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彼の友人は彼女の敵  作者: 石月 ひさか
彼のこれから
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3

最近、近藤社長の雰囲気が変わった。


秘書課の中では専らの噂になっており、何人かはその変わりように気味悪がっている。


我が社の社長・近藤公一は若い頃はやんちゃをしていたと思わせる程に怖い。


仕事はできるが無愛想だし、ミスをすると男女構わず怒鳴り付けられる。


一番その頻度が高いのは秘書課の面々で、全員もれなく社長室に呼び出され、泣いても許されず怒鳴られまくったトラウマを持っている。


その為、社長に呼び出しをされると、一体どんなミスをしてしまったのかと冷や汗が流れる程だ。


社外では(最近までは社内でも)独身とされている社長だったが、実は最近結婚をしていたという事実が露見した。


相手は3つ下で、実は何年か前に夫婦である事を隠し、こっそり入社させ、秘書課に配属されていた。


だがトラブルがあり、彼女は1ヶ月半程で自主退社してしまった。


それだけでも驚きだったが、その約2年後。


まだ既婚者だとの噂が広まる前に、社内で初の育児休暇を取得した。


今までその制度はあっても、男が使うのは憚られていたのだが、社長自ら制度を使った事により、今では男性社員も少しずつ制度を使うようになってきた。


それは喜ばしい事だが、(恐らく)子供が生まれた事により、近藤社長が変わったのだ。


その日、秘書課の皆はいつもより多忙だった。


タイミング悪く色々な会議が重なってしまい、彼女達が担当している重役の面々のスケジュール管理が難しくなっていたのだ。


更には他の課からの依頼も山積みになっており、まだ誰にもついていない入社2年目の近藤莉桜菜(あだ名・さくら)は、1人でてんてこまいになっていた。


「さくら!さっき、総務課から決算資料が来てないって内線が入っていたぞ」


スケジュール帳とパソコンモニターを見比べて、手を動かしながら優(あだ名・長女)が問う。


「ご、ごめんなさい!まだできてないんですっ」


さくらは半泣きになりながら、デスクの上に山積みになっている紙の束を移動させながら答える。


「じゃあ取り敢えず、メールで報告しといた方がいいよ。これから常務と一緒に出るから。多分、そのまま直帰」


スケジュール帳を閉じると、鞄を持ってバタバタと出ていく。


「そういえば、さっき営業部からも連絡が来ていたわよ。メール、チェックしておいた方がいいわね。私も浅草からそのまま直帰するわ」


さゆり(あだ名・艶子)もそう言い、優雅な足取りで出ていく。


「私も会食のお付きがあるから、そのまま帰りますね!がんばってね、さくらちゃんっ」


瑞穂(あだ名・陽子)も慌ただしく部屋を出ていってしまった。


そして室内にはさくらと、華江(あだ名・キャリア)だけが残された。


華江は社長秘書であり、一番のベテランだ。


さくらの教育係も担っており、パニック寸前のさくらを心配して来てくれた。


「大丈夫?さくらちゃん。何か手伝いましょうか?」


「だ、大丈夫です。もう2年目ですから……。でないとまた、社長に──」


「俺が何だって?」


その声にギクリとし、恐る恐る振り向く。


そこには鞄を持った近藤社長が立っており、目が合うと軽く眉を寄せた。


「社長。お帰りなさいませ」


キャリアは慌てて頭を下げる。さくらもそれに倣い、立ち上がって深々と頭を下げた。


「今日は随分立て込んでる様だな。陽子達はどうした?」


「はい。皆職務で席を外しております。今日は直帰だそうです」


「そうか。それでさくら。お前は一体何をしている?」


その書類の束は何だと問われ、恐る恐る答える。


「各部署から依頼された、私の、仕事……です」


「その数を今日1人でこなすのか?それは関心だな」


「い、いえ……それが……」


社長のこの言葉は嫌味だ。


物理的に、この量を定時までに1人でこなせるはずがない。だがそう言ってしまうと、また社長から叱責されてしまう。


その為素直に言うこともできず、青い顔のまま固まる。


「それが、何だ?最後まではっきりと言え」


「……それが、1人では終わりそうにありませんっ」


怒鳴り付けられるのを覚悟の上言い切る。


いつもならここで「お前はいつまで新人気分だ!」と叱られるはずだ。


しかし最近の近藤社長は感情的になる事はなく「そうか」と呟いた。


「キャリア。お前の今日の仕事は粗方片付いているな?」


「はい。社長にご予定が入らなければ」


「予定はない。ならば、さくらを手伝ってやれ。もしも2人がかりでも終わらせられない場合は明日へ回せ。どうせ大した急ぎの案件でもないだろう」


「畏まりました。社長はこれからどちらへ?」


鞄を持ち、ドアへ向かう背中に問う。社長はこちらに背を向けたまま「接待でそのまま帰る。お前達も定時で帰宅しろ」と言い、去っていった。


ドアが閉まり、さくらは安堵の溜め息を吐く。


「ど、怒鳴られるかと思いました……。良かったぁ」


と同時に、やはり最近の社長はおかしいと確信した。


以前はすぐに怒鳴っていたのに、最近はそれがなくなった。そして、遠回しだが優しさも見せてくれる様になったのだ。


「社長、お子さんができてから優しくなりましたよね?育児休暇なんてとるタイプじゃないと思ってましたし」


さくらから見た社長のイメージでは、きっと家では亭主関白でモラハラの嵐なんだろうと勝手に思い込んでいた。


初めは既婚者だという事も知らず、いくらお金があってもこんな人とは結婚したくないと思ったほどだ。


「案外会社で怖い人は家では愛妻家かもしれないわよ」


キャリアは小さく笑い、キーを叩く。


「えー。あの社長がですか?私にはちょっと考えられません」


昔に比べて丸くなったとは思う。だが愛妻家というフレーズは似合わず、どうしてもそうとは思えなかった。


その頃、会食を終えた公一は、急いで車を走らせていた。


どうして社長職はこうも会食やら接待やらが多いのだろうか。


取引先の決定権は全て営業部に任せてある。その為、公一がいくら接待を受けても仕事が増える事はない。


それを分かっていない連中が、何かと理由をつけて接待で懐柔しようとしてくる。


それだけ会社が認められている証ではあるが、今はそんな事に時間を割いている暇はない。


酒も断り、余計な話もせずに早々に切り上げ、帰路を急ぐ。


「あ、土産忘れた」


慌てて近くのデパートに寄り、まだ持っていないと思われる土産をいくつか購入した。

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