オワコン
――都内某所、撮影スタジオ。
「あはは、トワコ超似あうよ~。かわいっ」
ピッタリとした黒い専用スーツに身を包んだ十和子は両手を広げて不満そうな視線を時鳥さんに向ける。
「それなら梓が着ればいいじゃん。自分ばっかりかわいい服着ちゃって」
「あたしはアバターじゃないからね~」
俺は端っこで椅子に座って、二人のやり取りを眺めている。今日訪れているここはただのスタジオではない。3Dモーションキャプチャーに特化した撮影スタジオだ。
十和子が着ている黒い専用スーツは身体中に銀色のセンサーがついていて、十和子の動きをワコに伝える。そう、今日の配信はワコver3.0……3Dモデルのお披露目配信である。スタジオ費用はオペレーターさん4人がついて、機材もろもろ8時間で約50万円。
「そういえば、あのドラマ評判よかったからシリーズ化するってさ。監督も脚本家もかなり気合入ってるみたい」
両手を広げて片足バランスをしながら時鳥さんが言ったドラマは当然ながら柊木十和子初出演作である『真夜中ガラクタオーケストラ』だ。
十和子演じる真夜中の少女・詩音。その圧倒的なビジュアルとミステリアスな瞳は、俺と同様多くの患者を生み出してしまった様子で、深夜の単発ドラマとは思えないくらいの見逃し再生数をたたき出したようだ。柊木十和子と柊ワコ。そして、17歳という年齢。ネット上では早速同一人物として考察されている。料理配信の時に映った手と、ドラマで映った手の比較は決定打とされているけれど、公式発表されることは一生無い。
わかる人はわかればいいし、知らない人はそれでいい。解釈はそれぞれに任せる、そんなスタイル。
子役デビューして、とんとん拍子に国民的子役になり、数年の雌伏を経て今度はVTuberデビュー。元の知名度があるとはいえ、こちらもあれよあれよと万バズ。登録者数はきれいな右肩上がりを続けて、メンバーシップも、同時接続者数も今やかなりの数になる。そして、女優デビュー作は業界内の評判も再生数も上々。
傍から見れば、恵まれた芸能生活だろう。
それでも、十和子の本当に欲しかったものは、十年以上ずっと手に入らなかった。大好きな両親は、売れなくなるにつれて仲たがいを始め、等しく距離を取るために、中学生にして一人暮らしをせざるを得なかった。うちの親も、十和子の親も、互いに好きあって一緒になって、結婚をしたはずなのにな。もしかしたら、結婚ってそういうものじゃないのかもしれないけれど。
それもあって、俺と十和子はまだ――。
「えっ!?まだ付き合ってないの!?やばくない!?」
スタジオに響く大きな声はうちの社長の声。
「ちょっ……、バカ!声デカすぎ!」
社長にバカと言うのはうちの会長。ちなみに俺は副社長。三人しかいないからね。
十和子は少し紅潮した顔でバツが悪そうにチラリと俺を見る。
俺は大きく息を吸い込んで、長く吐く。
いつか壊れるかもしれないから手を伸ばさない?その理屈で行けば、いつか死ぬからじゃあ生きないにならないか?
どうでもいい。そんなの俺には関係ない。俺はもう決めているんだ。
十和子が欲しいものは全部、なんでもくれてやるって。俺はもう決めているんだ。これは義務でも贖罪でも何でもない。ただ単純に、俺が十和子を好きで、そうしたいと思ったからだ。
「十和子」
椅子から立ち上がり、スタジオで時鳥さんと戯れる十和子を呼び手を振る。
「どうかした?」
俺の声色から何かを察したのか、十和子が少しぎこちない表情で答えて、俺は十和子に歩み寄る。
「別に大した用じゃないんだけど、ちょっと付き合ってくれないか?」
「いいけど……、自販機?」
スタジオの外にある自販機を指さす十和子に向けて首を横に振る。
「いや、言葉通り。俺と付き合ってくれ。結婚するまで」
十和子の隣では声を抑えるように両手で口を抑える時鳥さん。当の十和子は数秒間絶句した後で、顔を真っ赤にして大声をスタジオに響かせた。
「ば……っばばばばばっかじゃないの!?なんでそんな大事なこと……そんな……」
「だって社長隣にいるから照れくさいだろ」
「はい、クビー」
「梓は黙ってて!」
視線で一喝されて、時鳥さんは再び口を噤む。十和子は真っ赤な顔で、不満げに口を尖らせて俺を咎める。
「……なんで今なのよぉ」
「一番早いのが今だからかな。腹を決めたから、少しでも早く伝えようと思ったらこうなった。一生続くかはわからないけど、一生続くように頑張りはするから。だから、俺と一緒にいて欲しい」
「そんなの……」
十和子は少し考えてから、ハッと何かに思い至り、オペレーター室を振り返る。
「そうだっ!撮れました!?今の!」
オペレーターさんたちは笑顔で〇を作り、『オッケーでーす』と返事が返ってくる。十和子は思わず大きくガッツポーズ。
「や……ったぁ!」
「まじか」
考えが浅かった。ここは撮影スタジオ。撮るのが目的の場所なのだ。一世一代の告白がまさかの高画質高音質で残されてしまった。
「あのー、それで、答えなどは……」
苦笑いで返事を乞うと、十和子は本当に嬉しそうに、意地悪そうに笑う。
「配信終わったらねっ。いいでしょ?そのくらい。私だって散々待たされたんだから。それに、……わかってるでしょ?答え」
何度も、何度でも十和子は俺の心を揺らして、奪っていく。――この時の十和子の動きはすべてワコとしても残っている事を、のちに俺は知ることになる。
◇◇◇
――日曜日、時刻は午後九時。一分、二分、と過ぎて、三分に至る。
『来るぞ』
『来るぞ』
『来るぞ』
『トワコンッ』
コメント欄は流れ続け、いつもの待機画面と牧歌的な音楽。
『WAKO HIIRAGI version2.0』
画面にノイズが走ったかと思うと、画面はガラスのようにヒビが入り、パリンと砕け散る。そこに現れた3Dモデルのワコは満面の笑顔で手を振ってクルリとその場で回る。
『うおおおおおおお』
『3.0キタ!!!』
『かわいい』
『かわいすぎ』
「こーんばーんはーっ。みんな大好き日曜九時から遅れること三分!今日もトワコンチャンネルの始まりだよっ」
『3Dには触れねぇんだw』
――ユーザー名・azusaurus『この可愛さはもう罪。』10000円。
『でw』
『金額捻る余裕もなしwwww』
画面の中でワコは自由に跳んで、回って、手を振っている。自由に動く身体を得たことの喜びを、身体全身を使って表しているようだ。
「さて、この柊ワコver3.0だけどね、本当はもう少し前に出来上がってたんだよね。だけど、今日までとっておいたんだ」
『え』
『まさか……』
――ユーザー名・azusaurus『なんだなんだぁ?』2525円。
『おまw』
コメント欄を楽しそうに眺めながら、画面の右側に移ったワコは左側を手で示す。トワコンチャンネル、現在のチャンネル登録者数は……1020334人だ。
「約束、果たせちゃったね。コラボの時間だよ~」
嬉しさを隠し切れないといった表情で、ワコが手を振る。そこに現れたのは時鳥さん。ワコと十和子の親友で、戦友。
「おじゃましま~す。トワコンチャンネルをご覧の皆様、初めまして!梓ちゃんでっす」
時鳥さんは笑顔で手をひらひらと振る。
『白々しいwww』
『ほぼ皆勤賞のくせにw』
『熱すぎる』
『うわぁああああああ』
「何年振り?一緒に映るの」
記憶喪失設定なんてすっかり無視して、ワコが時鳥さんに問う。
「8年ぶりじゃない?あはは、も~すでに楽しいんだけど。泣いていい?いいよね?」
言葉通り、演技でもなく、目元をぬぐった時鳥さんの頭を、ワコはよしよしと撫でる。
「これから何度でもできるよ。さぁ、今日は楽しもうっ」
両手を高く掲げて、ワコは力強く宣言した。
3Dモデルと、生身の身体を合わせたライブやダンス、そして即興劇。普段できないことをふんだんに取り入れたこの日の配信は、時鳥さん効果もあって過去最高の同接数を生んだ。
配信も終盤に差し掛かった頃、一つのコメントがワコの目に留まる。
『ワコちゃん、……辞めちゃったりしないよね?』
そのコメントだけ見れば何を意味不明なことを、と思うだろう。だけど、わかる人にはわかる。柊ワコと柊木十和子が同一人物だとして、十和子のおやじさんのように、VTuberはテレビに戻るまでの繋ぎだと思ってる人が一定数いるとして、十和子本人がテレビに復帰した。じゃあ、こっちは……と思う気持ちもわかる。そして節目の100万人コラボ配信。
子役時代を知らずに、VTuberのワコからファンになった人からすれば、より一層不安だろう。
そのコメントを見て、ワコはクスリと笑う。
「いい機会だからはっきり言っちゃおっかな」
隣の時鳥さんもワクワクした様子でパチパチと手を叩きながらワコの言葉を待ち、気のせいでなくワコはカメラ越しに俺を見た。
「わたし、配信辞める気なんて無いから。誰かひとりでも見ててくれる限り、何年でもずっと、おばさんになっても、おばあちゃんになってもずっと!他の誰よりも、わたしの方がかわいいって、一生言わせてみせるからね!」
それは、配信の形を取った十和子から俺への返事であり、ワコから十和子への宣戦布告とも言えた。画面の向こうと、目の前で、何度だって俺の目を奪っていく。
俺と、十和子と、ワコ。この奇妙な三角関係は、きっとこれからも続いていくんだろう。
――そして、ワコは宣言通り活動を続ける。それから何年も、何年も、何年も。
柊木十和子が女優としての地位を確立し、賞を総なめしても、結婚して、子供が生まれても、柊ワコはいつだってネットの世界で笑っていて、いつだって元気を振りまいた。
いつしか、世間は彼女をオワコンと呼んだ。いつまでも続いていく、『終わらないコンテンツ』として――。




