09 ラッキースケベと胎内回帰
予定を繰り上げて1話投稿します。
途中に江戸子守唄が出てきますが、規約上問題ないことは確認済みですので、ご安心ください。
朝。
目が覚めると、ライラさんがいなかった。
「……あれ?
おかしいな。
いつもなら俺のベッドに潜り込んできて、幸せそうに寝息を立てているのに」
ここはライラさんのお屋敷の、俺にあてがわれた部屋だ。
窓の外が明るい。
柔らかな朝の日差しが差し込んでくる。
春めいた、いい天気である。
「んっと……。
たしか今日の予定は……」
今日は冒険者としての活動は休みだ。
ライラさんと、出掛けることになっている。
王都を色々と歩いて回る予定なのだ。
ライラさんはデートだなんて言ってはしゃいでいたのだけど、どこに行ったんだろう。
「ふぁぁ……」
伸びをしながら、大きなあくびをする。
「とりあえず、顔を洗おう……」
ベッドから抜け出して、洗面所へと向かった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
冷たい水でバシャバシャと顔を洗う。
ライラさんのお屋敷は、建物内に水道を引いている。
たがら、蛇口をひねるだけで水が使える。
とても便利だ。
俺が逗留していた安宿なんて、裏庭の井戸まで行かないと水が使えなかった。
あそことは大違いである。
「ふぅ……。
どうにもまだ眠気が取れないな」
顔を洗っても、どうにも目覚めきらない。
連日の討伐クエストで、思いのほか疲れが溜まっていたらしい。
いかに相手がゴブリンと言えど、油断できるほど俺は強くない。
緊張感を保ちながらの戦いは、肉体だけでなく精神も疲弊させる。
ライラさんの勧めに従って今日は休日としたが、正解だったようだ。
「うーん。
顔を洗うだけじゃ足りないな。
シャワーを使わせてもらおう」
驚くべきことに、この屋敷にはシャワーがある。
しかも魔道具を使った温水シャワーである。
庶民にとっては、湯を沸かして湯船に浸かるだけでも贅沢だというのに、温水シャワーだなんてまるで貴族のようだ。
さすがは勇者ライラの屋敷と言ったところか。
ライラさんからは、屋敷の設備は好きに使っていいと言われている。
眠気覚ましのため、シャワー室に向かった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「……ふぁぁ。
眠たい……」
寝ぼけまなこを擦りながら、ふらふらと脱衣所のドアを開ける。
中に入るとライラさんがいた。
「あら、ユウくん。
おはよう。
ユウくんもシャワー?」
「……え。
……あ。
…………え?
ちょっと、――ぅぇえ⁉︎」
刺激的な光景が目に飛び込んでくる。
一気に目が覚めた。
「す、すすす、すみません!」
「はぇ?
どうしたのユウくん?」
「はだ……はだか……。
ライラさん、裸!
すみません!
ほんっとうにごめんなさい!」
淡い水色の髪から滴り落ちた水滴が、玉のような肌に弾かれる。
つやつやと濡れた、なめらかな肌。
――
――
「……裸?
ああ、お母さんシャワーしてたの。
だって今日はユウくんとデートなんだから、綺麗にしておかないといけないでしょ?
ちょうど、いま上がったところよ。
すぐに服を着ちゃうから、ちょっと待っててね。
……って、そうだ。
いいこと思いついちゃった!
ユウくんいまからシャワーなんでしょう?
お母さん、体洗ってあげよっか」
「……んなぁっ⁉︎」
なにを言いだすんだこのひとは⁉︎
思わずライラさんの顔を凝視した。
彼女は、――、微笑んでいる。
こんなに目の前で、俺に裸を見られているというのに、まるで慌てた様子がない。
「す、すぐに出ます!
すみませんでした!」
「あっ、ユウくん……」
回れ右をしようとしたら足が滑った。
――
「いやん♡」
「あぶっ⁉︎
すすす、すみませ……あわわ⁉︎」
「あん!
喋っちゃだめよ。
くすぐったいじゃない。
ほら、暴れないのユウくん。
よし、よーし」
――
――
「うふふ……。
なんだかこうしていると、昔を思い出すわぁ。
ユウくんってば、お母さんのおっぱい、大好きだったものね」
「あわ……。
あわわわ……」
「こぉら。
じっとしてなさい。
はい、目を閉じて。
ゆっくりと息を吸って。
耳を澄ませてみるの。
……。
…………。
…………どう?
聞こえたかしら?
お母さんの心臓、とくん、とくんって鳴ってるでしょう?」
言われたとおりにやってみる。
少しひんやりとした肌。
――、鼓動の音が聞こえてきた。
とくん、とくん、とくん……。
不思議だ。
慌てた気持ちがどこかに飛んでいって、心が落ち着いていく。
とくん、とくん、とくん……。
なんだろう。
安心する。
長い旅からやっと家に帰ってきたような。
いつまでも、聞いていたい。
胸のなかが安らぎに満ちていく。
「……ぁふ……」
吹き飛んだはずの眠気が戻ってきた。
「ねんねーんー。
ころぉりよぉ。
おこおろーりよー♪」
胎内に回帰したような穏やかな心音に、柔らかな歌声が重なる。
まぶたが重い……。
「ぼうやはぁ。
よいーこぉだぁ。
ねんーねぇ、しーなぁ♪」
なんだろう。
初めて聞いた歌なのに、なんだかとても懐かしい。
優しい声と綺麗な旋律が、すぅっと俺のなかに沁み込んでくる。
「……ん。
…………ふぁ……」
「あらあら。
ユウくんったら、眠くなっちゃった?
いいのよ。
お眠りなさい」
ライラさんがそっと背中を撫でてくれる。
さわさわとした感触が心地良い。
「……すぅ……」
その優しい手のひらを感じながら、俺は眠りに落ちていった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
気がつくと、ベッドに寝かされていた。
なんだか妙にあたまがすっきりしている。
「あ、起きたわね。
うふふ……。
よく寝ていたわよ。
ユウくんってば、すっごく安心した顔してた」
「え?
はぇ?
ライラさん?
……って、また膝枕⁉︎」
「あん。
そんなに慌てて飛び起きなくてもいいのに。
残念」
跳ね起きた俺は、脱衣所でのことを思い出した。
口をパクパクと開く。
言葉が出てこない。
「……ぅ、ぅあ……」
まさかシャワー上がりの裸のライラさんの胸に顔をうずめて、そのまま眠ってしまうなんて。
羞恥に顔が赤くなった。
「さ、ユウくん。
起きたのなら出掛ける準備をしましょうか。
そろそろお昼よ」
「……で、出掛け?」
「んふふ。
起きたばかりで、ぼーっとしてるのね?
ほら、昨日約束したじゃない。
今日はお母さんと、王都でデートしましょうって!」
「そ、そうでした……」
しどろもどろになりながら、なんとか返事を返す。
さっきからライラさんの全裸姿や、柔らかなおっぱいの感触が思い出されて、真っ直ぐに彼女の顔が見られない。
「楽しみねえ!
お母さんとユウくんの初デートぉ〜♪」
ライラさんはそんな俺の気も知らないで、幸せそうに笑っていた。