理性と本能の狭間で
俺は今、試されているのだろうか。
ミナの顔を見ながら溜め息を吐いた。
そう、今俺は寝台の上で横になっているのだが、それはいい。それはいいのだが――問題は隣である。
隣には、俺に抱きついて眠るミナが居た。
どうしてこうなった。
◇◇
俺が騎士達と魔物の死骸を始末してから村長の邸に戻ってくると、邸で働いている使用人達が安堵の表情で向かえ入れてくれた。
「本当にありがとうございました」
村長からは何度も礼を言われ、「後程部屋に食事とお酒をご用意します」と告げられる。
酒か…確か、ミナが魔物を倒す対価として村長がそれに見合う物に酒を渡す、と言っていたのを思い出す。
他の者達にも各々に用意した部屋に、酒と食事を持っていくと伝えて、村長は慌ただしく厨房に消えていった。
騎士達を見ると皆浮き足だっている。
無理もない。ミナの凄まじい殺戮現場を見ていて、変に気が昂っているのだろう。
ミナの事については王宮に戻ってから説明をすると告げ、各自休養をとるように言うと皆一斉に宛がわれた部屋へと歩いていく。
何人かでの相部屋だ。あいつらはミナの戦いネタをつまみに酒を煽る事になるのだろうな。
俺も自分に用意された部屋へと戻ると、浴室の方から声が聞こえてくる。
気になって、浴室に繋がる扉をそっと開き脱衣室の奥にある浴室を窺う。
「あ…やぁ」
ミナの声だ。
「だ…ダメぇ…そこはぁ」
それにしても何と言うか――
「ふ…あぁ」
妙に色っぽいと言うか――
「はぁはぁ」
喘ぎ声っぽいと言うか――
「ん〜ぅぅ…」
そこまで聞いて我に返った俺は、急いで脱衣室を出た。
何だ今の艶かしい声は。
あんな――あんなミナの声は。
まさか、誰か他にも浴室に居て、それで――。
初めての戦いは気が昂る。
ましてやミナは平和だった異世界から来たばかりだ。その少女が初めての戦いで、あれだけの魔物を殺したのだ。通常の精神でいられる訳がない。
だからミナはあの中で、誰かと――。
ドス黒い感情が胸をよぎる。
誰に聞かせているんだ、その声を。
誰に見せているんだ、その姿を。
誰に。
誰に。
まさか、一緒に戻って来たあいつか!?
それとも、この邸の誰かと。
ミナが俺の知らない男にあられもない姿を晒しているのを想像して、堪らなくなる。
ぐるぐると回る思考。苛立つ感情に抑えが効かなくなる。
こんな感情は知らない。
こんな――これではまるで――
ガチャ
浴室の扉が開く。
驚いた表情のミナと目が合った。
ミナは夜着を纏い、湯上がりの肌をほんのり朱く染めていた。
顔は何とも艶かしく、潤んだ瞳、上気した頬、それら全てが先程聞こえてきた嬌声を思い出させ、苛立ちが増す。
「アル…早かったですね」
早くては何か不味いのか!?
苛立ちも露に浴室に入って行く。
何処の誰かは知らないが殴る!!
意気込んで脱衣室の奥の扉を開くと、そこには誰も居なかった。
湯槽の中にも居ない。窓から逃げたのかと思って見るが、窓は鍵が掛かっているし何よりも人が通れる幅はない。
脱衣室も隈無く探すが、誰も居なかった。
そんな俺を見て、怪訝な表情を浮かべるミナ。
「部屋に誰か居たか?」
「いいえ。私しか居ませんよ。寧ろさっきまでお風呂に入ってましたし」
「そうか…すまない俺も湯を浴びる」
そう言い残して浴室の扉を閉める。
どういう事だ?誰も居ない。ミナの他に誰か居たのであれば、浴室以外には考えられない。
だが、誰も居なかった。
部屋の出入りが出来る扉は客室に一つしかない。
客室の窓から逃げるにも俺が居た為に不可能だった筈。
どうなっている。
ミナにあんな声を出させた奴は何処に消えた!!
思考の渦に陥りながら、俺は体を洗うと急いで浴室を出た。
「アルお酒を用意してもらいましたよ一緒に呑みましょう。て!?頭!!髪の毛濡れてるじゃないですか!!」
「仕方ないですね」
くすくす笑いながらミナが乾いた布を俺の頭に乗せると、柔らかく水分を吸いとっていく。
「アルは王子様だから髪を乾かしてくれるのは他の人なんですか?」
わしゃわしゃと俺の髪を拭きながらミナが問う。
「他人に任せたりはしない。基本は全て自分でやる…今回はただ――」
ミナの事で、急いで出てきてしまっただけだ。
俺の言葉を待ってか、ミナが無言で髪を乾かしてくれている。
「アルお酒呑みましょう」
俺が続く言葉を話さないので、ミナが口を開いた。
「ああ」
「酔いたくて仕方ないんです…」
髪を乾かし終えると、酒と食事が並べられている卓に、ミナは二人分グラスに酒を注いでくれた。
グラスには赤色の果実酒が美しく透き通っている。
向かい合って座ると、ミナがグラスを片手に持つ。
「乾杯」
「何に対しての『乾杯』なんだ?」
俺の言葉にミナは「う〜ん」とうねると、「私の初陣に」と返す。
「そうだな。大変だっただろう?お疲れ」
労いの言葉に嬉しそうに果実酒を飲み干す。早いな。
蒸留酒に果物と砂糖を漬け込んで甘味を際立たせた為に、この果実酒は度数がかなり高い。
どういった製法かは知らないが、かなり上質の味わいで王都の貴族にも好まれる逸品だろう。
それを知ってか知らずか、ミナはひたすら果実酒で喉を潤している。
このペースでは、あっという間に酔い潰れそうだ。
「それでは直ぐに酔ってしまうぞ」
「大丈夫ですよ」
そう言いながら、飲み続けるミナは、色々と残念に見える。
先程までは、誰と居たのか、一緒に居た奴の事をどう思っているのか問い詰めたい衝動に駆られていたが、目の前で幸せそうに酒を飲むミナを見ていたら、その気も薄れていった。
案の定、ミナは早々に船を漕ぎだした。
「ミナ…寝室に行くぞ」
こんな所で眠られては敵わない。「眠い…寝ます」そう言いながら動けないミナを抱き上げて、寝室へと連れて行く。
「全く…悪酔いしても仕方がないからな」
ミナを寝台に寝かせる。
村長に酒酔いに効く薬湯を明日準備してもらうか。
そのまま離れようとしたが、ミナにきつく抱きしめられ動けなかった。
◇◇
「はぁ…勘弁してくれ」
俺に抱きついて眠るミナは、湯上がりに酒の影響もあってか、体温があつく、抱きしめる体はそれなりに密着していて、視線をずらせば夜着の中が見えてしまう。
下着を着けていないのか、柔らかな胸があたって困る。普通、下着は着ける物だろう。
寝息は微かに酒の香りがして、絡まる腕は白くて。どうにかなりそうだ。
『据え膳食わぬは男の恥』
確か、先々代勇者の明言語録にそんな言葉があったのを思い出す。
これが当に据え膳と呼ばれる物なのだろうか。
口付け位なら――。
『あらあら?以前は手も早く勇者様に口付けられていらっしゃいましたのに、今回は我慢していらっしゃるのですか?』
ミナの頬に手を添えて見つめていると、何処からか声が聞こえた。
『寝込みを襲うのも殿方の甲斐性かもしれませんものね』
「誰だ!?」
鋭く辺りを見渡すが、人の気配はない。
『王子様も人の子ですもの…仕方ありませんよね』
「何を…」
幾ら辺りを見回しても、生き物の気配を感じない。魔物か!?
上位の魔物には人語を操れる物も居ると聞く。今の声もそれなのかもしれない。
『もう…いい加減気付いて下さいませ。私ですよ』
ほんのり白く光る物に気が付き、そちらに目をやると――メリケンサックがあった。
確かあれは――
「聖剣ドラゴンスレイヤー」
『勇者様にはメリ子と呼ばれております』
聖剣が喋っているのか?
『私が話せる事が意外ですか?』
マジマジとそちらを見つめていると、聖剣が口を開いた。いや、口があるのかすら解らないが…。頭に直接響くような声だ。
『何分聖剣ですもので話す位余裕ですわ』
何だろう。少し、ほんの少し苛ついた。
『私は聖剣。見る事も話す事も出来ます』
見る事も話す事も出来る!?
以前、ミナが寝ているのを良い事に頬や口に口付けた事を思い出し、嫌な汗が流れる。
『以前の件に関しましては勇者様には言っておりませんよ。勇者様は夢だと思われておいでのようです』
その言葉に安堵の溜め息を溢す。
『勇者様の嬌声にキレたり、抱きしめられて身動きとれないで困惑なさるだなんて王子は意外と純情でいらっしゃるのですね』
?!
聖剣の言葉に息が止まるかと思った。
「ミナが誰と浴室に居たのか知っているのか!?」
『うふふ…知りたいですか?』
聖剣はもったいつけてくる。
「ああ…知りたい」
意地を張っても仕方がないので、素直に肯定する。
『あら…素直。仕方がありませんわね。勇者様と一緒に浴室に居たのは――…』
居たのは――
『私です』
………
溶鉱炉に突っ込んで溶かしてやろうか。
『信じていませんね!?本当ですよ!!』
聖剣は虚言癖の持ち主。
王宮に帰ったら、新たに記しておこう。
『私は人化できるのです。浴室で勇者様がご自身の胸が小さいのを気にしていらしたので、揉んで大きくして差し上げようとしただけです』
胸。
自身の体に密着しているミナの胸を確認する。小さくなどないと思うのだが。
『勇者様も女性です。乙女な悩みもありますよ』
聖剣の言葉が耳を流れていく。
男と居たのではなかったのか。
安堵の溜め息を吐きながらミナの頭に顔を埋める。
気が昂って、知らない男と一線を越えていたらと、先程までもやもやしていた感情が霧散する。
安心したら、眠くなってきた。
ミナが風邪を引かないように上掛けを被せると、ゆっくりと瞼を閉じた。
『教えて差し上げた私に礼もないなんて――…あげく安心して寝てしまうだなんて、王子は余裕が無さすぎですね』
聖剣の声は耳には入ってこなかった――。
お酒の作り方を知りませんので、製法は適当です。作り方は梅酒をイメージしています。
ちなみに聖剣は溶鉱炉に突っ込まれても熔けません。
聖剣の一人言
『うふふ…私は錆びもしないし折れもしないし、溶けもしません。残念でしたねアルバート王子』




