穴から出てきて、私と先生を交え、机を寄せ合って計画を練っていった。
私たちはそれぞれが異なる生き物で、方向性の違いはこれからも残り続けるのだろうけど。
それでも、縦穴と横穴の住人が同じ机を囲む光景は、不思議と悪くなかった。
だから私たちが“教室の外の気配”に気付くのは、もうちょっとだけ先の話だった。
…
……
………
「……ここなら、私も……“ハムスター”になれるのかな……」




