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星を掴む花  作者: 宮湖
紅梅の章

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紅梅の章8 児戯

不定期更新ではございますが、宜しければお付き合い下さい。

 紅梅の章8 児戯



 顔を合わせるのは二度目ながら、早くも葛音に愚者認定されたその愚物は、三吉(さんきち)と言う、貧相な小男だった。


 背は、葛音より辛うじて高いと言えるか、程度。入り口の土間に立つ三吉を、屋内の床上の葛音が見下ろすのは当然で、髪を伸ばし、洒落者(しゃれもの)を気取って丁寧に撫で付けているが、どう見ても三下のチンピラ感が否めない。

 凡庸と醜悪の境を彷徨くが如き面相は、目に知性が無く、締まりの無い口許も、天秤が後者に大きく傾くのを道理としていた。


 元々は、典夜町の外れの小路の一本向こう、つまり、行政区画的には完全に典夜町の隣町、便宜上でも慣習的にしても典夜町の枠に引っ掛かっているとは言い難い場所の、大して繁盛していない茶屋の息子だった。


 因みに、典夜町界隈で「茶屋」とは、単なる茶房ではなく、最下級の遊女が客を取る「出会い茶屋」である事が多いが、三吉の家もご多聞に漏れずその茶屋で、親が死んで跡を継いだ三吉が、遊女に高い場所代を課した辺りから、凋落に拍車が掛かった。


 一夜の稼ぎで翌日の最低限の生活を送る女達が、高い茶屋を利用する筈も無く、にも拘らず、博打に入れ込んで、到頭然程でもなかった身代を傾け潰してしまった碌で無しである。


 今は、何を考えているのか、「典夜町の顔役」を自称している。


 自称、である。


 当然だ。典夜町の旦那方、香具師の元締め等々、その大半が認めていないのだから。


 葛音は俯いた額を押さえると、逆の右手で態とらしく、追い払う様に手を振った。


「ああ、もう、()()じゃあ話にならないねぇ。次は()を連れておいでな」


 これは格段不自然な発言ではない。

 葛音はここ牡丹楼の楼主、謂わば最高責任者であるのだから、話し合いに使い走りではなく、対等の立場の者を出せ、と要求する事自体は当然の事なのだから。


 因みに、三()を揶揄して三()と言ったのは態とだ。

 高度な隠喩や駆け引きは、通じる相手でなければ意味が無い。程度の低い相手には、その程度の出来で十分なのである。高尚な比喩等、どうせ目の前の愚者には理解出来ないのだから。

 案の定、この程度に、三吉は気色ばんだ。


「なっ……! こ、この!」


 分かり易い、想像通りの反応である。


 だが、果たしてどちらかねぇ、と葛音は内心意地悪く目を眇めた。


 三吉の動揺は、自分を小物と評価された事に対してか、或いは。


 ()()()()と、言い当てられた事に対してか。


 咄嗟に言葉が出てこぬ辺りに(おつむ)の巡り程度が知れるねぇ、と斜め上を見て独り言ちたが、当然周囲には聞こえている。


 漏れた複数の失笑、嗤笑は、先の三吉の発言を不快に感じた客達からの意趣返しである。

 当然だ。牡丹楼の利用客は、普段は泰然とした方々だが、何もせぬ無抵抗でその座に安穏と就いた訳ではない。

 笑顔の裏で敵を凝視し、最も脆い部分に最も効果的な楔を打ち込む等造作も無い事。

 非情な手段も含めて、今在る己を誇るからこそ、同じ様に努力する妓女を、売女と罵らず遊興の友にした男達だ。

 妓女の今在る姿の背後に、これまでの苦難を見て、それに大金を払う価値有と認める事が出来るのだから。


 だが、愚者が冷笑の主達のそうした背景(これまで)を解する筈も無く。


 失笑を単なる失笑としか捉えられぬ三下は、侮蔑に、さっと紅潮するや、憎々し気に周囲を見回し言い放った。


「妓楼に登楼するのは、女の股にしか興味が無い輩と、世に口さがない者達は言いますが……、流石は牡丹楼のお客人達。皆様、悪評にも余裕ですな。汚名も艶聞と思い込める胆力には感服いたしますよ」


 この放言。

 あまりの酷さに、旦那衆も到頭表情を消した。

 立腹したのではない。

 そんな時点を通り越し、呆れ果てて、相手にするのを止めたのだ。


 葛音の方も、軽侮を隠さず睨め付けた。

 面罵にしても出来の悪い。

 同時に、張見世の座敷に待機の小部屋を作ろうと心に決める。

 二度と大事な鴨……客に不快な思いをさせてなるものか。


 嘗ての威厳と覇気を込めた声音は、怒気を孕んだ分、記憶の中の往時より凍て付いていた。


「で、今日はどんなお使いだい。まさか本気でまた、見世を閉めるか、自分の傘下に入れ、なんてお言いじゃないだろうね。断るなら、程度の低い嫌がらせを再開するのかい。それとも、今度こそ火を付けに来るかい。(やに)っこいのもいい加減にしておくれよね。迂遠な事してないで、本当の狙いをさっさと言っちまえってんだよ。三()風情……おっと、失礼、三()さんじゃ、教えちまっていいのか判断が付かない、若しくは真の目的なんざ聞いてないってんだろうから、さっきから上を連れておいでって言ってんじゃないのさ」


 最近の気鬱の理由、政寅の懸念とは、これであった。


 一体何を考えているのか、背後にどんな絡繰りが有るのか、突如三吉が、顔役の自分の傘下に牡丹楼を引き入れたいと言い出し、断るなら見世を閉めろ、営業出来ぬ様にしてやると、執拗な嫌がらせを始めたのである。


 手始めは、見世の入り口に破落戸を屯させた事だった。

 客が妓女を品定めして、見世に入るか選ぶのを邪魔しようとの意図だったろうが、これは牡丹楼では意味が無い。

 抑もが、張見世が無いのだから、牡丹楼に登楼する客は初めからそのつもりでやって来る。予め文を交わして約束の上の登楼だから、見世の前で迷う道理が無い。

 精々が入り口を通せんぼする程度の効果で、やっている事は幼児の悪戯に等しい。大家の旦那方にこれが通じる筈も無く、不審がられて夜回りの清竹を呼ばれ、這う這うの体で逃げていった。


 次の手は、悪評、流言、怪文書の(たぐい)だった。

 牡丹楼の評価と信頼を下げ、客足を遠退かせて、最終的には商売が成り立たなくしてやろう、との企みと思われたが、その程度で揺らぐ程、牡丹楼は柔な屋台骨はしていない。

 それでも根も葉もない言い掛かりは腹が立つので、対応(接客)が悪い、との誹謗には、妓女から下働きに至るまで教育を見直した。


 料理が不味い、腐った食材を使用している、酒に水を混ぜている、等との、とんでもない流言飛語は、一度でも牡丹楼の酒肴に箸を付けた者になら、馬鹿馬鹿し過ぎて聞き返す価値も無い戯言と断じられるが、中傷はどんな方向から突撃してくるか分からない。仕方なく政寅に打ち明けた。

 政寅には厨房に専念してもらいたかったが、どの道通いの政寅の耳には、隠していても何れは入る。政寅が葛音の憂いを知ったのはこの時だ。


 意外だったのは、これに立腹したのが政寅等料理人よりも、牡丹楼出入りの商人達だった事だ。

 だが、考えてみれば至極当然の事で、食材云々を言われれば、仕入れ先が市場だろうと露天商だろうと棒手振だろうと、品にケチを付けられたと思う訳で、信頼回復の為にも、彼等は積極的に動いてくれた。

 政寅等は冷静に静観の構え。「お手並み拝見」と言ったところか。


「うちの野菜が傷んでるってのかい!」

「腐った魚を納める魚屋が、典夜町で商売出来る訳ねぇだろうが!」


 等々、怒り心頭に達した商人達は、出鱈目を吹聴する輩を自ら探し出し、公衆の面前で吊るし上げてくれた。


 花代が箆棒過ぎる、の言には、


「それが牡丹楼(うち)ですから」


 と、返してやったら、以降、この虚説だけはぴたりと止んだ。


 この対応には贔屓の旦那方に大層受けて、やんやの喝采を浴び、風評被害どころか客足が増したのは、敵も誤算だったろう。


 その敵、主に悪評を吹聴していたのは、到底牡丹楼に登楼()がれる筈もないチンピラで、却って、見た事も食べた事も無い内情を貶す事が出来る筈も無い、登楼した事も無いくせに見た様な事を言うなと糾弾され、法螺吹きの烙印を捺された挙句、信用を失って誰からも相手にされなくなり、知らぬ間に典夜町から消えて、虚聞宜しく、同時に立ち消えとなったのだった。


 懲りぬ三吉の次の手は、付け馬だった。


 とは言え、牡丹楼に付け馬はいない。付け馬屋の手を借りる必要も無い。

 牡丹楼に直接の嫌がらせをしても然程の効果が見込めないどころか、評判は上がる一方だった為、標的を客に切り替えたのだ。


 しかし、これも相手を見誤ったとしか言えなかった。

 牡丹楼の客筋は、何れもどの世界でも高位と言えるお歴々。その方々に護衛や付き人が居ない訳は無く、彼等は自分の主に不審な破落戸が付き纏うのを諾々と認めはしなかった。


 用心棒を兼ねている付き人には実力行使で即行で排除され、荒事には向かぬ用人には、清竹に通報されて終わりである。


 他にもまぁ、細々と、やる事なす事全て児戯に等しく、実害も大した事は無いのだが、こうも下らぬ事を続けられると鬱陶しく煩わしく、辟易してくるのは事実だ。


 そろそろ潮時か。背後関係その他も含めて、ここで白状させてしまうか。

 秘密裏に処理した方が良い事も、客の前で晒してしまう事になるやもしれぬが、今(カタ)を付けた方が、後顧の憂いが少ない気がする。

 

 否、きっとそうだ。そうに違いない、そうしよう、と、八割願望で腹を決めた葛音が、自覚無く全盛期に迫る程立ち返った不敵さと艶やかさで、唇を舐めた時だった。









お読みいただき有り難うございます。

ご感想等ありましたら是非お願いします。励みになります。★★★★★の評価も頂けるとなお一層有難いです。


全く別の世界観ですが、お時間がございましたら、


竜の花 鳳の翼

天に刃向かう月


も、ご覧下さると嬉しいです。









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