32話 別れと始まり
旅立ちの朝――。
ついに、この家から、この村から出て自由になる日が来た。
誰も俺が魔術を使えない欠落者だと知らない土地に行くのだ。今より悪い環境になることはないだろう。
何より、カインと旅をすることが楽しみだった。
布団を部屋の隅に寄せると、簡単に部屋の掃除を済ませる。
そもそも物が少ないため片付ける程でもなかったが、長年愛用していた木剣を置いていくことには少し気が引けた。
もうすぐ9時。
カインとの待ち合わせ時間が迫ってきている。
俺は最後に祖母の仏壇に手を合わせる。
「ばあちゃん。俺、今日友達と旅に出るよ。多分もうここには帰ってこないけど、いつか旅の話を聞かせてあげるね。今までありがとう」
祖母の遺影を目に焼き付けるように見つめる。
ふと、写真の祖母よりも、記憶の中の祖母の方が心の支えになっていたことに気がついた。
これなら大丈夫そうだ。
「じゃあ、行ってくるね」
玄関に向かう途中、父の眠る寝室に目が入った。
いびきをかきながら眠っている父の周りにはいくつもの酒瓶が転がっている。
ふと、父との記憶が蘇る――。
あれは6歳の頃、魔術の適性検査を受けるために中央圏へ移動していた馬車の中でのこと。
風が冷たく寒そうにしていると、父が防御系の魔術をかけてくれた。
母と出会った頃に教えてもらった魔術らしい。
暖かな時間だった。
それは防御系の魔術の効果だったのか、それとも父と母に守られていると感じた錯覚だったのか、今となってはもう分からない。
仮に父に願っても、もうあの魔術を使ってくれることはないのだろう――。
久しぶりにまじまじと見た父は少し小さく見えた。
こんな父でも、いざ別れるとなると少しだけ寂しさを感じることに気づいた。
でも、これはいらない感情だ。
「行ってきます――」
もうこの家に戻ってくる理由はない。
それでも、その言葉が自然と口から出ていた。
暦的にはもうすぐ冬が終わるというのに、まだまだ冷たい風が肌をピリピリと刺激する。
門までの道、村人たちはちらほらと祭りの片付けを始めていた。
カインは、あの後大丈夫だったろうか。
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