11 鋼鉄処女と、最も羨ましくない死にざま
ダガー。鎖鎌。曲刀。投げナイフ。刃のついたメリケンサック。
メイド服姿の奴隷娘5人衆は、それぞれ違った刃物を手にして襲いかかってきた。アーティナがうろたえながら身構える。上級悪魔である彼女なら、5人を同時に相手にすることも可能だろう。しかし、それはあくまでも翼を使って機動力を活かせたり、強烈な魔法をぶっ放せたりする場合だ。このように狭い室内では難しい。
なるほど、俺たちに不利だ。
しかし、「不利」程度で負けるほどには、魔王は弱くない。
「見くびられたものだ。本当にそんなもので魔王を殺せると思っているのか?」
俺は即座にテーブルを蹴り上げた。テーブルは盾となり、投げナイフと鎖鎌、ダガーによる攻撃を防いでくれた。一瞬ののち、左右から曲刀とメリケンサックが迫る。俺はアーティナをかばいつつ、左手で――人差し指と中指を使って曲刀の軌道をそらした。同時に右手で、メリケンサックをはめた敵の手首をつかんで、勢いを殺さずに放り投げる。
攻撃が頓挫し、5人の体が硬直する。一瞬の隙。そして、魔王には一瞬あれば十分だった。
「ひれ伏せ。お前たちは魔王の前にいるのだ」
そう言って、俺は右手で自身の右目を隠した。右手の甲で第三の目が開き、“極夜の瞳”が発動する。紫色の魔力が、室内を満たした!
「な……なんだこの光は……!? ああ……武器が……!?」
部屋の隅で小さくなっているゾンデが狼狽する。それもそのはず、奴隷女たちが手にしていた刃物がぐにゃぐにゃと変形し……なんと彼女たちの肉体と融合しはじめたのである。
「うう……」
「あ……」
「苦しい……」
女たちは感情の消えたような目をしているものの、苦痛は感じるらしい。もはや俺に斬りかかるどころではなく、彼女たちは倒れたテーブルを乗り越えようとしたり、体勢を立て直そうとしたりしたところで止まってしまった。ある者は床に倒れ、ある者にもたれかかるような恰好になる。
「あ……がっ……!?」
「ふむ。この額の紋様は厄介だな。こいつらの精神に強く干渉している」
俺は第三の目を開いたまま、彼女たちにかけられた魔法を解析しようとした。その間に、ゾンデは這いつくばるように部屋のドアへと急ぐ。
「じょ、冗談じゃない……! 勝てるという話だったのに……! クソが、だまされた……!」
「逃げようっていうの? それは虫が良すぎるんじゃない?」
「え……?」
脱出を試みたゾンデの目の前に、アーティナが立ちはだかった。彼女は室内で魔法を使えない(家具がすべて粗大ごみと化すからだ)。しかし、この程度の人間が相手ならば、魔法を使う必要もない。
アーティナはそのしなやかな山羊の脚で、這いつくばるゾンデを思い切り踏みつけた!
「ぐぎゃあああああああああああ!?!?!?!?」
「弱いんだね、人間って。ああ……最高……でもダメ、こんなことに快感を覚えちゃいけない……だからちょっとだけ……ちょっとだけ踏んでいたい……」
アーティナは葛藤を覚えながら、ゾンデの背をぐりぐりと踏みにじる。あれではもう逃げられまい。俺は安心して5人の奴隷娘の方に視線を戻した。
奴隷娘たちはもがいているものの、俺の魔法からは逃れることができない。紫色の魔力によって全身を蝕まれ、魔物娘へと変わろうとしていた。
見る見るうちに、彼女たちの肉体はメイド服と同化し、鋼鉄のように硬質なものに変化していった。そして胴の前面が扉のような形になり、左右に開く。扉の内側にはまるでハリネズミの針のように、鋭い刃が敷き詰められていた。
アイアンメイデンである。
彼女たちは恐るべき魔物娘へと生まれ変わったのだ。
「う……ああ……あれ……私は今まで何を……?」
「意識を取り戻したか」
スキル“魔の洗礼”を続行しながら、俺は言った。見ると、彼女たちの額の白い紋様が俺の魔力にのっとられ、紫色に変じている。いや、額の紋様だけではない。彼女たちの全身に根を張っていた白い魔力は、そっくりそのまま俺の魔力に置き換わっていた。それによって、人形のように消し去られていたはずの感情が戻ってきたのだ。
「体の方に不調はないか?」
「え……? 私の体……?」
アイアンメイデンの一人――三つ編みの女が、自身の体を見下ろした。鋼鉄のように変わったその手で、自分の顔を、胸を、ペタペタと触る。
「……?? 何かおかしいような……。でも、昔からこうだったような……」
「記憶が混濁しているか。しかし、白い紋様の支配からは脱したようだな」
「……?」
彼女は状況を呑み込めない様子で、しばしの間、他の4人とともに床にぺたんと座ったまま戸惑っていた。だが、徐々に意識がはっきりとしてきたようだ。彼女たちは床に倒れ、アーティナに踏みつけられているゾンデを見つけると、その目に怒りの火をめらめらと燃やしはじめた。
「そ、そうだ、思い出した」
「あたし、こいつに儲かる仕事があるって騙されて……!」
「私は最新の健康法があるから試してみないかって言われて!」
「う、嘘は吐いていませんよ! 仕事があるというのは本当ですし……自我がなくなればストレスもなくなり、健康になるというのも本当で……!」
ゾンデは踏みつけられたままぺらぺらと言い訳をはじめた。無論、アイアンメイデンたちはそんな言葉で納得しない。というか、逆効果だった。彼女たちはますます怒り、立ち上がると、ゾンデににじり寄った。
「や、やめなさい! あなたたちは私の商品なのですから、私に逆らうことは……というか、なんですかその姿は! なぜ私の命令を聞かなくなったのですか……! 契約違反ですよ!」
「人間というのはここまで醜くなれるものなのだな」
俺はため息を吐いた。せっかくなので背後関係やら思想やらを聞き出そうと思っていたが、興味も失せた。
「まあいい。ライムがいれば死体からでも情報は取り出せる。煮るなり焼くなり、お前たちの好きにしろ」
俺は椅子に座り直し、そう言い放った。そのとたん、アイアンメイデンたちはゾンデに向かって殺到した。アーティナは彼の襟首をつかんで立たせると、アイアンメイデンたちに向かって突き飛ばす。
「うわわっ!? やめなさい、何をするのですか!? 今なら許しますから、あの男を殺しなさい……殺しなさい……!」
ゾンデは喚き散らすが、誰も聞く耳持たない。アイアンメイデンのうちの1人の胴がカパリと開き、この太った奴隷商人をとらえた。体内の空洞は、ゾンデが収まるには小さすぎたが……それでも、刃の敷き詰められた扉によって、左右から彼を挟み込むことはできた。
サクッ
「あぺっ」
ゾンデは悲鳴を上げられなかった。情けない声が漏れ出たときには、刃が口に突き刺さっていたから。もちろん、口だけではない。腹に、胸に、背中に、手足に、数えきれないほどの刃が刺さり、衣服が一気に血に染まる。
「は……はがっ……あへ……」
ゾンデにはまだ息があった。刃は心臓を逸れていたから。アイアンメイデンは醜き奴隷商人を解放し、次のアイアンメイデンに渡した。
サクッ
「ひでぶ」
両の目玉が刃で貫かれる。体の刺し傷も増える。しかしどうやら、アイアンメイデンたちは本能的に、どこを刺せばギリギリ死なないかを熟知しているようだった。2人目が満足したのち、血だるまとなったゾンデは3人目に渡される。
サクッ
「アバ……」
3人目が終わると、今度は4人目。床にはすでに血だまりができており、ゾンデの情けない顔が鏡のように映し出されている。
サクッ
「ほにゅ」
4度目の串刺しショーが終わると、最後に5人目。残っていた耳も貫かれ、もはや彼は見ることも聞くことも話すこともできない。
そして、5人目は他の4人とは違った。あの三つ編みのアイアンメイデンの体は、メキメキと音を立てて大きくなり……ついには、ゾンデを呑み込めるほどの大きさになったのだ。扉が開かれ、死の空洞がゾンデに迫る。
バタンッ
「…………」
そこまでだった。刃つきの扉が閉まった瞬間、命の炎は燃え尽きた。汚い炎だった。
扉が開かれると、全身が穴だらけになり、自らの血で濡れネズミになった生ごみが、気持ち悪い音を立てて床に転がった。
奴隷商人ゾンデは死んだ。
この世に存在する最期の中で、最も羨ましくない死にざまだった。
寒い日が続いていますので、みなさん体調にお気を付けください。
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