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辺境の元英雄と光の癒し手 -共鳴の絆-  作者: もちすけ34


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【第九十話】激闘の果て

カイルの首を薙ぎ払った一閃の余韻が、凍りついた空洞の中に残っていた。

崩れ落ちた巨体から、真っ黒な血の代わりに、ドロリとした濃密な黒霧が吹き出していく。

それは空中へ散りながら、まるで朝日に溶ける霜のようにサラサラと音もなく消滅していった。

異様な重圧が消え去ると同時に、ウエスの手から剣がすべり落ちた。

「ガハッ……!」

膝から崩れ落ち、岩盤へ倒れ込むウエス。

首筋から胸元にかけて脈打っていた黒紫色の不気味な侵食が、激しく跳ねた。

「隊長ッ!!」

第九隊の面々が、悲鳴を上げて駆け寄る。

ミレイユが即座に膝をつき、震える手でウエスの胸元へ魔導記録をかざした。

ウエスの呼吸は途切れ途切れで、体温は氷のように冷たい。

「ミレイユ、どうなんだ!?」

ガレンが大剣を放り出し、ウエスの体を抱き起こす。

「……止まった」

「え……?」

「……ウエス隊長の中に入り込んでいた黒い霧の脈動が……急速に消えていってる……!」

カイルとの繋がりが断たれたことで、ウエスの肉体を蝕んでいた黒霧は急速に力を失い、消散していったのだ。

荒かった呼吸が少しずつ落ち着き、青白かった肌に微かな血色が戻り始める。

「……助かる、のね?」

リアナが目元をぬぐいながら、引きつった声で尋ねる。

「ええ……命に別状はありません。極度の体力消耗と侵食による負荷で、意識を失っているだけです……!」

ミレイユの言葉に、全員の肩から一気に脱力感が抜けた。

ドレイクは大盾を床に預け、その場にドカリと座り込む。

ユアンも槍を突いたまま、膝を折って荒い息を吐いた。

「……勝った、んだよな?」

ガレンが天井を見上げながら、ポツリと呟く。

「……隊長が倒れてる時点で、勝った気がしねえけどな」

ドレイクが呆れたように鼻を鳴らした。

だが、その言葉にはどこか安堵の響きが含まれていた。

あの理不尽な死闘を、誰一人欠けることなく全員生きて乗り越えたのだ。

「……ん……」

かすかな呻き声。

ウエスの瞼が重そうに開き、濁りのない瞳が周囲を見渡した。

「……隊長!」

「……みんな……無事か……?」

掠れた声で開口一番に放たれた言葉に、ガレンは思わず苦笑いを浮かべて首を振った。

「ハッ……自分たちの心配より先に俺たちの心配かよ。相変わらずだな、隊長は」

「全員、生きてますよ。あなたの無茶な最後の一撃のおかげでね」

ユアンが少し呆れたように、けれど心底嬉しそうに微笑む。

ガレンとドレイクの手を借りて、ウエスはゆっくりと体を起こした。

全身の関節が悲鳴を上げているが、心臓を締め付けていたあの不気味な冷気はもう感じられなかった。

「……そうか。よかった……」

ウエスは静かに息を吐き、静寂を取り戻した神殿の跡地を見渡した。

カイルの躯があった場所には、もう黒い灰すら残っていない。

「カイル……」

かつて己の部下であった男の末路。悲しみと虚しさが胸を掠める。

だが――ウエスがその情念に浸ることを、深淵は許さなかった。

――ドクン。

「……ッ!?」

第九隊の全員の身体が、弾かれたように硬直した。

重く、太く、地下の空気を激しく振動させる脈動。

それまで響いていた地鳴りとは明らかに違う。

黒霧狼が放っていた気配でもなく、カイルが身に纏っていた殺気でもない。

もっと恐ろしく、もっと深い「底」から響いてくる。

ウエスは立ち上がり、その音の方向――神殿のさらに奥の壁際を強く睨みつけた。

(この感覚……この脈動は……)

記憶の底が刺激される。

かつて静かな森の奥で聞いた、説明のつかない不快な空気の揺らぎ。

この迷宮に入ってから度々肌を撫でていた、異質な違和感。

「……カイルは……」

ウエスは呟いた。

「ただ暴走していたわけじゃない。あれは……何かを『守っていた』のかもしれない」

カイルは討伐されるべき脅威であったと同時に、あの深淵の奥に存在する「何か」が外へ漏れ出すのを堰き止める栓(ふた)のような役割を果たしていたのではないか。

「……行ってみましょう」

ユアンが静かに槍を握り直す。

疲労困憊の身体でありながら、全員の目に逃げ腰の色はなかった。

自分たちが突き止めなければならない真実が、目と鼻の先にあるのだ。

崩れかけた神殿の奥壁。

カイルが背にしていた巨大な亀裂の隙間を抜け、彼らは足を踏み入れた。

商人の馬車ほどもある空間の裂け目。

そこに広がっていたのは、未知の空洞などではなかった。

空間そのものが、縦に荒々しく「裂けて」いた。

光を一切反射しない、漆黒の巨大な亀裂。

まるで現実という布地を刃物で引き裂いたかのような不自然な存在が、宙に浮くように固定されている。

「な……何ですか……これ……」

ミレイユの手から、魔導記録が滑り落ちそうになる。

彼女の豊富な知識のどこを探しても、こんな現象の記述は存在しなかった。

「風が……」

リアナが杖を構えようとして、息を呑む。

「風が……近づけない……! 空気がそこへ吸い込まれて……消えてる……!」

ユアンはただ呆然と、その黒い亀裂を見つめていた。

胸の奥が、ジンジンと不気味に痺れるような錯覚。

「……俺……これ……」

「触るな」

ウエスの静かな、しかし絶対的な制圧力がユアンの言葉を遮った。

ウエスは一歩前へ出ると、その冷たい黒い裂け目を凝視した。

魔法の気配はない。魔獣の放つ妖気とも違う。

「……あれは、魔力じゃない」

世界そのもののルールから外れた、異質な「穴」。

ドクン――。

応えるように、黒い亀裂の奥から、再び不気味な脈動が響き渡った。

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