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辺境の元英雄と光の癒し手 -共鳴の絆-  作者: もちすけ34


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【第五十九話】 帰る場所があるということ

──コン、コン。

静寂を切る控えめなノック。シーンは顔を上げた。

こんな夜更けに誰だろう。

奥のベッドでは、セレンが規則正しい寝息を立てている。彼女を起こさないよう、シーンは足音を忍ばせて扉を開けた。

そこには、長旅の汚れもそのままに、旅装のミレイユが立っていた。

「ただいま戻りました、シーンさん。隊長の具合はどうですか?」

挨拶もそこそこに、ミレイユは切羽詰まった声で尋ねた。強張った顔を見て、シーンは自然に目を細める。

「おかえり、ミレイ。……さあ、入って。セレンが寝ているから、少し静かにね」

その一言に、張り詰めていた糸がふっと緩む。

「ただいま……シーンさん」

自分を「おかえり」と迎え入れ、気遣ってくれる人がいる。ここが“帰る場所”なのだと、彼女は改めて実感した。

中へ入ったミレイユの頬に、シーンの手がそっと触れる。

「顔が疲れてる。ご飯、食べた?」

「……まだです」

「じゃあ座って。まずは食べてから話しましょう」

有無を言わさない優しい気遣いに、ミレイユは素直に頷いた。扉の前での生真面目さは消え、シーンの前では不思議と妹のような顔になる。

温かいスープを一口すするのを見届けてから、シーンは声を落として問いかけた。

「王都はどうだった? 大変だったでしょう」

ミレイユはスプーンを止め、スープの湯気の向こうへ視線を落とす。

「……昔、魔法学院で研究職を目指していた頃を思い出しました」

ぽつりとこぼれた言葉に、微かな影が揺れる。

「座学では優秀だと言われていたのに、実技が駄目で……。結局、私には王都で居場所を作れなかったんです」

自嘲気味なその視線を、シーンは優しく、力強い眼差しで受け止めた。

「でも、今は違うでしょう?」

顔を上げたミレイユに、シーンは微笑む。

「ミレイは、ここで必要とされてる」

「……はい」

ミレイユは少しだけ照れたように笑った。

「辺境に来て初めて、自分の知識が役に立つって思えましたから」

「ミレイユ……戻ったのか」

奥の部屋から、ウエスが姿を現した。

右手には杖を握っているが、以前のように体重を預けきってはいない。自らの足で床を踏みしめ、背筋を伸ばして歩み寄ってくる。

(……確実に、良くなっている)

その確かな回復の兆しが、ミレイユの胸を熱くした。

「……はい。隊長に伝えたいことがあって」

ミレイユは立ち上がり、机の上に王都周辺の地図と『魔力音譜』を広げた。セレンを起こさないよう声は抑えつつも、口調には熱が帯びる。

「森の黒土と封印区画の揺らぎは、同じ旋律で揺れています。地脈が引かれているんです。つまり……森も王都も、同じ根で揺れている」

淀みなく語るミレイユを、シーンは静かに見守る。ウエスは地図を見つめ、真剣な面持ちで聞き入っていた。杖をつく手に力がこもり、瞳の奥にかつての“隊長としての静火”が灯り始めているのを、二人は感じ取っていた。

説明を終えたミレイユの傍らで、シーンがそっとウエスの袖を掴む。

「ウエス……まだ身体が……」

「大丈夫だ。お前がいるから、 insecureにはならない」

その光景に、ミレイユの胸の奥が温かくなる。

「……シーンさんは、やっぱりすごいですね」

「ミレイもよ」

シーンはウエスの袖から手を離し、ミレイユに向き直った。

「あなたの言葉があるから、ウエスは前に進めるの」

「……この情報は、すぐに辺境にも伝えないと」

ミレイユは地図を畳み、決意を込めて言った。

「向こうの状況を直接確認したい」

「行くのか」

「はい。私は“ここ”で必要とされているから」

シーンはミレイユの手を両手で包み込んだ。

「気をつけてね、ミレイ。帰ってくる場所は、ここだから」

「……はい。必ず戻ります」

扉へ向かう背中に、ウエスが声をかけた。

「ミレイユ」

立ち止まった彼女に、ウエスは杖を握る手に力を込め、自らの足で一歩踏み出して告げる。

「お前が行くなら、俺も戻る。第九隊は、誰一人欠けてはならない」

心の内に燻っていた静火が、完全な炎として蘇った瞬間だった。

ミレイユは振り返り、真っ直ぐな微笑みを浮かべた。

「――隊長が戻ってくるなら、私も迷わず動けます」

バタン、と静かに扉が閉まる。

部屋には、セレンの穏やかな寝息と、確かな希望の余韻だけが残された。

外へ踏み出したミレイユの足取りは軽い。

姉のような人と、必ず戻ると誓ってくれた隊長が待つ家へ。自分もまた任務を完遂し、必ず帰ると決めたから。

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