第37話「闇の胎動」
――暗転。
深い闇の奥で、声だけが静かに響く。
?B「ミドガルズオルムにスレイプニル……随分と前から仕込んでいたな。」
?A「穏健派に主導権を取られていたそちらとは違うのでな。」
?B「まぁこれからが本番だ。こちらもようやく数を揃える。」
冷笑を含んだ返答。空気が微かにざらつく。
?C「貴様ら、本気で計画を進めているのか。」
わずかに苛立ちを帯びた第三の声が空間を裂く。
他の二つの影が静かに揺れた。
?A「我々はこの日のために何十年も潜伏してきた。今こそ鬱憤を晴らす時だ。」
?B「そうだ。本国の机上主義者どもには、我々の焦燥など分かるまい。」
二人の言葉に、最後の影が低く息を吐く。
?C「……まあいい。使命を果たせば、本国への帰還も叶うだろう。」
?A「本国、か。」
?C「何か不満でも?」
少しの沈黙の後、やがて最初に話していた影が、静かに呟いた。
「いや――すべては、“総統”のために。」
闇の底に残ったのは、わずかな笑い声だけだった。
ーールーティア基地・通信室。
ミハエルはモニター越しにシェザール少将と通信を交わしていた。
少将は報告書を片手に、朗らかな笑みを浮かべている。
『いやぁ、実に痛快だ。君の報告を皮切りに、奴らの悪行が次々と露呈してな。戦術研究所の連中、根こそぎ失脚だ。
所詮は金と家柄で作った張りぼて組織。本来早々に排除すべきだったが……さすがクライン首相、動きが早い。
命を懸けて戦ってくれた君にも感謝する。ご苦労だった。』
ミハエルは静かに頷く。
「……あのような連中、軍の膿でしかありません。この件は、政府の賢明な判断として評価したいですね。」
シェザールはふっと真面目な表情に戻る。
『だが皮肉な話だ。奴らの企画したスレイプニルが、本国で再評価されている。』
「半壊したのに、ですか。」
ミハエルが苦笑すると、シェザールは穏やかに笑った。
『ACE十八機を相手に大奮戦だ。十分な戦果だよ。
使い方次第では、今回のように味方の損害を最小限に抑える戦法も可能だ。
…だが扱えるのは――君たちくらいだろうな。』
「そんなことはありません。あれは三人の呼吸が噛み合った結果です。
連携さえ整えば、他の部隊でも――」
ミハエルはふと遠くを見るように言葉を止めた。
「……ただ、“狼付き”のような相手には、連携度で後れを取るかもしれません。
実際、もう一つエース部隊の赤サイとの戦闘では苦戦しました。」
シェザールは顎に手を添え、静かにうなずく。
『なるほどな。――ならば、君に再評価を任せたい。
総司令から正式に指令が下りた。南北挟撃によるケアン基地攻略作戦だ。
スレイプニルを再出撃させよ、とのことだ。』
ミハエルの目がわずかに陰る。
「……ケアンを奪えば、残るはリヴパールのみ。
この戦争、これで終わりますか。」
シェザールは答えを探すように視線を泳がせ、重く口を開く。
『……本国次第だ。しかし、これだけの戦果が上がれば和平の機運は高まるはずだ。』
ミハエルは短くうなずき、背筋を伸ばした。
「了解しました。スレイプニル、再び出ます。」
ーーケアン基地・戦略会議室。
スクリーンに映る地図を前に、オセリスが腕を組んでいた。
傍らではダグラスが報告書をまとめている。
「……巨大ACE、か。ミドガルズオルムと言いエウロパ軍がここまで兵器開発を進めていたとは。」
オセリスが低く呟く。
「あれは危険です。量産されれば戦線が一変します。」
ダグラスが神妙に言葉を続ける。
「だが、あれだけの巨体だ。操縦は複数人だろう。
連携が要るとなれば、そう簡単には数を揃えられまい。」
オセリスはニヤリと笑った。
「それにな。我々も負けてばかりではない。」
ダグラスが眉を上げる。
「……?」
「主要幹部を集めろ。ミーティングを行う。」
ーー数刻後、戦略会議室。
オセリスの声が静まり返った空間に響いた。
「――まず現状だ。ノースブリッジは、敵新兵器“怪馬”により陥落。
この結果、敵は南北両面の橋頭保を確保した。」
悲痛な空気が流れる。だが、オセリスは力強く続けた。
「だが我々にも優位はある。リュウ。」
呼ばれたリュウ・ダゴダ中尉が端末を操作し、スクリーンを切り替える。
「ACE――いえ、NuGearの性能差です。
ホワイトファング隊とレッドホーン隊は良くご存じでしょう“感情暴走”。
エウロパ軍は、これを克服していないと思われます。」
キースが前のめりに問う。
「つまり、彼らのACEは感情の同調を使いこなせていないって事か?」
リュウが頷く。
「はい。戦闘データを見ても、エウロパACEの出力は一定のまま。
対して我が方のNuGearは、感情の高まりで同調率が跳ね上がっている。
特にホワイトファング隊の戦闘データは顕著です。」
オセリスが声を張る。
「つまり――我々のACEは人の心で強くなる。
恐怖は同調率を下げるが、信念と自信は何倍もの力を引き出す!」
レイが笑いながら肩をすくめる。
「要するに、“ここは俺が守る!”って強く思えば機体も応えるってことだな。」
ミリィも微笑む。
「わかる。無我夢中で戦うと、いつもの自分を超えた感じがするの。」
ダグラスが笑って釘を刺した。
「だが勢い任せは危険だぞ。特にお前は前科があるからな。」
ライアンが気合を入れたように拳を握る。
「そうだな。あの怪馬とやり合った時も、“負けてたまるか”って思った瞬間、懐に潜り込めた。」
オリバーが冷静に補足する。
「つまり、強い意志と冷静な判断――両方を兼ね備えた時こそ真価を発揮する、ということですね。」
キースが頷いた。
「心は熱く、頭は冷たく、だな。」
オセリスは満足げにうなずき、別の報告書を掲げた。
「さらに朗報だ。グラディウスの量産体制も安定化した。
本国からACE主体の旅団規模増援が到着する予定だ。」
「おおっ……!」
歓声が上がる。だが、キースとダグラスだけは静かだった。
「……増援が来るほど、戦は長引く。」
「平和のための戦いが、いつの間にか平和を遠ざけている、か。」
オセリスはその沈黙を感じ取り、深く息を吐いた。
「――だが、増援を迎えれば性能差で我々は圧倒出来る。いよいよ反撃だ。
逆に、ケアンを守り切れなければ、我々に未来はない。ここが正念場だ。」
重い静寂が会議室を包み込む。
――終わりの見えない戦争が、再び動き始めていた。




