2話 見えない城
「いやぁ、良かった! 本当に良かったよ!」
もう何度目かわからないそのセリフ。
危機的状況から解放され、よほど安心したのだろう。
僕たちを乗せた馬車は、中央圏の都市へと向かう旅を再開した。
馬の足音と、車輪が地面を踏むガラガラという長閑な音が続き、時折荷台を揺らす衝撃が硬い木の椅子を通してお尻に伝わる。
「ま。これくらいは当然っていうか?」
おじさんのセリフにローゼンが自慢げに返している。
「きっと師範の教えが良かったんだよ」
ローゼンが何か言いたそうに僕の顔をじっと見てくる。
その視線を無視して、僕は同行している老人を見た。
あんな騒ぎがあったというのに、ずっと眠り続けている。
その堂々とした姿からは歴戦の猛者のような貫禄を感じた。
一体何者なのだろうか――。
「師範っていうのは、君たちの剣を預けてきた人かい? 今は剣術道場をやっているって聞いたけど」
「はい、たぶんその人です」
「ははっ! あいつも変わったな。昔は人に教えるのなんて到底無理だったのに」
「師範の昔を知ってんの?」
「知ってるも何も、かつて七血柱が侵略してきた際にその侵攻を食い止めた人の一人だよ。
おじさんもその時は魔術師として戦いに参加してね。彼の戦う姿は今でも目に焼き付いているよ。
――不器用な人だったけどね」
おじさんは懐かしそうに笑っている。
「その功績で北域圏の十傑と呼ばれていたんだ。君たちは偉大な人から剣を学んだね」
ローゼンは先ほどからドヤ顔をしている。
褒められているのは師範だと思うんだけど……。
そんなことよりも――。
「七血柱って何ですか?」
初めて聞くその単語が胸に引っかかる。
「……七血柱っていうのは、魔王軍の七人いる幹部たちのことだ。
魔王軍が結成されてから約千年、未だに人類は奴らに勝てていない」
千年前……。
オータスが生きていたのもそれくらいだと言われている。
当時、もしもオータス達が戦っていたなら勝てたのだろうか?
「でも、あんまりそいつらの話を聞かないよな。
実害無いならほっといても良いんじゃね?」
おじさんは少し間を置いて、顎に手を当て考え込むような仕草をした。
「……西辺圏が魔族に奪われた"大災厄の夜"のことは知ってるかい?」
「はい……」
6年前、地面に倒れたロミオの姿と、馬車の中から見た倒壊していく展望台の光景が脳裏をよぎった。
胸の奥をギュッと掴まれたような感覚が蘇る。
「その事件の主犯が七血柱だと言われている。七血柱の一人、ザル・ヴァンドの仕業だとね」
「ザル・ヴァンド……」
胸の奥の違和感が、ざわざわとした感情に変わっていく。
そいつのせいでロミオは……。僕たちは……。
僕は無意識に拳を握りしめていた。
「ま。俺らで倒せば問題無いだろ」
言いながらローゼンが肩を叩いてくる。
僕に気を遣っているのか、難しいことは考えるなとでも言いたげな顔をしていた。
ローゼンはもう少し後先考えた発言をした方が良いと思う。
「ん? おっさん、アレは?」
ローゼンは話題を変えるように、遠くの空を指差す。
その指先、遠く離れた空中に何かが浮いていた。
遠くてよく見えないが、城のようにも見える。
オータスの英雄譚の中には出てこなかったが、彼らも旅の途中であの城を見たのだろうか。
もうちょっと近づいて見たい――。
ぐっ……と、不意に目の奥を押されたような違和感が走る。
またこの感覚か……。
おじさんはチラッと空を見ると、すぐに目を逸らし足元を流れていく地面へと視線を落とす。
「あれか? あれは……おじさんには、見えないな……」
あれ? 今、見てたと思うんだけど……。
馬車の中に重たい空気が流れる。
その時、今まで寝込んでいた老人が静かに目を覚ました。
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