神の心授与
天音佑樹は13歳、中学一年生。
ビビりで陰キャで目立たない気弱な少年である彼は、入学式を終えたその日、小学生の頃から片想いしていた同級生の女子と同じクラスになったと知って、内心で狂喜した。
「やった……同じクラスだ……これで、毎日あの子を見られる……」
佑樹は誰にも聞こえないように、小さく胸の内で何度も繰り返した。
入学式の帰り道、クラス分けの紙を何度も見返しながら、足取りが自然と軽くなっていた。
これまで遠くから見つめることしかできなかったあの子が、毎日同じ教室にいる。
それだけで十分だった。話しかけなくても、目が合わなくても、ただ近くにいるだけでいいと思っていた。
朝のホームルームで、隅の席からそっとその子の姿を盗み見る。
休み時間に笑っている顔を見るだけで、胸が温かくなった。
「今日もかわいいな……」
佑樹は心の中でだけ呟き、誰にも気づかれないように小さく微笑んだ。
しかし、それも束の間だった。
同じクラスのイケメン同級生とその女子が付き合っているという事実が発覚した瞬間、佑樹は絶望のどん底に突き落とされた。
「……あの子がアイツと付き合ってるなんて……」
クラスメイトたちの何気ない会話が耳に入った瞬間、世界が音を失った。
佑樹は机に突っ伏したまま、指先一つ動かせなくなった。
胸が締め付けられ、息が苦しくなる。
「……もうボクに生きる気力がない……」
それから毎日が地獄になった。
学校に行くだけで胃が痛み、食事は喉を通らず、夜は眠れなくなった。
教室の隅で俯いているだけで、頭の中にあの子の笑顔と他の誰かと並んでいる姿が浮かんで消えなかった。
「……どうして……ボクは何もできなかったんだ……ただ見てるだけだったのに……」
佑樹は誰にも相談できず、一人で抱え込んだ。
陰キャの自分に何ができるわけでもない。
ただ耐えることしかできなかった。
家族が寝静まった深夜。
佑樹は震える手でロープを天井に吊した。
ネットで見た方法をぼんやりと思い出しながら、結び目を何度も確かめた。
「……これで、全部終わりだ……もう、誰も悲しむ必要もない……」
彼は椅子の上に立ち、首にロープをゆっくりとかけた。
「……今度生まれ変わる時は、ハーレム王になって……たくさんの女の子を侍らせたいよ……もう、こんな苦しい思いはしたくない……」
そう呟いた瞬間、椅子を蹴った。
首に食い込む激しい痛み。
息が詰まる。
肺が焼けるように熱くなり、視界が赤く染まって真っ暗になっていく。
「……痛い……苦しい……でも、もう……」
天音佑樹はそこで絶命した。
数時間後、暗い部屋に、夜空から淡い光の玉が落ちてきた。
それは息絶えた佑樹の体に吸い込まれるように同化した。
「ハッ……!」
佑樹は首を吊ったままの状態で目を覚ました。
激しい痛みがまだ首に残り、喉が焼けるように熱い。
「……う……あ……」
彼はゆっくりとロープから手を離し、床に飛び降りた。
膝が震えてそのままへたり込む。
「……ボク……何を……生きてる……?」
佑樹は呆然と自分の首に触れた。
ロープの跡が熱く疼く。
「……死んだはずなのに……まだ痛い……息が……」
彼は天井からぶら下がっているロープをじっと見つめ、ようやく自分が何をしたのかを理解した。
「……あんなことで死ぬなんて……本当にバカなことした……最低だ……ボク……」
佑樹は床に座り込み、深いため息をついた。
部屋はまだ暗く、窓の外は夜明け前だった。
「……ボク、なんてことしたんだろう……家族に顔向けできない……」
彼はこれまでの自分を振り返り始めた。
生まれながらの引っ込み思案で、いつも消極的で、逃げてばかりの人生。
努力もせずにハーレム王になりたいなどと夢想していたこと。
ムッツリスケベな性格のまま、何も行動せずにただ遠くから女の子を想っていたこと。
そして、想いだけだった女子が他の男子と付き合い始めたと知って、強いショックを受けて自殺してしまったこと。
「……全部、ボクが行動しなかったからだ……何も伝えられなかったから……何も変わえられなかったから……」
佑樹は小さく呟き、拳を強く握った。
「悲劇の主人公ぶっていた自分……本当に情けなかった……」
「何も努力せず、ただ逃げてばかりだった……最低だよ、ボク……」
それを強く恥じた。
その瞬間、佑樹の頭の中に大量の情報が一気に流れ込んできた。
神の心。
精神と肉体が完全に繋がり、精神は永遠に完全無欠となる。
肉体の痛みは残るが、精神の苦痛は一切ない。不老不死。
空腹感も疲労感も完全に排除され、三大欲求も消えたが、やろうと思えば実行可能。
性格の負の部分は全て除去され、自己管理は完全無欠となり、暴走することはない。
そして、絶対の掟が心の奥底に深く刻み込まれた。
逃げること、退くこと、避けることは決して許されない。
常に戦い続けなければならない。それが神の心を授かった者の宿命。
過去の過ちを一つ残らず清算せよ。
この力のことは、魂の結束者以外に絶対に漏らしてはならない。
佑樹は目を閉じ、流れ込んでくる情報を一つ一つ受け止めた。
体が熱くなり、胸の奥が強く脈打つ。
「……これが……ボクに与えられたもの……」
神の心を授かった瞬間、性格に含まれていた負の要素は完全に排除されていた。
陰気だった瞳に、初めて強い光が宿る。
「……過去の清算は……今までのボクの行いを恥じて、改めたことで遂げたんだ……」
佑樹は静かに立ち上がり、窓の外を見つめた。
夜が明け、空が薄明るくなっていく。
「これからは、新しい天音佑樹として生きていこう……」
朝日が部屋に差し込み、佑樹の顔を照らした。
「……もう、二度と逃げない。
二度と、諦めない。
どんなに痛くても、苦しくても、ボクは戦い続ける」
佑樹は自分の拳を強く握りしめ、朝の光の中で静かに誓った。
これが、天音佑樹の新たな人生の始まりだった。




