3話 才能の灯火
中央圏はその名の通り、この大陸の中央に位置するエリアだ。
東西南北の各地域の中央に位置し、人通りも人口も、最も多く栄えた地域である。
特に象徴的なのは「魔術学院」と「戦術騎士団」の二つだろう。
魔術学院はその名の通りだが、「戦術騎士団」は西辺圏を魔王軍から人類の手へと奪還するため近年になって結成された。
(中略)
温暖な気候というのもあり、さまざまな植物が育ちやすく、野菜、果物、穀物、といった新鮮な食材も揃えやすい。
「美味しいものを食べたければ中央圏にいけ」と言われるほどだ。
(中略)
「魔術学院を拠点とした様々な魔術研究が最も高度に発達した文化圏――。
それが中央圏なのじゃ」
悠々と語る老人の話を聞きながら、僕は後方に消えていく木々を眺めていた。
隣に座るローゼンは欠伸までしている。
短い森を抜けると、明るい日差しと共に冷たい風が強くなった。
僕は再び体を包む薄い毛布で首元を覆い直す。
そんな昼下がり。
ローゼンは僕に顔を寄せると耳打ちをしてくる。
「――おい、もうこの話四回目だぜ。流石に飽きた」
「いや。前回は無かった食文化の話が入ってるよ」
「そーいうことじゃねえんだわ」
長い話を終えた老人は、馬車の行先を見つめている。
そして、その視線を僕たちの方に向け、静かに微笑むと――。
「中央圏はその名の通り、この大陸の中央に位置するエリアだ――」
五回目の語りが始まった……。
七回目の説明を終えた老人は再び深い眠りにつく。
その頃には日が暮れ始めていた。
大きな崖に面した窪みへ入ると、馬車が停まった。
ずっと耳に入っていた馬の足音と車輪の音が止み、急に静かになる。
「今日はここで休もう」
御者のおじさんが呟くと馬車を降りていく。
洞窟のようになっているその場所はなかなか広そうだった。
日陰になっているからだろうか。
先ほどまでの道とは異なり、冷たく湿った空気が満ちていた。
だが、冷たい風が直接当たらないこの場所の方が幾分快適に感じる。
おじさんは細かい石を雑に足で払いながら地面を整えていく。
それをするかしないかで地面の座り心地が段違いになる。
だが、辺りを見回すと焚き火の跡がいくつもある。
きっと多くの旅人が利用しているのだろう。
念入りな整地をする必要はなさそうだ。
ローゼンは眠っている老人に、「もう起きるなよ」と呟くと馬車を降りた。
僕たちは地面を雑に整えると本格的に野営の準備を始める。
焚き火でおじさんが夕食を作り終えた頃には、日はとっぷりと暮れていた。
複数で分担した方が効率が良いと思うのだが、なぜか僕たちが料理を手伝うことは頑なに拒まれ続けている。
初日は歓迎的だったのだが、御者としてのこだわりみたいなものだろうか。
まるでこの世界から人類がいなくなってしまったのではないかと思えるほどの静寂。
時折、パチっと木の爆ぜる音と、食事の音だけが洞窟内に響く。
炙った干し肉を齧りながらローゼンが訊いてきた。
「そういえば、お前、昼間なんで魔獣に気づいた?」
「魔獣に……?」
そう言って、ああ、と思い当たる。
背後から魔術を使われそうになった時のことだろう。
「なんでって、ジリって熱を感じたからだけど……」
僕はスープを飲みながら答えた。
喉を通る暖かさが体に染みわたる。
「なんでわかるんだよ」
「え、わからないの? 師範が魔術を使った時とか、発動前にビリビリって感じるものがあったでしょ?」
「ねえよ」
ローゼンは欠落者だから、その辺りが鈍感なのだろうか?
「おめえ、そりゃマナが魔術に変わる瞬間を感じてるってことじゃねえか?」
「何!?」
割り込んできたおじさんのその発言に、ローゼンは大袈裟に驚いた。
それができて何になるのだろうか。
「マナ読みって英雄オータスが得意だった能力じゃねえか!」
「まぁまぁ、そんなに気を落とすなよローゼン君。オータスを超えようとする君にだって、一つくらい特技はあるさ」
「こいつ! 調子に乗りやがって!」
ローゼンの肩に手を乗せると、仕返しとばかりに頭をわしゃわしゃとしてくる。
食事中にそれはやめてほしい。
「ハハっ! 何にしても誰にでもできることじゃねぇ。優秀な魔術師の中でも、それができるのはほんの一握りって話だ。何を隠そう、俺もマナについては全く感じ取れないままだったからな!」
おじさんはスープを飲み干すと続ける。
「明日、街に着いたらしばらく滞在するんだろ?
せっかくだから魔術学院の適正試験を受けてみな。
本当に才能があるなら、学院側から特待生としてスカウトがあるって話だ」
「なんだと!」
激しさを増すローゼンのせいで髪型が変わってしまいそうだ。
それにしても、スカウトか――。
僕が入学して、アリスが先輩風を吹かせながら魔術を教えてくる姿に思わず笑みが溢れる。
あ、でもアリスは卒業するから学院内で教えてもらうことはできないのか。
空になった食器を乾いた布で拭き上げながらそんなことを考えていると、
ふと、もし魔術が使えたら食器を拭き上げるのも簡単なのだろうかと考えている自分がいる。
「一度も魔術を使えたことがないのに気が早いか……」
感情の高まりを抱いたまま、僕は硬い地面に敷かれた寝床に潜り込んだ。
地面から伝わる冷気が、食事で温まった体を芯から冷やしていく。
少しでも焚き火の熱で暖まろうと思ったが、気休めにしかならないことはこの数日で学習済みだ。
魔術があれば、こういう時でも快適に眠れるのかな……。
明日はようやく街につく。
もうすぐアリスに会える。
アリスは僕との約束を覚えているだろうか。
期待と不安が入り乱れる中、僕はゆっくりと眠りに落ちていった。
………………
翌日、夜明けと共におじさんは馬車を出す。
そして、日が高くなった頃には街の城壁が見えてきた。
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