35 闇に蠢く獣(雌)
その日の夕飯は、お昼のあまりものだった。
だがあまりものとは言え、元はライラさんが作ってくれた豪勢な料理だ。
子どもたちは我先にと肉を取り、押しのけあって食事をしている。
「ふふ。
みんな凄い食欲だね、ユウお兄ちゃん。
あ、またほっぺにご飯ついてるよ。
もう。
お兄ちゃんは仕方ないなぁ。
拭いてあげるね」
「ああ、悪いな。
ありがと。
しかし、ライラさんには感謝しないとな。
シエルもこの料理、食べてみろよ。
照り焼きハンバーグとかいう料理らしいんだけど、めちゃくちゃうまいぞ」
「うん。
じゃあ、あとでもらうね。
それより、お兄ちゃん。
はい、お茶だよ」
「お、サンキューな。
ちょうど喉に乾きを覚えたタイミングだよ」
相変わらずシエルはよく気がつく。
俺は彼女に感謝しつつ、淹れてくれたお茶をゴクゴクと飲み干した。
「ぷはぁ。
シエルの淹れたお茶はうまいな。
濃さも温度も、俺好みだ」
シエルは優しげに微笑みながら、俺を見守っている。
照明に照らされた金の髪が綺麗だ。
しばらくシエルとの会話を楽しんでいると、散々料理にがっついて満足したらしい子どもたちが、俺たちの話に割って入ってきた。
「シエル姉ちゃん!
俺にも食後のお茶くれよー」
「あたちにもー」
「あ、こら。
このお茶はだめよ。
あなたたちには、もう淹れてあげたでしょう?
これはユウお兄ちゃん専用のお茶なんだから。
……そう。
ユウお兄ちゃん、専用の、ね……」
「ちぇー。
姉ちゃんのけちー」
子どもたちが離れていく。
その後ろ姿を微笑みながら眺めていると、急に体が重たくなってきた。
「あ、あれ……?
変だな。
なんかいま、ガクッときた」
「……?
どうしたの、ユウお兄ちゃん?」
「いや、なんでもないんだ。
ちょっと頭がぼーっとして、体が重くなってきてな。
でも大丈夫。
そう酷くはないから、シエルは心配しなくていいぞ」
「……そう。
きっと旅の疲れが、今頃になって出てきたんだよ。
今日は早めに寝たほうがいいんじゃないかな?
子どもたちを寝かしつけるのは、わたしひとりでも大丈夫だから」
シエルの声が遠く聞こえる。
なんだか視界がぐるぐるしてきた。
酒を飲んだわけでもないのに、酩酊しているような感じだ。
これは彼女の言う通り、疲れが溜まっていたのかもしれない。
「さ、お兄ちゃん。
肩かしてあげる。
ベッドに横になろ?
今日はライラさんも、マリエラさんもいないから、ゆっくり眠れると思うんだ。
……そう。
ゆっくりと、……ね?」
「あ、ああ……。
悪いけどそうさせてもらうよ。
ごめんな。
きっとひと晩休めば、回復すると思うからさ」
俺はシエルに支えられ、覚束ない足取りで自室のベッドへと向かった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
同日深夜。
ライラとマリエラは、商業都市ユニスにたどり着いていた。
馬車で3日掛かる距離も、彼女たちの健脚をもってすれば、わずか半日と掛からない。
「あそこが、ユウくんの言っていた金貸しの家ね。
立派な屋敷に住んでいるじゃないの。
これはきっと、悪どい真似をして稼いでるに違いないわ」
根拠もなく決めつけて掛かる。
彼女の目的は、ユウクスから不正に金を搾り取ろうとする悪徳貸金業者の成敗であった。
「……お腹すいた。
お母さん、なにか食べたい」
夕飯抜きでつれてこられたマリエラが、空腹を訴える。
「我慢しなさいな。
事が終わったら、たんと食べさせてあげますからね。
さぁ、行くわよマリちゃん」
「うー……。
お母さんはあたしに厳しい」
ふたりはまるで、我が家に帰って来たかのような気楽さで、金貸しの屋敷の門をくぐった。
◇
「……属性技『永久凍土』」
建物の内部が、一瞬にして凍りついた。
追い詰められた屋敷の主人が、引き攣った悲鳴をあげる。
「さぁ、これで何処にも逃げ場はないわよ?
いい加減、観念なさいな」
「なんなんだ⁉︎
一体なんなんだ、お前たちは⁉︎
俺が何をしたって言うんだ!」
「あぁら、シラを切るつもりかしら?
随分と悪どい商売をしているみたいじゃない。
全部わかっているのよ?」
「く、くそっ!
麻薬密売の話か?
それともバラしたガキどもの内臓を捌いてる話か?
どっちだか知らねえが、舐めた真似をしくさりやがって!」
「……あら?
そんな悪事にまで手を染めていたなんて、ちょっとびっくりしちゃったわ。
実は違法な高利貸しを、とっちめるだけのつもりだったんだけど……」
「ふざけんな!
たかがその程度のことで、組の連中を皆殺しにしやがって!」
「あらあら。
難癖つけるのはやめてくれないかしら?
皆殺しにしたのはマリちゃんよ」
「……あいつらが悪い。
殺気を放って掛かってきたから、反撃しただけ。
あたしは悪くない」
「ちくしょう!
舐めんじゃねえぞ!
俺のバックには、あの八老会の大老――」
「うるさい。
そろそろ黙れ」
いつの間にか男の目の前まで移動していたマリエラが、蹴り足を高く振り上げていた。
彼女は一切の躊躇なく、踵を振り下ろす。
「ぺぎゃ⁉︎」
男の頭部が、卵でも潰すかのようにぐしゃりとつぶれた。
頬に一滴の返り血を浴びたマリエラは、少しも表情を変えずにその血を拭う。
「……お腹すいた。
なにか食べたい」
「マリちゃんってば短気ねぇ。
お母さんの出る幕がなかったじゃないの。
まぁいいわ。
じゃあ食事をして帰りましょうか。
あ、でもこんな遅くに開いているお店はあるかしら。
なんだったら、このお屋敷で厨房を借りて、料理しちゃう?」
「んー。
それでもいいけど、ここに来る前に赤提灯の屋台を見つけた。
あれはきっと、おでん屋台」
「へぇ。
おでんってこっちの世界にもあるのかしら。
興味深いわねぇ。
じゃあ、その屋台に行ってみましょうか」
女ふたりは連れ立って、来たときと同様、気楽な足取りで屋敷を後にする。
こうして人知れず、商業都市ユニスにはびこる悪の組織がひとつ、闇に葬り去られた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
同時刻。
誰もが寝静まった孤児院で、ひとり息を荒くする女がいた。
――コンコン。
ユウクスの部屋の前に立った女は、小さくドアをノックする。
「……ユウお兄ちゃん。
もう……、寝た……?」
結った金髪をアップにし、頬を赤く上気させた少女。
寝巻き姿のシエルである。
「……寝てるよね?
入るよ?」
孤児院の各部屋には鍵などついていない。
シエルは深夜の暗く無音の廊下に、ぎぃっとドアの軋む音を響かせながら、室内に入り込んだ。
そのまま足音を殺して歩き、ユウクスの眠るベッドの脇に立つ。
「ふふ……。
よく寝てる。
眠り草の粉末入りのお茶が効いたんだね。
はぁ、はぁ。
ユウ、お兄ちゃん……」
だんだんとシエルの淑やかな表情が蕩けていく。
瞳から光彩が消え失せ、頬は赤く染まり、小さく開いた可憐な唇からは、発情した雌犬のように「はっ、はっ」と短い呼気が漏れ出している。
――




