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「もし何かあったら言ってね」
心配そうに見つめられ、小さく笑うと深雪の腰に腕を回して引き寄せる。
「俺より、深雪の方が心配だ。悪阻とかはまだ大丈夫なのか?」
緊急搬送された先の病院のベッドで、泣きながら告げられた。
やっぱり子供ができていたと。
笹川に喧嘩を売られた時、いつもの深雪ならば迷わず買っていただろう。だがそうしなかったのは妊娠していたから。
自分では助けられないと、警察に通報していたのだ。
「今は妊娠5週目だって言われたから、もしかしたらそろそろくるのかもしれないわね。今のところはまだ大丈夫だけど」
「そうか。定期検診もあるんだろ?その時は早川さんに頼むと良いよ。色々相談に乗ってくれると思う」
早川というのは、この家の清掃係の1人だ。長く勤めてもらっており、公一にとっても母親のような存在だった。
「そうね。病院への付き添いとかは、お願いしようかと思ってるの」
「そう。早川さんなら俺も安心だよ」
彼女は今まで4人も子供を産んで1人前に育て上げている。掃除係としても勿論だが、母親の大ベテランなのだ。
「女の子かな、男の子かな。まだわからないよな?」
「そうね。性別がわかるのは、12週目以降らしいから」
「どっちだろうなぁ。どっちでも嬉しいけど、楽しみだ」
どちらであっても、近藤家初めての孫だ。父親は大喜びして可愛がるだろう。安定期に入ったら、公一の祖父母にも知らせるつもりだ。
腹に耳を当てて目を閉じていると、深雪は「あっ」と呟いた。
「そう言えば、義兄さん達からも連絡があったのよ。近々、実家に帰ってくるみたい」
「げっ。一晃達、帰ってくるのか」
2人の兄とは仲が悪いわけではないが、今はあまり会いたくない。姪(もしくは甥)フィーバーになりそうだし、イイ年をして喧嘩で負けたなんて知られたら、バカにされそうだ。
「あいつ等にはあまり会いたくないんだよな。喧嘩で負けるなんてダサいとか言われそうだ」
「何言ってるの。義兄さん達、すごく心配していたのよ。いい弁護士を雇って、絶対殺人未遂罪にしてやるって息巻いてたんだから」
元友人を殺人未遂罪にするのは、なんだか複雑な気分だ。だが、今後自分達が平穏に暮らす為には、ここで甘さを見せてはいけないのだろう。
「取り敢えず後の事は弁護士に任せて、治療に専念しないとな。会社の方は大丈夫かなぁ。いきなり長期療養で休職しちまったし、代理も立ててないんだよ」
医者には足はともかく、肩が完治するまでは数ヵ月かかると言われている。
初めは片腕でも出勤するつもりでいたが、深雪に大反対され、そのままやむを得ず休職する事にしたのだ。
その為、社長代理を立てる暇もなかった。暇があったところで、適任も浮かばないのだが。
「その事なら大丈夫。春樹さんが代理を勤めてくれるみたいよ」
「あいつが?」
春樹は1つ上の兄だ。今は長男の一晃の下で働いている為、比較的自由が利くのだろう。
だが考え方は真逆な為、春樹に任せるのは少し心配でもある。
「アイツは楽観的だし、新しい事が好きなんだよな。どうしよう。復帰したらよくわかんねー事業に手を出していたら」
「でも春樹さんは本社の常務をされているんでしょう?経営の事はよくわかってるはずよ。それに秘書課のみんなも、一晃さんより春樹さんの方が喜びそう」
確かに一晃はしっかりとした経営をしそうだが、代わりに堅物で仕事の鬼でもある。公一の様に部下を怒鳴り散らかすような真似はしないだろうが、フランクな春樹の方が皆はやり易いかもしれない。
「まぁ、会社のみんなには鬼の居ぬ間にって感じでやってもらうか。そういや、腹減ってさ。なんか軽く食べるものないかな」
経営方針については、春樹が実家に着いたあとにじっくり話そう。
体を離すと、深雪はベッドから下り、ドアへ向かう。
「それも聞こうかと思っていたの。何か食べたいものはある?そろそろ昼食を作るって言っていたから、リクエストがあれば伝えて上げる」
「じゃあカレー」
「カレー?意外ね」
「今日のキッチンは川木さんだろ?あの人のカレーはめちゃくちゃうまいんだよ」
近藤家のキッチンには、川木と平松という2人の料理人がいる。
どちらも公一が子供の頃からおり、川木は洋食・平松は和食を得意としている。
そんな中でも川木のカレーは絶品なのだ。ルウ等は一切使わず、本場のスパイスを使いつつ、日本人の口にあう本格カレーを作ってくれるのだ。
「川木さんのカレーはマジで旨いんだよ。甘すぎず辛すぎず、それでいてスパイシーでさぁ。牛肉がごろごろ入ったビーフカレーが1番だな」
「公一がそこまで言うなんてよっぽどなのね。わかったわ。川木さんにお願いしてくる。でも、できるまで時間がかかるんじゃないかしら?軽食とかもいらない?」
「じゃあ普通におにぎりとかでいいや」
「そう。わかった。待っていて」
深雪は小さく笑うと、軽食を作るために部屋を出ていった。
再び1人になり、スマホを手に取る。
カメラロールを開くと、たくさんの写真がずらりと並んでいた。最近のものは全て深雪と一緒に撮ったものだ。
さらに人差し指でスクロールしていくと、バックアップしていた昔の写真が出てきた。
アメリカに留学していた時の写真に、高校時代のもの。
この辺りから、笹川の姿が目立つ。
思えば笹川恭平という奴は、子供の頃から怖いもの知らずで、不必要に好戦的だった。
いつか大きな犯罪を犯すのではと心配していたが、それが親友だった自分に対してだとは、この時は考えもしなかった。
「悪いな恭平。俺も全力でやらせてもらうよ。家族の為だからな」
全ては自分と家族の為だ。今度こそコイツとは完全に縁を切ろう。
公一はカメラロールから笹川が写っている画像を全て削除し、連絡先を完全にブロックした。




