4
やって来たのは人通りの少ない路地にあるレトロなレストランだった。
弦が張ったレンガの外観に、地面に埋め込まれたスポットがあてられている。
「こんな場所に、こんなお店があったのね」
「あぁ。香ヶ崎の趣味だ。あいつ、相変わらずレトロな趣味してるよな」
ドアを開けて中に入る。
店内は薄暗く、所々ライトが明かりを灯している程度だ。
店員に案内され、落ち着いた曲調のジャズが流れる店内を歩き、奥の個室へ向かった。
薄いシルクのカーテンを開けると、そこにはシャンパンを飲んでいる香ヶ崎の姿があった。
「悪い、遅くなった」
「いや、そんなに待ってないよ」
香ヶ崎は嬉しそうに立ち上がる。
が、後ろからついてきた深雪を見た瞬間、笑みが強ばった気がした。
「悪い、連絡しなくて。妻の深雪だ。一緒でもいいか?」
が、すぐに表情を戻して頷いた。
「勿論さ。こんばんは。久しぶりですね」
「こんばんは。突然ごめんなさい」
どうやら香ヶ崎は、深雪が来た事をあまり良くは思っていないようだ。
しかし公一は気付いていないらしく、奥に腰を下ろし、笑顔でメニューを差し出す。
「何飲む?俺は車で飲めないから、ウーロン茶で」
「そうね。どうしようかな」
なるべく公一との距離を取り、軽くメニューに視線を落としてビールを頼む。
「いや、それにしてもびっくりした。まさか奥さん連れて来るなんて思わなかったから」
深雪を見ながら、香ヶ崎は人の良さそうな笑みを浮かべる。
無意識に視線が大きく開いた胸元にいってしまうらしく、視線が下がったのがわかった。
公一は軽く眉を寄せるが、なにも言わずタバコに火をつけた。
「先日会った時に色々お話したいと思って。ご迷惑だったかしら」
口元に手をやりながら笑い、大きな瞳で香ヶ崎を見つめる。
「迷惑だなんてとんでもない。実はあの後、ちょっと大変だったんですよ。なんで深雪さんを帰したんだってみんなに責められて。公一がこんな美人と結婚してたなんて知らなかったな。なんで早く紹介しないんだよ。──て言うか、式にも呼ばれてないけど」
酒が入った顔を僅かに赤らめ、公一を見る。
「別にいいだろ。一々知らせる様な事でもないし。だけどまぁ、結婚っていいもんだよ。な、深雪」
たっぷりとあからさまにノロケ、深雪に向かって満面の笑みを浮かべる。
香ヶ崎はまた、強張ったような笑顔に変わった。
「ハハハ、恋って本当に怖いわ。そういや深雪さんって、何歳なんですか?」
「私ですか?──23歳です」
一瞬言おうかどうか迷った。だが隠す必要もないだろうと判断し、素直に答える。
「へぇ、若いんですね。そういや知ってますか。コイツ、今はこんなだけど、昔はちょっと悪い事してたんですよ」
「へぇ。初耳だわ。そうなんですか?」
わざと驚いてみせ、目を丸くする。
公一もそれに乗り、笑いながら「やめろよ」と呟いた。
「ぜひ聞きたいわ。どんな感じだったんですか?」
「地元じゃ名の通ったワルでしたよ。特に女にモテるから、もうとっかえひっかえで。しかもこの顔だから、イイ女ばかり寄って来るんですよ」
ぐっと酒を煽り、悪意の無さそうな笑顔で言う。
「へぇー。今の彼からは想像できないわぁ。香ヶ崎さんはどうだったんですか?モテたんですか?」
伊達に付き合いは長くない。
こいつは18歳まで童貞だったのなんて知っている。
それに、女にはモテなかった事も。
「俺は、そんなのには興味なかったんで。まぁ、彼女とかは人並みにいましたけど」
「そうなんですね。その彼女とはまだ付き合ってるんですか?」
確かに香ヶ崎には、物好きな彼女が1人だけいた。
しかしそれも一瞬だけで、すぐに他のメンバーに寝取られたはずだ。
「子供の頃の話なんで。さすがに今はもう別れてますよ。まぁ、公一はどうかわからないけど。今でも女は寄ってくるみたいですし」
話の雲行きが怪しくなってきた。
やはり香ヶ崎は昔から変わっていないのだろうか。
「余計な事は言うなって。深雪が心配するだろ?」
公一は苦笑いを浮かべ、軽く深雪の腕を小突く。
「深雪さんと公一は向こうで知り合ったんですか?」
「いえ、日本です。アメリカの大学に行ってしまった時は本当に寂しかったわ。でも私が18歳になった時に迎えに来てくれて。それでプロポーズされたんです。凄く嬉しかった」
「そうですか。遠距離恋愛を経ての結婚、か。まるでドラマみたいですね」
「えぇ。あなたは奥様はいらっしゃらないの?」
「俺はまだ独り身ですよ。好きな人はいますけど」
それを聞き、大袈裟にリアクションして見せる。
「まぁ。では片思いなのね。上手くいくといいですね」
「ありがとうございます」
口調や雰囲気は穏やかで丁寧だが、その言葉には嫌味を込めた。
公一は複雑な顔でウーロン茶を燕下している。
その時ちょうど電話が鳴り、ディスプレイを見ながら席を立った。
「悪い。ちょっと電話してくるよ」
立ち上がりながら深雪に軽く目配せすると、外へ出て行く。
バレない様に気を付けようとは思っていたのに、香ヶ崎を前にするとついつい嫌味を言いたくなってしまう。
これじゃあ、旦那にくっついてきた、ただの嫌な妻になってしまう。
深雪は真正面に座る香ヶ崎に笑顔を向けると、グラスを傾けた。
「このビール、凄く美味しいですね」
すると香ヶ崎は、小馬鹿にしたように鼻で笑った。




