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脱リア充のススメ。~発達障がいの子に家庭教師をしていた陰キャの僕はいつの間にか生徒会長~  作者: 霧


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苦しくても

 祇園さんとはそんな風に、上手くやっているのかわからない日々が続いた。


「今度の日曜、資料まとめ家でやらないか?」


 何度目かの歴史総合の時間。古賀がそんなことを言いだした。

互いの作業分担も明確になり始め、僕が提出した資料の訂正も順調に行っている。


 他の班の進捗状況と比べても、特段遅いということはない。

 古賀の提案の理由がわからなかった。


「進行が遅れてるわけでもないのに、なんで?」


 僕がそう口に出しただけで、場の空気が冷めた感じになる。

 ああ、まただ。また僕は空気を壊してしまった。


 自分が嫌になると同時に、空気というものの扱いづらさにイライラする。

空気などなくなってしまえ。爆発しろ。


「そういうのも、楽しいじゃない?」


澄んだ声の祇園さん。こんな空気読めない僕と目を合わせて、何かを伝えようとしてくれているのを感じた。


「……ダチ同士、学校以外で集まるのが良いんだろ」


 バリトンのように低音の声の吉塚が、苛立ったようにスポーツ刈りにした髪をくしゃくしゃと掻いた。

 そうか、そういうものだった。

 友達というのは明確な理由や目的がなくても集まるのだ。


 来週の予定を頭の中で思い返す。日曜は午後からバイトだから、午前中は空いている。

 そのように伝えると、週末は四人全員の時間が合う日がない。


 祇園さんは家族と一日出かけるし、吉塚はその日午前中が部活の試合らしい。


「じゃあとりあえず、俺と西戸崎の二人でやってみる。ついでに遊ぶか。同じクラスになったのに、今まで一緒に遊んだことなかったしな」


 古賀が子供をあやすのにも似た、柔らかめの声ででそう言う。百七十前半の身長とやせ形の体躯は、百八十代の吉塚と比べ威圧感が大分少ない。

 断ろうかと思った。知り合いの家に行くというのは、同性でも気が引ける。


 自分の家には知られたくないことも多いから、他人の家に行く時でも警戒してしまう。

 でも吉塚よりはマシか。あの身長と大声で言われたら、僕はずっと萎縮しっぱなしになるだろう。


 古賀となら何とか話せそうだと思い、連絡先を交換して了承する。


「じゃあ西戸崎の家でいいか? うちは知っての通り妹がいるからうるさくなるかもしれないし」


 古賀がごく何気なく言った、その一言。常識的に何の問題もない言葉だろう。

 でも僕は、背筋が総毛立つほどの恐怖を感じた。


 家に友達が来る、それはぼっちにとって憧れのイベントのはずなのに。僕にとっては見られたくないものを見せることでしかない。


 頭の中で悲観的なイメージが次々に浮かぶ。

 浮かんだものは決して消えず、嫌なことばかりが思い出され、想像してしまい、頭の中が埋め尽くされていく。


「ちょっと、家の都合で、むりかも」


 声がかすれるのを自覚しながら、絞り出すように言った。

 急に態度が変わった僕に奇異の視線が集まるのを感じる。


 今、自分はどう見られているのだろう。意識の端にのぼりながらも、声や視線を訂正できない。

 内側からこみ上げてくる痛みと苦しみを堪えるだけで精一杯で、周りを気にする余裕がない。

過去におびえるとき、病気に苦しむとき、どう振舞えばいいかなんて考えてはいられなくなる。


「おいおい、大丈夫か?」


 心配するような台詞だが、声の調子が軽い吉塚。座ったままスマホから手を離さない。


「どうしたの? 気分悪い?」


 祇園さんは席を立ちあがって、僕の背中を撫でた。でも柔らかな手の感触を堪能する暇もゆとりもない。

 心配させてしまったことに心が痛んだ。でもこの状態は何度も味わったからわかる。すぐに回復するレベルだ。


古賀はキモがることも追及することも、過度に心配することもなく。


「まあ近頃は家で仕事する大人も増えてるしな。わりいわりい。俺の家でやるか」


明るい口調に彼の気遣いを感じた。徐々に発作のような状態が収まってきて、回りを確認する余裕が生まれてくる。


祇園さんや吉塚だけでなく、別の班からも伝わってくる視線。多くのクラスメイトが作業の手を止めて、僕の方を見ている。


まずい、と本能的に感じた。


「ごめんごめん、急にお腹痛くなって。お弁当のおかずが古くなってたのかも」


 僕は周りに聞こえるよう慣れない大きめの声で言って、お腹を押さえながら教室を出た。

 廊下に出た時視線を巡らせた周囲の反応は半信半疑、といったところか。でも何も言わずに座っているよりはマシだ。


 たとえ苦しくても、自分が周囲に心配や迷惑をかけた時。私は周りを気遣っている、心配かけてごめん、というポーズを見せないといけない。


一人で苦しみに耐えながらも周囲を気遣う。トラウマを負った人間が集団でうまくやるにはそれしかない。


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