第39話「北部戦線、決戦暴れ馬」
――ケアン基地・北部防衛線。
湿った森の匂いが漂う。第八艦隊の砲撃痕が無数に残り、連なる木々はまるで欠けた歯のように折れていた。
ホワイトファングの三機を中心に、三個小隊九機が静かに布陣していた。
「――以上が作戦だ」
コックピットを通して、キースの声が全隊へ響く。
手早く、しかし丁寧に説明を終えると、彼は小さく息を吐いた。
「なぜ戦力を集中させるのか。理由は二つだ。」
指揮官としての声は不思議と落ち着いていた。
「一つ。ルーティアからの援軍は進軍ルートが限られる。大部隊で押し寄せるより、少数を何度もぶつけてくるはずだ。だから――少ない所から全員で各個撃破でいく」
小隊長たちが静かに頷く。
「二つ。もしあの暴れ馬が来た場合は……これも全力で叩かなきゃどうにもならない。」
重い空気が流れた。しかしキースは、いつもの熱さを取り戻すように声を強めた。
「ただし――暴れ馬への接近戦は俺たちホワイトファング隊が引き受ける。他の小隊は砲撃仕様で敵遠距離武器の誘爆を狙って欲しい。武装さえ削げれば……勝機はある!」
キースは一拍置き、少し照れたように笑った。
「最後に……自分で言うのもなんだが」
声が、どこか少年のようにまっすぐだった。
「俺たちはホワイトファング隊だ。絶対に、全員を生きて帰らせる。でも、みんなも誇りを持ってくれ。ここまで生き残ってきたんだ。誰だって、ホワイトファングになれる!」
「そうだ、俺達だって!」「グラディウスは奴らと違うんだ!」「おぉー!」
小隊の士気が一気に押し上げられた。
通信が切れたあと、隣でレイが肩をすくめる。
「なあ、キース。慣れない指揮でいっぱいいっぱいだろ? ミリィと俺のことは気にすんな。お前は指揮に専念しろ。」
「……悪いな、レイ」
「大丈夫。私もレイが居るから無茶はしない。」
ミリィも笑顔で応えた。
キースの胸が少し熱くなる。
――負けられない。
――同時刻・ルーティア基地。
巨大な鋼鉄の馬〈スレイプニル〉が静かに立ち上がる。その前で、ミハエル、マルティン、ロメロの三人が向き合っていた。
「すまない。また囮作戦に参加してもらうことになる。」
ミハエルの言葉に、マルティンは笑った。
「何を言うんです? 俺たちは少佐の部下ですよ。どこへだってついていきます!」
ロメロも胸に拳を当てる。
「むしろ誇りです、少佐!」
ミハエルは束の間、表情をほころばせた。
「……後輩に恵まれた私は幸せ者だ。」
そこへフェルナンド・リベイロ大佐が歩み寄る。
「ファフナー君、スレイプニル一機では心もとないだろう。ノースブリッジのエミール・サリバン少尉にスナイパー小隊を編成させ、君の後方支援に当たらよう。狙撃の腕は確かだ。」
「エミールが……? 一度命を救われた彼が後ろで援護してくれるとは、これほど心強いことはありません。」
リベイロは優しく頷いた。
「進軍はやや遅れている。ハインライン大佐も煩いのでな……スレイプニルの奮戦に期待するほかない。すまん。」
「お任せてください。」
ミハエルは静かに敬礼した。
――北部森林地帯。
三個小隊がそれぞれ間隔を保ちながら森に潜み、レーザーの照準だけが木漏れ日の中でかすかに揺れる。
そのとき――地鳴りが走った。
「来たぞ……暴れ馬だ!」
キースが叫ぶ。
「全隊、プランBに移行! 砲撃仕様へ換装!」
ホワイトファング隊が先頭へ飛び出す。
「他の小隊は飽和攻撃で奴の動きを止めろ!」
凄まじい弾幕がスレイプニルを包み、森が激しく揺れる。
動きが鈍った、その一瞬。
「今だッ!」
ミリィが跳躍し、膝関節へ回転斬撃。
金属が裂け、装甲片が飛び散る。
「関節を狙うとは……弱点が見抜かれたか!」
スレイプニルのコクピットでミハエルが驚く。
すかさず反撃に移ろうとしたその腕を、轟音が止めた。
レイのキャノン砲が、ミリィの切り裂いた関節を正確に撃ち抜いたのだ。
「レイ……!」
ミリィが思わず呟く。
「後ろは見てるって言ったろ。」
レイは笑って返す。
スレイプニルはバランスを崩し、後退する。
「このまま追撃する!」
ミリィが再度と跳びかかろうとしたするが、何かに気付いたレイが慌てて叫ぶ!
「!?止まれ、ミリィ!」
レイが叫ぶと、ミリィの目の前を弾丸が穿った。
森の奥でエミールが息を呑んだ。
「そんな!……なんて勘のいい敵だ!」
すぐにキースの声が飛ぶ。
「後方に狙撃手! 三小隊、遠距離砲撃で追い払え!」
「くっ、申し訳ありません少佐。」
集中砲撃が森をえぐり、エミールは舌打ちしつつ後退した。
再び自由になったミリィは、同じ膝へ二撃目を叩きこむ。
装甲が捲れ跳び、内部フレームがむき出しになる。
そこへレイの砲撃が追撃。スレイプニルの膝関節から炎の噴き出す。
「バケモノか……この動きについてくるなんて。」
マルティンが震えた声を漏らす。
スレイプニルの速度が目に見えて落ち始める。
「今だ! 全小隊、砲撃火器に集中砲火!」
連続した爆発がスレイプニルの武装を誘爆させた。
「やった!」
ミリィが叫ぶ。
だが――
「走行モードへ移行!」
ミハエルの声と同時に、スレイプニルの全膝関節がパージされた。
裂けるような金属音。
次の瞬間――股関節が変形し、巨大なホイールが展開される。
森林を押しつぶし、装甲車のように猛加速するスレイプニル。
「う、嘘だろ……!?」「避けろ! 来るぞ!」
小隊が浮き足立つ。だがキースの一喝が飛ぶ。
「恐れるな! 落ち着け! みんななら避けられるはずだ!」
その言葉に、ACEたちの同調率が一斉に上がる。「そうだ俺たちはやれる!」
NuGearの反応が研ぎ澄まされ、人と機械が一体になる――
スレイプニルの速度に全てのグラディウスが対応していた。
「ばかな!……狼付き以外も覚醒するのか……?!」
ミハエルが戦慄する。
だがスレイプニルは止まらない。
暴走する装甲車のように、機銃を撒き散らしながら突撃してくる。
「しかし、避けるだけでは時間切れで、我々の勝ちだ!」
そこへ、キースがスレイプニルの正面へ立った。「――来い!」
「キース!?」ミリィが驚く。
「ウォレン隊長!? 下がってください!」小隊メンバーが叫ぶ。
しかしキース機銃を受けながらもスレイプニルを前に堂々と向かい合っていた。
スレイプニルも正面から突撃し返す。
「何を考えているかは知らんが、受けて立とう!」
距離が一気にゼロになる。
直前、キースのホワイトファングがブーストジャンプで跳んだ。
高く、高く跳び……空中で一瞬静止すると、後方へ回転しながら相対速度を合わせスレイプニルへ飛び乗った。
「なん…だと?!」「飛び乗られた?」「これでは攻撃オプションがない!」
「これで終わりだぁぁッ!!」
右前ホイールシャフトへ両手のサブマシンガンを全弾叩き込む。
火花と油の飛沫が散った。
シャフトが破壊され、スレイプニルは大きく横転した。
――ついに、沈んだ。
コクピット内でミハエルは拳を握りしめた。
「……申し訳ありません、大佐。作戦は失敗です。全軍撤退を進言します。」
通信の向こう、リベイロ大佐の静かな声が返る。
「了解した。全機シュバルツ・アドラー隊を救出しつつ撤退せよ。
…聞いての通りだ、ハインライン。ケアン攻略は失敗だ。」
しかし通信を受けるハインラインの声は冷たかった。
『口ばかりの若造が……情けない。もういい。南部だけで攻略する。』
「逃がすか。ファフナーを討ち取るチャンスだ!」
追撃に向かおうとする小隊を、キースが静止した。
「今は基地の守備が優先だ!」
そして司令部へ報告する。
「北部方面防衛――成功! これよりホワイトファング隊は南部へ急行する!」
森の奥へ消えていくスレイプニルの煙。
北部戦線の勝利は確定したが、戦いはまだ終わらない。
キースは息を吸い、前だけを見据えた。
「……行くぞ、みんな。南部が待ってる」
ホワイトファング隊は新たな戦場へ向かっていった。




