30 母娘、感動?の再会
マリエラを助け出した俺は、彼女と一緒にライラさんのもとへと向かっていた。
ライラさんはいま、囮になって戦ってくれている。
彼女の身が心配だ。
「ユウ、こっち。
こっちから、乳女の匂いがする」
マリエラに先導されて、都市をひた走る。
◇
やがて高級住宅街へと足を踏み入れると、遠くから誰かの騒ぐ声が聞こえてきた。
「あっち。
誰かが戦ってるみたい」
「うん、きっとライラさんだよ。
はやく向かおう!」
大きな屋敷の、破壊された正門をくぐった。
前庭に駆けつける。
すると筋骨隆々な獅子貌の獣人が、ライラさんを一方的に嬲っている姿が、目に飛び込んできた。
「ぐぁはははは!
そぉれ。
撃真獅子王殺!
天紅蓮獣双牙!」
「きゃあっ。
きゃあ、きゃあ、きゃあん!」
怒りに目の前が真っ赤になる。
「やめろぉ!
ライラさんに、なにをするんだ!」
「あら、ユウくん?
おかえりなさい。
ちゃんとマリちゃんを救出したのね。
さっすが、ユウくん!
大活躍ね!」
「余所見をするとは余裕だな、ライラ!
受けてみよ。
襲吼真獅爪!」
「きゃん、きゃん!」
「おまえ、ライラさんに手をだすな!
ライラさんは俺が守る!
てやぁあ!」
星降りの剣を振りかぶり、獅子獣人に飛び掛かった。
「ぬおぉ⁉︎
なんだ貴様は!
我を獅子王ライオネルと知って、戦いを挑んでくるのか」
「お前が誰かなんて知らない!
ただ俺は、ライラさんをいたぶるような輩に容赦はしないだけだ!」
「あはぁん!
ユ、ユウくんってば⁉︎
そんなにも、お母さんのことを想ってくれているなんて!
あ、あ、あ、あ゛……」
ライラさんがピクピクと震えている。
これはよほど無理をして、囮役を続けてくれていたのかもしれない。
俺は獅子王を名乗る獣人のまえに立ちはだかり、倒れたライラさんを背に庇った。
「大丈夫です。
もう心配いりませんよ、ライラさん。
俺は弱っちいですが、これでも男です。
ライラさんが逃げる時間くらいは稼いでみせますから、はやく逃げてください!」
「あっ、あっ、あぁ……。
ユウくん……。
ユウくぅん!
だめよ。
だめ、だめっ。
お母さん、ユウくんを置いて逃げ出すなんて、そんなことできないわっ」
「俺のことは心配無用です!
ここは俺に任せて、ライラさんは逃げて!」
屋敷のテラスにいる老人が、手すりに乗り出した。
唾を飛ばして叫びだす。
「なんじゃその小僧は!
ライオネル!
ライラを逃がすでないぞ!」
「ふぁははは!
ご安心召されよ、アラゴン老」
巨漢のライオネルは腕組みをし、高みから俺を見下ろしている。
この獣人……、大きい!
「くくく……。
麗しい自己犠牲ではないか、なぁ小僧。
だがこの我が、みすみすライラを取り逃がすと思うか。
浅はかなり!」
「そんなこと、やってみないとわからない!
さぁ、かかってこい!」
「……ほぅ。
我を前にしてそこまでの啖呵を切る胆力は見事!
だが実力のほどはどうかな?
試してくれようぞ!
喰らえぃ。
爪覇乱陣――ぶべぇっ⁉︎」
技を繰り出そうとしていたライオネルが、いきなり吹っ飛んだ。
「ああ⁉︎
ライオネルが!」
テラスの老人が驚愕する。
「……暑苦しい」
蹴り足を持ち上げたままの姿勢のマリエラが、うんざりした顔で息を吐いた。
横合いからライオネルを蹴り飛ばしたのは、彼女だったのだ。
吹き飛んだライオネルは地面をバウンドし、屋敷に激突してから、ようやく止まった。
「ぁあ⁉︎
もう、マリちゃんダメじゃない!
いま、いいところだったのにぃ。
ユウくんがお母さんを護って、悪漢と対峙する……。
夢のようなシチュエーションだったのにぃ」
「……黙れ、乳女。
覚悟しろ。
今度こそ、不覚はとらない。
属性技『帯電』……」
マリエラの身体が雷を纏い始めた。
バチバチと音を鳴らして明滅する電撃に、夜のアラゴン邸が照らし出される。
「だ、だめだよマリエラ!
ライラさんは君を悪い犯罪組織から、助けようとしてくれているんだから」
「乳女が……?
あたしを?」
「そうよ、マリちゃん!
機嫌を治して。
お母さん、好きでDVを働いたわけじゃないの!
気付かなかっただけなんだから」
「……お母さん?
なんの話をしてる」
マリエラが不可解そうに眉を顰めた。
「マリちゃん!
私はあなたのお母さんよ。
頼子なのよ!」
マリエラがハッとする。
「……お母さん?」
「そうよ!
私よっ」
「言われてみれば、その乳はたしかに……。
ほんとに、お母さん?」
「もうっ。
疑り深いマリちゃんねぇ。
マリちゃんは、日本にいた頃の記憶はあるの?
もしあるなら、なんでもお母さんに尋ねてみなさい。
それで私が本物かどうか、わかるでしょう?」
「んと……」
マリエラが少し考えこんだ後、口を開いた。
「……世界で一番可愛いものは?」
「ユウくん」
「じゃあ、世界で一番尊いものは?」
「ユウくん」
「ユウの将来のお嫁さんは?」
「お母さん」
「それは違う。
ユウに嫁ぐのは、このあたし。
……でも、どうやら本物みたいね。
お母さん、久しぶり。
そのうち多分、お母さんとも会えると思っていた」
マリエラの纏った雷が、収まっていく。
そばで聞いていても、まったく訳のわからないやり取りだったけど、どうやら戦闘は回避されたらしい。
ほっと胸を撫でおろす。
「マリちゃんは、元気にしてたかしら?」
「ん。
お母さんに殺されかけた以外は」
「あは、あはは……。
だからそれは間違いだったのよぉ」
「間違いで殺されたら敵わない。
お母さんは相変わらずそそっかしい」
マリエラは盛大に溜め息をついた。
◇
いきなり屋敷の壁が、ドカンと吹き飛んだ。
マリエラに蹴り飛ばされ、壁に埋もれていたライオネルだ。
這い出してきた彼が吼える。
「ぐぉおおおおお!
小娘どもが!
この我を愚弄しよって。
許さん……。
もう許さんぞぉ!」
燃え盛るような獅子の鬣が、彼の怒りに呼応するかのように逆立った。
「おお!
無事だったのじゃな、ライオネル!」
獅子の獣人は老人に頷いてみせてから、ゆっくりとした動作でこちらを振り向いた。
その目は怒りに燃えている。
「……氷帝ライラ。
……雷猫マリエラ。
揃いも揃って貴様ら小娘どもは、どうしてもこの我を怒らせたいようだな。
どうなっても知らんぞ。
うぉぉ……。
抑えきれぬ力が湧き上がってくる……。
この我とて御しきれぬほどの、圧倒的な負のエネルギーが溢れ出してきたぁ!」
「ねぇマリちゃん。
あれ、なぁに?」
「……知らない」
「くははは。
恐怖に打ち震えよ。
いまこそ、我は覚醒した!
気高き心と深淵から湧き出す狂気、二律背反な力を併せ持った闇獅子ライオネルとしてなぁ!
さぁ小娘ども、ふたりまとめてかかってこい!」




