カタツムリ王女
「ハムー…厚切りハムー…」
温かな感触に、小さい頃食べた厚切りハムのステーキを思い出していた。
異世界に来てからという物、肉と言えば鶏肉をメインにしていた為に、ソーセージやハンバーガーやステーキが夢にまで現れるようになった。
この間、久々の牛肉や豚肉を食べる事が出来たが、それでも血が紫の為に微妙にコレジャナイ感が満載だった。
食べたけど。味はちゃんと肉肉しかったです。
丸々としたハムを抱いているようで、心地好い感覚と共にうっすらと目を開けると、そこは雪国だった――ではなく。
アルバート王子の顔があった。
な…なななな…なななな何で!?
超絶美形のどアップは心臓に悪い。
慌てて離れようとしたら、激しい頭痛に見まわれた。
いたい…痛い!!頭が痛いです!!
激しく痛む頭を抱えるように蹲る。これが世に言う二日酔いと呼ばれる物なのか。
昨夜は初めての実戦で、気が昂っていた事もあり、かなり果実酒を煽っていたような記憶はあるのだが、いかんせんそれ以降の記憶が曖昧である。
温かくて気持ち好くてハムが美味しそうで、目の前にはアルバート王子が居て――…訳が解らないよ。
一応自分の姿とアルの姿を確認すると、二人供服を着ている。下半身にも違和感はない。
よし。何もない!!
痛む頭を押さえながらアルを起こさないようにベッドを降りると、客室の棚に置いてある水差しからコップに水を注ぐと、一気に飲み干す。
顔を洗って服を着替えてから、村長さんに二日酔いに効く薬湯を私とアルの分貰った。
良薬口に苦しとは正にこういう事かと言う程苦かった。口直しにと用意されたお菓子がなければ飲めなかったに違いない。これは是非改善して頂きたい。
そのまま客室に戻って寝室を覗くとアルはまだ寝ていた。寝る子は育つと言うし、そっとしておこう。
薬湯をベッド脇の机に置いてくると、私は浴室で体を洗う事にした。
うん…全身が酒臭い気がする。
◇◇
薬湯の効果は絶大だった。体を洗い終える頃には頭痛もなく、すっきりだ。
浴室でさっぱりして扉を開いたら、えらく落ち込んだアルがソファに座って項垂れていた。
「アルおはようございます」
「俺が…薬湯…」
「アル?」
「口移しもできたかも……なのに」
「あーるー?」
「意識して…かも…だったのに…」
あかん。自分の世界に入っている。何やら一人でブツブツ言っているアルを他所に仕方がないので、料理人さんに二人分の朝食を受け取ると部屋へと戻った。
「アル覚醒しましたか?」
「ミナ!?」
湯気の立つ料理を運んで戻ってくると、アルが私に気が付く。
「どこに行っていたんだ!?」
「えっと…料理を貰いに…」
「そうだったのか…すまない」
何故だか謝られてしまった。この程度の事で謝らないでほしい。
「浴室に居ると思っていたら、いつの間にか居なくなっていたから」
「あ、すみません。アルに話しかけても一人言ばかりで反応がなかったもので」
私の言葉にアルは視線をさ迷わせる。
「何を言っていたか聞いたのか!?」
「いえ…何を言っているのかはさっぱりでした」
「そ…そうか」
あからさまに安堵の溜め息を吐く。聞かれては不味い事でも言っていたのか?
王子なんだから周囲には気をつけておかないと、色々と不味いのではなかろうか。
「とりあえず薬湯は飲みましたか?あれ凄いですね!!すっかり酔いが覚めましたよ!!」
「ああ、まぁ俺はお前程飲まなかったがな」
苦笑しながらアルに言われる。そういえばアルに抱きついて寝ていたのだった。謝っておいたほうがよいかな。
「あの、アル。昨夜はすみませんでした。私アルと同じベッドで寝ていたみたいで…」
「ベッド?あぁ寝室の事か…別に構わないよ。俺も……だっ…し」
最後は小さすぎて何と言っているのかは聞き取れなかった。何にせよアルは懐がでかいようだ。
「では食べたら王宮に戻るか」
「はい」
私達は朝食を食べた後、王宮に戻る準備に入った。
「ありがとうございました。お世話になりました」
「いえいえこちらこそ…魔物を退治して下さり、本当にありがとうございました」
「あぁ、今後も何かあれば逗留する騎士達に言ってくれ」
「お医者様だけではなく、騎士様まで…本当にアルバート王子には感謝してもしきれません」
そう。アルは医者だけでは何かあった時に対処できないと判断し、数名の騎士を残留させる事にしたのだ。
今後、医者と騎士は村の外れにあるそこそこ大きい貸し屋敷で寝泊まりする。そして医者は診療所で怪我人や病人の治療にあたり、騎士さんは村の復興を手伝うのだとか。
定期的にアルと連絡をとり、必要な物や困った事があれば直ぐに対処出来るようにするとか。
これが上手くいけば、暗黒竜に襲われた他の場所にも同等の事が出来るのだろう。
アルは人の上に立つのに相応しい人物なんだろうな。
「では行くか」
「はい」
アルの言葉に頷いて私達は村を後にするのだった。
◇◇
「今日は天気もいいし少し休憩するか…この辺りは水辺が近いからゆっくりできるぞ」
馬車に揺られながら王宮へと戻る道中、そう言われた。この世界に来てからというものの、あまり外の世界を見られていなかった私は一も二もなく頷く。
「はい嬉しいです」
アルが馬車の窓から騎士さんに何かを言うと、進路を変更して町と呼ばれる場所に程近い湖の側で、馬車は止まる。
アルに手を引かれ(流石王子である。とてもスマートに手を差し出された)馬車を降りると、目の前には美しい湖が広がっていた。
「きれい…」
美しい湖の背後には山があり、私達のいる場所には沢山の花々が咲き誇っている。
「気に入ったか?」
「はい!!凄くきれいです!!」
景色の美しさに目を奪われながら返事を返す。
「お…俺はミナの方が――…」
アルの方へと顔を向けると、口を閉ざす。何だか朝からアルがおかしい気がする。まだ酔っているのだろうか?
馬車で寝ていた方が良いのではないだろうか。騎士さんにそれを伝えようかと振り向くと、皆思い思いに寛いでいた。
フリーダムだな。
何かあれば直ぐに対応できるのだろうが、王子に何かあったらどうする気だ。
溜め息を吐きつつ騎士さんの方へと歩いて行こうとしたら、「貴女、勇者様ではなくて?」と声がした。
慌てて辺りを見渡すが、誰も居ない。
アルも声に気が付いたのだろう。私の側に来ると、辺りを窺っている。
「もう!!気が付きませんか!?私はここです!!」
どこか下の方から声が聞こえる。
「もう!!ここです!!ここ!!」
近くに紫陽花に似た花が咲いている。その辺か?
紫陽花に似た花の元へと行くと、カタツムリが居た。
「やっと気が付きましたわね〜」
カタツムリが喋っていた。




