第四十五話 それぞれの個性
先日、ラクアの口より別棟のクラスとの合同による戦闘訓練が実施されることが明かされる。それを機会に東国アマノツキから特別講師としてモーランを招き、戦闘訓練に向けての特別教習が行われることとなった。そして今、レイヤたちのクラスはモーランの特別授業を受けている最中であった。
「にしても少し……いや、かなり意外だったぜ。まさかモーランさんがあんなに教えるのが上手い人だったなんてな。最初の印象とかけ離れてるというかなんというか」
「うん。ヨーコちゃんしか見てなかった俺も悪いが、最初見た時は現実に戻されたというかなんというか」
「それに関しては俺もだ。あの知識量と技量を見れば只者ではないのは一目瞭然だ。それなのにあの外見からは想像がつかないというかなんというか……」
一人を覗いて、早速モーランを一目置いている者もちらほらと出てき始めた。それほど多くの者たちの心を掴む不思議な魅力的なものが彼にはあるのかもしれない。
今はモーランがひとりずつ契約している神器の性質や特技などを生徒から聞き出し、個人的にアドバイスなどを声掛け回っていた。
「そういえばなんだけどさ、三人の契約してる神器はなんだ?ふと見たことがないなって思ったんだけど……」
「言われて見れば、そういう機会も少なかった気がするな」
「よぉーし!それじゃあ俺のから見せてやんよ!」
レイヤの要望に、どうやらルウチスが先に見せてくれるようだ。自身満々で張り切るように先んじたルウチスは、空に片腕を掲げる。すると赤い花弁が舞うようにルウチスの手元に現れ、段々と神器の姿へと象られていく。
銀の矛先が眩く光り、赤薔薇の装飾がなんとも魅惑的で。それでいて刺々しい危険な薔薇を思わせる。ドラシルの書斎室で見た神器の模型とは比べるべくもない、圧倒的な存在感と威圧に息を呑む。
「これが俺の──神槍ローゼンクロイツだ」
六つの神器のひとつ──神槍。
他の神器にはないリーチを用いて優位に攻撃を仕掛けることのできるのが特徴である。刺突や斬撃、殴打と様々な用途を兼ね備えた神剣に次いで扱いやすい神器でもあるのだ。
「こいつは荊棘を召喚して敵の捕縛にも使えるし、斬り抉った箇所の治癒を妨げる呪いもかかってる。傷の箇所からは相手の魔力も奪うことができるから、傷さえつければこっちは優位に立てる。対人にはめっぽう強い神器なんだ」
「ほんと、ルウチスには勿体ないぐらいだぜ」
「んだとぉ?」
「なんだよぉ?」
レイヴとルウチスが取っ組み合いになっている最中、ルベリアが咳払い混じりにちらりちらりとレイヤを見る。眼鏡をクイッと人差し指で上げ、彼にしては珍しく少し乗り気であった。
「えーと、じゃあルベリアの神器も見せて欲しいなぁ……」
「ああ、いいとも」
待ってましたと言わんばかりに小鼻を鳴らし、ルベリアは契約した神器を召喚する。ルベリアの周りをきらきらと雪の結晶が銀の輝きを見せ、やがて神器の姿へと変わり果てる。
冷ややかに黒光りする銃口、銃身やストックなどの一部は凍結したかのように艶めいており、ルベリアの全長には及ばないもののかなりの大きさを誇る狙撃銃だった。
「神銃シモ・ヘイヘ────俺の神器だ」
六つの神器の一つ──神銃。
魔力で生成した銃弾、魔弾を撃ち込むことができるのが特徴。魔力を込めるほど撃った時の威力や飛距離なども増す後方からの援護に適した神器。神銃にも種類が多様であり、ルベリアのような狙撃銃もあれば小銃や機関銃などもあるという。
「俺のシモ・ヘイヘは狙撃に特化した神銃でな。魔弾による射撃は命中した相手の箇所を凍傷させ動きを鈍らせることができる。あとは魔弾を限界まで抽出し、高純度の粒子に変換し凍結光線も撃てる。ただ、魔力の莫大な消費と俺自身も凍ってしまうから連発はできない諸刃の剣なんだ」
「……すごいな、ルベリアの神器」
「ああ。だが、まだこいつの力を最大限までに生かすことは出来ていない。二週間後の戦闘訓練までに必ず、成長してやるさ」
「おいおい、俺を忘れてもらっちゃあ困るぜ」
ひょこっと飛び出たレイヴが少年のように笑う。最後に見せてくれるのはレイヴ。神槍、神銃に続いて次はどんな神器が出てくるのか、レイヤはとても興味津々になっていた。
レイヴは片腕をもう片方で抑えるように前方に構える。と、その突き出した腕が紫色の燐光を纏い始めたのである。やがて光は散り、神器として姿を変えていた。篭手のように腕に装着されており、機械じみた風貌が重厚感を装う。血管のようにラインが張り巡らされ、紫色に光を放っている。
「驚いたか?神器────神掌アルゴスだ」
六つの神器の一つ──神掌。
腕に装着することで真価を発揮する神器。肉弾戦においては勿論のこと、魔力の波動を弾のように射出することもできる。爪による斬撃や、魔力を込めることで破壊力は何倍にも膨れ上がる。近接から中距離まで戦うことのできる極めて特殊な神器である。
「神掌は近接や中距離でも戦える神器だが、俺のアルゴスは射程の長さが強みなんだ。魔力を集中させて高密度の光子を放出することができるんだ。ルベリアのシモ・ヘイヘにはちと及ばないが、それでも狙撃の真似事くらいはできる。極めつけは、視界を増やすことができることだ」
「視界を増やすって……できるのか?」
レイヤは首を傾げていたが、それはすぐに驚きへと変わる。突然レイヴを中心に、紫色に妖しく光る眼の紋様がいくつも浮かび上がったのである。どれも本物の眼のようにぎょろぎょろと周囲を見渡す様子は、ひとつひとつが意思を持っているかのようだった。
「同時に視界を展開できるのは今のところは最大で八つ。多く展開すると魔力の消費も比例して多くするが、俺の死角は無くなる。それに、展開した眼からも光子を発射できるんだぜ。長くはもたないから短期決戦向けだけどな」
「……三人ともすごい神器と契約しているんだな」
ローゼンクロイツ、シモ・ヘイヘ、アルゴス。三人の神器を見せてもらったレイヤは圧巻されていた。個性的な見た目はどれもレイヤを魅了し、それぞれに神器特有の能力を有しているのを利用して戦闘スタイルを見出していることには感服すら覚えた。
自分には神器の適正がない。それでも、彼らには負けたくないと思った。




