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彼の友人は彼女の敵  作者: 石月 ひさか
疑心暗鬼
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5

「お待たせして申し訳ありません」



19時半。ビルの喫煙所で煙草を吸って待っていると、柊がやって来た。


「突然悪かったな」


「いえ。社長にお誘いいただけるなんて光栄です」


柊は人事部では鬼として恐れられているらしいが、体育会系で上下関係を重んじている。


その為、上司には腰が低い。


「じゃあ早速行くか。車は置いて行くだろう?」


「はい。さすがに飲酒運転はできませんので」


「近くの店に予約したんだ。歩こうか」


「はい」


やって来たのは普段から贔屓にしている小料理屋だ。


名前を告げると、奥の半個室に案内される。


「好きなものを頼んでくれ。俺の奢りだ」


「いえ、自分も──」


「たまには良いだろう。上司が部下に奢るのは当然だ」


そう言うと、柊は納得したらしく「ありがとうございます」と答えた。


日本酒といくつかの料理を頼み、乾杯する。


「早速だがメールに書いた通り、今日誘ったのは元部下のことについてだ」


取り敢えず、奴が何を目的として深雪に連絡を取りたがっているのかを確認しなければ。


「その事なんですが、実は優さんに深雪さんの連絡先を教えて貰ったんです」


思わず酒を吹き出しそうになり、むせてしまった。


「っ……な、なんだって!?」


「優さんが彼女に聞いてくれたらしく。連絡先を教えても構わないと言われたと」


「花子がお前に連絡先を教えても良いと言ったのか!?」


「は、はい」


もし優が教えていたら──と不安を抱いていたが、まさかその通りの展開になるとは。


しかも深雪はそれを了承したらしい。


一体どういうつもりなのかと怒りがふつふつと沸く。


そんな公一の様子に気づいたのか、柊は苦笑いを浮かべる。


「社長は何か誤解されているかもしれませんが……。俺は彼女に、下心があって連絡を取りたいと思ったわけではありません」


心情を見透かされたようで、なんとなく恥をかかされたような気持ちになった。


下心がないのならば、一体どんな理由なのだろうか。


「ま、まぁアイツは既婚者だからな。当然だ。何か用事でもあったのか?」


「用事という程ではないんですが……。俺には3歳年下の妹がいるんです」


何故突然妹の話をしだしたのだろうか。


訝し気な表情を浮かべる。


「お前は今何歳なんだ?」


「社長と同じ26歳です」


つまり妹とやらも、深雪と同じ年なのだろう。


「そうか。それで妹がどうかしたのか」


「俺の妹は今、結婚して隣の県に住んでいます。以前久々に話をした時、深雪さんの話題が出たんです。まぁ、俺が最初に、会社に妹に似ている人がいると口にしたのですが」


妹のことはよくわからないが、柊視点で妹と深雪は似ている所があるらしい。だからと言って、連絡をとりたがるのは理解できないが。


「妹は深雪さんの名前に聞き覚えがあると言っていました。それでよくよく話してみると、妹と深雪さんは小学校の同級生らしくて。近々同窓生をする予定がある為、深雪さんの連絡先を教えて欲しいと頼まれたんです」


「同窓生……?」


思わず間抜けな声を出してしまった。


つまり深雪に用事があったのは柊本人ではなく、彼の妹の方だったのだ。


とんだ早とちりをしていた事に気付き、恥ずかしさを誤魔化す為に酒を飲む。


「そうか。そういうことならまぁ……納得した」


「はい。さすがに俺も社長の奥さまに手を出すなんて真似はできません」


「っ……!」


予想外の言葉に、堪えきれず吹き出してしまった。


「なっ……何故それを!?陽子から聞いたのか!?」


柊は「まさか」と笑うと、公一の空いたグラスに酒をつぐ。


「お忘れですか?俺は人事部です。深雪さんの履歴書は拝見しました。お二人様が夫婦であることは、彼女が入社した時から知っています。それに、社長が深雪さんを入社させるために裏から手を回していたことも。そうでなければ、中卒の学歴で入社することは難しいでしょう」


「……確かにそうだな」


何故気づかなかったのだろうか。柊は人事部の部長だ。つまり、社内の人間の情報は誰よりも知っている。


今までは個人情報保護として口にせず、知らないふりをしていただけなのだろう。


「おかしな探りをいれてすまなかった」


「いえ。でも安心しました。社長は就任された時から、先代の春樹さんとは違い、厳しい方だったので。家でも厳しい方なのかと心配していたのですが──随分と愛妻家なのですね。まぁ、俺も人の事は言えませんが」


「そりゃ当たり前だろう」


運ばれてきた料理を口に入れる。


「正論で打ち負かしたり、叱責の為に怒鳴り付けるのは会社だけでやる事だ。でなければ、定年後に帰る場所がなくなるからな」


「ハハハ。確かにそうですね。俺も結婚することがあれば、肝に命じておきます」


その後の食事は穏やかな雰囲気だった。


年齢が同じという事もあり、共通点もたくさんあった。


「そうか。お前も都内の高校だったのか。ちなみにどこだ?」


「都立国際南です。理数系に強い学校だったので」


「都立南の理数か……。進学クラスだな。同じ学年に井上って奴がいなかったか?確か、井上……良馬だったかな」


「あぁ!確か工業科にいました。だけど彼はその、いわゆるヤンキーでしたね」


「そうか。実は俺の昔馴染みなんだ。今では不動産業をしているらしい」


「へぇ……。やっぱり成人すると、みんな変わるものですね」


「そうだな」


小さく笑い、酒を飲む。


少し先走りしてしまったが、取り敢えず取り返しのつかない事をしなくて良かった。


そう思うと同時に、やはり深雪を入社させたのは間違いだったと痛感する。


深雪は良くも悪くも目立つ。


本人は全く気付いていない様だが、何をしても目に付いてしまうのだ。


既婚者である事は公にする様言っていたが、それでも言い寄ってくる男はいる。


例えば柏木の様な。


深雪ならば自分で撃退できるだろうが、そうすればそうしたでまた、噂が流れる。


その繰り返しだ。


やはり深雪は社会に出るべきではない。いくら文句を言われても仕事をさせるのは阻止しなければ。


柊と話をしながらも、その事が頭から離れなかった。

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