ウェスペルとは
訂正しました。
まだ、あちらこちら痛いですが、パソコンの画面を直視できるまでにはなりました。案の定、誤字脱字が多くて申し訳ありませんでした。誤字脱字報告ありがとうございました。
「あの?私がラディウス様と結婚するというお話はわかったのですけど····色々問題があると思うのです」
私はドキドキしながら、ラディウス様にお尋ねします。そう、大きな問題。それはウェスペル子爵家は貧乏貴族なのでお金がない!っということです。持参金など雀の涙ほどしか用意できません。
まぁ、後は身分的なことでしょうか?流石に子爵家の5女が公爵家のご嫡男様に嫁ぐというのは、無理な話です。せいぜい、愛人が良いところでしょう。
「本当はお前が卒業するあのパーティーで全部言うはずだったのだ!だが、お前は学園から去っていったではないか!」
はぅ!こんなに近くで推しからの罵声を!!私の心臓は保つのでしょうか?ドキドキが止まりません。
「ですから、おじさまからお手紙をいただきましたので、仕方がありませんわ」
「オジサマ?あの前ファングラン辺境伯をオジサマ呼びしているのか?!」
ええ、私の母方のお祖父様の兄になりますもの。遠い親戚です。それに····御年60になられますが、すっごくイケオジなのです。いくらでも鑑賞できるほどです。スラリと背が高く長い銀髪を背中に流して、星のように煌めいた金色の瞳が目を引くのです。
あら?今思えば腹黒殿下の従兄弟にあたるルナファルナー公爵子息に似ている気がします。
「ええ、私のお祖父様の兄に当たりますもの。昔からよくしていただきましたわ」
私のお祖父様はファングラン辺境領で当時はキャベラン子爵の地位に居ましたの。よく、ご挨拶に前ファングラン辺境伯のおじさまの元に向かいましたわ。あまり人を寄せ付けたがらないと、お祖父様から聞き及んでいましたので、どんなに怖い人かと思っておりましたら、出迎えて来てくれた人物は、まさにキラキライケメンではないですか!
当時は40歳代でしたが、どう見ても30代!いくらでも鑑賞できる!
はい、当時の子供だった私は前世という記憶がないにも関わらず、その生態に変わりはありませんでした。
そして、前ファングラン辺境伯を前にして幼子だった私は『ふぁー。お目々の中にお星さまがあるみたい』と心の声のまま口に出てしまったのです。
『そうか、お星さまか。アウローラはこの魔眼が恐ろしくないのか?』
前ファングラン辺境伯はニヤリと笑って、そうおっしゃったのです。しかし、私は魔眼の何が恐ろしいのかわからず、前のめりで言い切りました。
『おそろしい?アウローラはキレイだとおもうの』
『妻にも恐ろしいと逃げられたものを綺麗か』
そう、おじさまは魔眼の所為で奥様に離縁されたそうです。理不尽ですわね。その魔眼の力のおかげで、隣国からは小競り合いだけですみ、戦争までは至っていないのですから。
そして、家督は早々にご長男に譲られ、私のお祖父様と一緒に国境警備を担っていらしたのです。
あ、お祖父様はファングラン辺境領の中にある小さな土地を任され寄り子として、キャベラン子爵の名と共にファングラン辺境伯に仕えたのです。
『アウローラはキレイなモノが大好きなのです』
幼子の私はおじさまを見上げてにこりと笑い、己の本心をぶちまけたのです。
『そうか。そうか。では、私の嫁にくるか?』
『よめ?うぇすぺる領にお金をくれるならいいですよ?』
『アウローラ!兄上の冗談だからな!そんなことに返事を返さなくていい』
お祖父様が幼い私の両肩を持って揺すってきました。
私がウェスペル領にお金を融資してくれるのなら、どこに嫁いでも構わないと思っているのは、昔も今も変わりません。なぜなら、ウェスペル子爵には寄り親と呼べる貴族がいないのです。
普通なら高位貴族にあたる公爵、侯爵、伯爵の地位を持つ方々の寄り子として子爵がいるはずなのです。
しかし、ウェスペル子爵は猫の額ほどの土地を己の領土として僅かな領民と共に暮らしているのですが、如何せん作物の育ちの悪い土地で、食べて生きるだけで精一杯なのです。嵐で落ちた橋の修繕もままならないほど。
ですから、お祖父様の言葉に首を振ります。
『アウローラはファングランさまがうぇすぺる領にお金をくれるのなら、およめさんになってもいいです』
『アウローラ。兄上は見た目は良いが、性格は悪魔のようなんだぞ!』
お祖父様も本心を言い過ぎです。
『酷い言いようだな。では、こうしようか?学園を卒業する時に結婚する相手が居ないようなら、私のところに来なさい』
『はい。ファングランさま。ふつつかものですが、よろしくおねがいいたします』
『アウローラ!!』
『ふふふ、アウローラは変わっているね。しかし、それがウェスペルの血だね』
そうして、私とおじさまの口約束の契約が成立したのです。
「ファングラン様と呼ぶと他人行儀だと言われましたので、普通ならお祖父様のお兄様ですので、大伯父様と呼ぶのでしょうが、私はおじさまとお呼びしておりますの」
私はラディウス様におじさまと呼んでいる理由を説明しました。
その時突然部屋の扉が開け放たれ、人が入って来たのです。
「そういうことだ、ブルアスールの倅」
「おじさま!!」
部屋に堂々と入って来たのは、長い銀髪を背中に流し、キラキラとした金色の目を持った長身の男性でした。御年60になろうというのに、私が会った頃からあまりお変わりありません。
私は、座っていたソファから立ち上がり、おじさまの元に向かいます。
「お久し振りですわ。おじさま」
私は挨拶のカーテシーをします。すると、おじさまは私を幼子のように抱きかかえました。なんだか、恥ずかしいですわ。
「おじさま、私はもう子供ではありませんことよ?」
「アウローラは私から見れば孫のようなものだからな」
んー。そういうことでは、ないのですけど?しかし、もうすぐ成人である私を軽々と片手で抱きかかえるなんて、流石辺境で敵を駆逐しているおじさまです。見た目ではそのように武人らしいとは言えませんのに。
「それで、おじさまはどうして、こちらに?お手紙ではファングラン領に来るようにと書いてありましたでしょ?」
「ああ、それは妹の孫に言われてな」
おじさまの妹?·····貴族の血筋をざっと頭の中に浮かべてみます。あ、ん?あれ?これは····
「どちらのお孫様ですか?お一人はこちらにいらっしゃいますけど?」
「ん?今ここに妹の孫は二人いるぞ。ルナファルナーの方だ」
あら?ルナファルナー公爵子息もこちらに?
思い返してみれば、おじさまとルナファルナー公爵子息が似ているのは当たり前でした。おじさまの妹君がルナファルナー公爵家に嫁ぎ、そのお子様である現当主のルナファルナー公爵様と王妃様はご兄妹であります。ですから、アンドリュー殿下も妹君の孫に当たるのです。
そう、遠いながらも私とキラキラ腹黒殿下は血の繋がりがあったのです。恐ろしいことです。いいえ、建国から貴族と言うものは、婚姻を繰り返し血の繋がりというものがそれなりにあるというものです。
しかし、ルナファルナー公爵子息がおじさまにお声がけをしたと聞いて、余計にわからなくなってきました。今のこの状況はどういうことなのでしょう?
「おじさま。おじさまとのお約束の件なのですが····」
ドンッ!
何かが壁にぶつかる音がしました。そちらの方に目を向けますと、窓の外が真っ白になっていました。もしかして、外は吹雪いているのでしょうか?
「私はおじさまとの約束を『パリンっ』····雹?」
なんと拳大の大きさの雹が窓ガラスを割った室内に入り込んでしまったようです。そのことで、使用人の方々が慌ただしく室内に入ってきました。
ここは危険だということで別の部屋に案内されている間、おじさまは私を抱えて歩きながら肩が揺れ、笑いが漏れていました。
使用人の方に窓がない部屋に通され、そこにはアンドリュー殿下とルナファルナー公爵子息がすでに部屋の中にいらしたのですが、その顔は珍しく引きつっていました。
そうですよね。この年で子供のように抱えられるのは駄目ですよね。
「失礼ながらファングラン卿。そろそろ、返した方がよろしいのでは?」
アンドリュー殿下が引きつった顔で、そう言いましたが、”かえした”とはどういう意味でしょうか?”帰った方が”と聞き間違えたのでしょうか?意味がわからず首を傾げてしまいます。
「ふん。先約をしていたのに、横からかっさらおうとするからだ」
「ご自分の御歳をお考えください」
若干青い顔でおじさまとその横に視線を向けているルナファルナー公爵子息。
横?私は横をちらりと見ますと、相変わらず睨んでくださっているラディウス様がいらっしゃいます。はい、いつもどおりですね。その視線にクラクラします。
「クスッ」
おじさまから笑い声が漏れてきました。おじさまに視線を向けますと相変わらずキラキラした目で私を見ていました。
何でしょうか?私はキラキラした金色の目を見て微笑みます。きっと何か面白いことでも思いついたのでしょう。
「ギリッ。いい加減にしていただきたい、ファングラン卿」
ああ、ラディウス様。おじさまに向けている視線を私に向けてくださいませんか?しかし、ラディウス様は何をおじさまに怒っていらっしゃるのでしょうか。
「まぁ、座りたまえ。話はそれからだ」
おじさまはそう言って私を抱えたまま座ってしまわれました。ということは、私はおじさまのお膝の上に鎮座することになってしまったのです。流石にこれは····
「あの?おじさま、私はもう幼子ではありませんことよ?」
「おや?私の妻になってくれるはずだったのだから、よいのではないのか?」
そう言われれば、そのお約束でしたけど、この状況は流石に貴族の令嬢としては、はしたないと思いますわ。
私が困った顔をしていますと、おじさまは大きくため息を吐きました。
「はぁ、アウローラは私の事が嫌いなのかね」
「アウローラはおじさまのことは好きですわ」
昔から口癖のように尋ねられる言葉に私はすぐさま返します。いつもの決まったやり取りです。その言葉におじさまはにやりと笑いました。
「では、構わないね」
「ファングラン卿、遊ぶのは程々にしていただきたい。国が滅び兼ねません」
遊ぶ?アンドリュー殿下のお顔の色が青ざめいつものキラキラ感が失われています。どうなされたのでしょう。
それに国が滅ぶとは大げさです。おじさまの前だからでしょうか?おじさまは有事の際にしか、魔眼はお使いになりませんよ?そんなに恐れなくてもよろしいのに。
「約束を守れなかったのは、ブルアスールの倅の方だろう?」
約束?なんのことでしょう?
「アウローラはウェスペルだ。わかるよな?地位だけしかないガキにウェスペルを任せられると思っているのか?」
おじさまは何をおっしゃっているのでしょう?私がアウローラ・ウェスペルということは皆さんご存知のはずでは?
「だから、それなりの力を示せと、あのとき私は言ったはずだ」
「しかし、半年では···」
ラディウス様が苦渋の表情で言っておりますが、先程からいったい何の話をしているのでしょう?
はぁ、でもラディウス様のレアな表情もたまりません。この様に正面からラディウス様を長い間眺める事は無かったです!
私がラディウス様を堪能していますと、おじさまが私の頭をポンポンと叩きました。何でしょうか?
「アウローラは5歳のときに計画書を私に提出して、金の工面を願ってきたが?」
はい、確かにあの口約束の後日、我が家に問題が発生しまして、急遽お金が必要になったのです。それは、一番上の姉の学費が払えない問題です。
エルピス学園に入学するということが、貴族として最低限のステータスとなるのです。卒業というモノは家の事情等があるでしょうから、そこに在籍したという事実が必要らしいのです。
その貴族として最低限のステータスを持たないとなると、貴族として認められなく婚姻にも関わってくるのです。
それはいけないと、私はおじさまにお金の融資を求めたのです。
「それも短期目標、中期目標、長期目標に分けて領地の改革を提示してきたのだぞ?」
それは、今思えばやらかしてしまったと思っています。前世の記憶があることを自覚がないまま計画書を書き、おじさまに持って行ってしまったのですから。
まずは、領民の食料問題ですね。食べることがままならなければ、心の余裕というものは生まれてきません。ですから、おじさまにイモと豆を用意してもらったのです。
あ、お金の融資もしてくださりお姉様は無事学園に入学することがでしました。
それで、イモと豆というのは食べるためではありません。痩せた土地に植えるためです。イモと豆は痩せた土地でも収穫が可能なのです。痩せた土地に無理やり麦を植えても収穫高は見込めませんので、代わりにイモと豆を植えることを提案したのです。
なぜか私の案はすんなりと通り、ウェスペル領の改革が始まったのです。
水はけが良い土地ですので、お茶の木を植え、今ではお茶の産地の一つとして名があがるようになりましたし、用水路の整備と田畑の改善をすることで麦が育つまでになりました。
まあ、このような感じで、おじさまからの融資という借金が増えていったのです。
ここ2〜3年程では少しずつ返済をしているものの総額から言えば雀の涙ほどしか返せていません。
ですので、私がおじさまのところに後妻に入ることで、その借金の返済をしなくてもいいという話になるのです。
ですが、10年経てば長期計画が波に乗り、完済する予定ではあります。今は下準備期間中で桑の木を育てているところなのです。そう蚕を育てて絹織物を生産しようという計画です。現在は量産というところまでいかず、植物で染めた絹糸の販売のみをしております。
「今ではウェスペルの名は昔の栄光を取り戻すように、耳にしないときはなかろう?これがアウローラが約10年でやり遂げたことだ。初代国王が真に信頼したウェスペルの名を引き継ぐアウローラをお前如きが望むのか?」
あ···あの?おじさま。なんだか誇張しすぎていると思います。私は初代様のように『チート過ぎる俺に出来ないことはない!』だとか『ファングランのように俺の右目が疼くみたいなヤツやってみたいなぁ。魔眼いいよなー』みたいな中二病を発症してはいないです····あら?初代国王陛下からの話を今思いだすと、もしかして初代様も転生者だったりします?
「俺は····いえ、私はアウローラを妻にと望んでおります」
ラディウス様!!私を妻と!!妻···いい響きですわ!
「確かにファングラン卿の言われたように、力を示すことはできてはおりません。今現在、父に付いて領地の事、ブルアスール公爵家の事を教えてもらっている状況ですので、もう少しお時間をいただきたく」
「ふん。ぬるいな。力とはなんだ?公爵家の事だけがお前の力なのか?
アウローラ、私が君に力を示せと言えばどうするかね?」
ふぁ!ラディウス様の言葉に萌えていたら、おじさまに質問をされてしまいました。
「力ですか?そうですね」
そう言って私は右手を掲げます。私の中の魔力を練り上げ、右手に集めます。そして、手を開きます。その手のひらの中には緋色の小さな石が存在していました。
「魔力の結晶です。どうぞ、おじさま」
私の魔力。なんの捻りもない、ただの力の塊です。私には財もありませんし、継げる地位も土地もありません。あるのは私個人のみ。
「クククッ。これだから、アウローラは面白い。見ろ。誰が己の魔力を結晶化出来る?そもそも結晶化しようという発想がない。魔石は採掘するか、魔物から搾取するという固定概念があるからな」
おじさまは私の手のひらから緋色の石を手に取り、目の前の3人にわかりやすいように見せつけています。
その3人はとんでもないモノを見てしまったように、緋色の石を凝視していました。あら?もしかして、私やらかしてしまいました?
「それでブルアスールの倅、お前はどうだ?お前が示す力はなんだ?」
おじさまはラディウス様に問われます。しかし、私にはわかりません。おじさまは何故そこまで”ちから”というものに、こだわるのでしょうか?
「おじさま?おじさまこそ、力というものに囚われておりませんか?」
私がそうおじさまに言いますと、おじさまは目を見開いて私を見てきました。相変わらずキラキラした目で綺麗ですね。
「囚われている。確かに囚われているのだろう。私はこの国の剣だからな。弱ければ国は護れない」
「剣ですか。では盾も必要ですね。確かキャンベルはく···今は男爵でしたか。初代国王様がファングランとキャンベルは仲が悪いクセに、いざ戦いとなると二人で一心同体のような働きをするとおっしゃっていましたの。『我の剣と盾はファングランとキャンベルだと』。ふふふ。おじさまは一人で、頑張り過ぎなのですわ。共に戦う者を隣に置くべきだったのです。それに、そろそろその役目を次代に任せてはいかがでしょう?」
この話も図書館の司書である初代国王陛下の幽霊から教えていただいたのです。この話をされているときのお姿は20代中頃の姿だったでしょうか?殿下と同じくキラキラの金髪に若葉を思わせる美しい瞳を輝かせて楽しそうに話してくださったのです。ああ、初代国王陛下は見かけるたびに年齢が違っており、同じ年頃の青年の御姿のときもありましたし、好々爺のお爺さまの御姿でいることもありました。
「初代国王陛下?アウローラそれはどこで?」
あ!これは内緒のことでした。いけない。いけない。
「秘密です」
そう言って私はにこりと微笑みます。と、何処からかギリリという音が響いてきました。なんの音でしょう?
「そうです。ファングラン卿、老兵はさっさと引退してほしいものです」
ラディウス様がおじさまを睨みながら言ってきました。おじさまは老兵ではなく、まだ現役ですよ?
「クスッ。一年。一年でお前の力を私に示しなさい。ああ、それからアウローラ」
「はい」
「これにサインをしなさい。ウェスペル子爵からは許可を得ている」
そう言われ、渡された用紙は特殊な紙でできた契約魔法の用紙でした。中身を読んでいくと···
「おじさまの養子?」
「アウローラを養子にすることと、1年後ブルアスールの倅が私に力を見せられなければ、アウローラがファングランに来る事が書かれている」
確かに今のままの身分では公爵家に入ることは難しいでしょう。しかし、いつからこの契約書が用意されていたかは、わかりませんが1年という猶予とその結果の采配がおじさまに委ねられているのです。ふふふ、おじさまはお優しいですね。どの様な物でもラディウス様がご提示すれば認めるということでしょう。
私はその契約書に喜んでサインをします。サインと言ってもペンではなく、魔力をその用紙に当てることで、自分の名を刻むことです。
私がサインをしたことを確認したおじさまは懐に用紙をしまい、私を抱えて立ち上がりました。
そして、いきなり落とされたかと思えば、ラディウス様のどアップが!!!どうやら、私はラディウス様のお膝の上に着地をしたようです。
「一年後を楽しみにしている」
そう言っておじさまはニヤリと笑いました。
「一年も待たせませんよ」
ラディウス様がおじさまに言い返します。
その言葉におじさまは返事を返さず、部屋を出ていこうと背を向けられました。そして、部屋を出ていく直前おじさまは振り返り私に尋ねます。
「アウローラ。初代国王陛下はファングランのことをどうおっしゃっていた?」
「それはおじさまが初代国王陛下に会われたときにお尋ね下さい」
ええ、私は初代のウェスペルの話を聞いていただけですから。
「ハハハハ。それは無理そうだね」
おじさまは笑いながら部屋を出ていき、アンドリュー殿下とルナファルナー公爵子息もおじさまの後を追うように部屋を出ていかれました。
と言うことは、再びラディウス様と二人っきり!!それも今度はラディウスのお膝の上に!!私もう気絶していいでしょうか?あ、正確には使用人の方が部屋の隅に控えていらっしゃるので、二人っきりではありませんが。
「お前はあのクソ爺の事が好きなのか?」
「ええ、好きですよ」
我が領にお金を融資してくださいましたから、お陰でウェスペル領は今現在、潤って来ているのです。なぜ、壁際にいる使用人の方は『ヒッ』と悲鳴を上げてガタガタ震えているのでしょう?
「でも私はラディウス様のことがもっと好きですよ」
キャ!とうとう推しに告白してしまいました。これは許されることですか?でもラディウス様が私を”妻に”と、妻とはなんて魅力的な言葉なのでしょう。
「こんな俺なのにか?」
「はい」
推しであるラディウス様の全てが好きですよ。
「半年前の夏にウェスペル子爵を訪ねたのだ。お前との婚姻の許可をもらうために」
あら?普通は私を通しませんか?
「高位貴族からの婚姻の申込みだ。喜んでもらえると思っていたら、逆に断られたのだ」
そうですわね。我が家には持参金に回せるお金はありませんもの。
「それでもと、お願いをしてみれば、お前個人に借金があると下級貴族なら返済は求めないが上位貴族となればその借金の返済を求めるとの契約があると言われたのだ」
あら?その契約は私は知りませんでしたわ。だから、お父様とお母様は必死になって子爵以下の結婚相手を見つけて来るようにとおっしゃっていたのですね。
「多額の金額だったが払えないことも無かったからな」
「え?あの借金を全額支払ってくださったのですか?」
「ああ、その金を持ってクソ爺のところに行けば、剣を取れと言われ、ボロ布のような扱いをされ、『こんなお前にはアウローラを任せられない』と言われ、半年で何かしらの方法で己の力を見せてみろと、納得できれば婚姻を認めてやると言われたんだ。クソ爺にお前は何様だと言いたかったが、言えば剣の猛襲が降って来そうだからあきらめた」
まぁ、そうだったのですね。剣を持ったおじさまは恐ろしいですからね。伊達に国の護りを担っておりませんもの。
「一年も経たずにあのクソ爺を納得させるから、お前をファングランには絶対に行かせない」
私はそれで構わないのですが、このようにぎゅうぎゅうに抱きしめられたら···推しの匂い堪能していいですか?はっ!そこまで落ちるのは一ファンとしてはどうかと···いえ、妻となるものの特権では!
私がこの状況に自分の煩悩と格闘していると、距離を離されラディウス様の御尊顔が目の前に!
「お前は俺の妻になる。わかったな!」
「ラディウス様、できればアウローラと呼んで欲しいですわ」
やはり名前で呼ばれたいですわ。しかし、ラディウス様がオロオロと目を泳がせています。え?私の名を呼びたくないと?
「ごほん。ラディウス様、素直になることも大切ですよ」
壁際で控えていた使用人からの言葉です。ええ、わかっておりますよ。ブルアスールの呪いの所為で幼少期に色々あったことで、他人に対して虚勢を張ってしまうといことぐらい。そして、人をあまり近づかせないようにしていた。おじさまとラディウス様は似ていますね。巨大な力を持ってしまった為に振り回されてしまった人生。
「うっ····あ、アウローラ。アウローラは俺にとって太陽なのだ。冷えた心を溶かしてくれた」
「え?私は何もしていないですよ?」
「いや、側に居てくれるだけでいい。今ならあのおぞましい先祖の気持ちも理解出来る。その緋色の目を俺に向けて微笑んでくれるだけで、俺の心は満たされる。愛しているアウローラ」
ぐほっ!!推しからの愛の告白!かなりの衝撃が!それもラディウス様の満面の笑み付きで!
「アウローラは?」
え?私ですか?もう少し余韻に浸らせてもらえません?ラディウス様の期待した目が駄目だと言っております。
「ラディウス様のことを愛しています?」
「何故、疑問形なんだ?」
推しとしては、もうこれ以上ないってぐらい愛していますが、それをラディウス様と同じ愛という形かと問われれば違うと思いますわ。
「ラディウス様のことは好きですが」
「が?」
「愛となりますと二人で育むものだと思いますので、私はこれからの人生を共に歩んで行きませんか?にします」
推しとしては愛していますからね!これは絶対に口には出しませんが
「そうだな。ではアウローラ、どんなことがあっても俺の隣で笑っていてくれるか?」
「ええ、よろこんで」
私はラディウス様に向かって微笑みます。するとラディウス様の顔が近づいて来て私に口づけを····もう限界です。流石に意識を飛ばしていいでしょうか?
【ファングラン Side】
「やっと吹雪が収まったようだね。アウローラは上手いこと収めたようだ」
ファングラン卿は窓の外の真っ白になった景色を見て口にした。
「吹雪の原因はファングラン卿ではないですか」
「失敬だね。ブルアスールの呪いの力をコントロールできていない、ヤツが悪いのだろう?」
ファングラン卿は呆れたような視線をアンドリュー殿下に向ける。力の制御ができていない者が悪いと
「しかし、アウローラがブルアスールの倅を嫌っているようなら、ブルアスールの倅の方を始末しようかと思っていたが、いやはやなんともアウローラがなぁ」
ファングラン卿はニヤニヤしながら、何やら恐ろしい言葉を口にしている。
「それで、ウェスペル子爵令嬢が言っていた初代国王陛下の話はどう思われますか?」
アンドリュー殿下がそんな恐ろしい言葉を口にしているファングラン卿に対して質問をした。
「恐らく本当のことだろう」
「何かご存知で?」
「何だ?お前たちはやらなかったのか?学園の七不思議探検。その一つに初代国王陛下の幽霊が出るという噂の音楽堂があるのだが、結局会えなかったな」
「音楽堂ですか」
アンドリュー殿下は何か考えるように視線を斜め上に向けている。
「多分それは嘘だ」
「「は?」」
アンドリュー殿下とルナファルナー公爵子息の声が重なる。七不思議が嘘とは?
「会ったことのあるヤツは絶対に口を噤む。先代のウェスペル子爵もポロリと口に漏らしていたが、『え?それ音楽堂じゃないよ』としか言わなかったな」
アウローラの祖父にあたる前ウェスペル子爵も初代国王陛下の幽霊にあったことがあるようだ。
「それで、ファングラン卿は学園の七不思議を調べたのですか?」
「いや、途中で止めた」
「どうしてですか?」
「あれは恐らく真実を隠蔽するために作られた七不思議だ。本来の七不思議は····いや、ここで口にすることではないな。恐らくアウローラは何かに感づいているんじゃないのかな?」
ファングラン卿はアウローラの学園の様子など知らないにも関わらずアウローラが七不思議の事について知っているのではと言う。その言葉にルナファルナー公爵子息が首を振った。
「ウェスペル子爵令嬢は七不思議には興味が無いと言っていましたが?」
「ふーん、では聞いてみるといい初代国王陛下が倒したという、ヒュドラはどうなったかと」
ファングラン卿は何か確信があるようだ。この国を成り立ちの上で必ず語られる話だ。初代国王陛下がこの地に住みついていたヒュドラを倒し、この国を作り上げたと。
後日
「え?ヒュドラですか?それは大迷宮に封印されていますよ。あ、····大迷宮が何処にあるかは教えませんから」
アンドリュー殿下とルナファルナー公爵子息はファングラン卿が手放し難いと言っているウェスペルとはこういう者の事を言うのかと納得したのであった。
この作品を読んでいただきましてありがとうございました。
思っていた以上の読者様に読んでいただき、評価していただきまして、ありがとうございました(>_<)
お礼として続きの一話を追加させていただきました。
まさかこれを書いている途中で寝込むことになるとは····。画面を見ることが辛いまま書いていたので、誤字脱字がいつも以上でした(。ŏ﹏ŏ)申し訳ありませんでした。
【ラビリンスは人の夢を喰らう】
興味本位で学園の七不思議を解いてしまってはならない。それは死の淵に足を掛けていることと同意義なのだから。
そう、七不思議がどういうものか知るだけならまだ助かるだろう。そこから一歩踏み出せば、命の保証はできない。
音楽堂の妖精は人を誘惑する悪魔だ。満月の夜に喚び出してはならない。
大ホールの壁鏡にだけ存在している一人で踊っている令嬢と目を合わせてはならない。その令嬢の手を取るまで、決してホールから出ることが適わないからだ。
図書館の司書に夜に会いに行ってはならない。昼の間の顔とは違い彼はただの殺戮者へと変貌を遂げている。
礼拝堂の神父に一人で、会ってはならない。その者は神父に干乾びるまで血を吸い取られ、その死体でさえも陽の目を浴びることはないだろう。
中庭の噴水の水鏡の中に己ではないモノ映り込んだ水面に触れてはならない。それが世にも美しい天使の姿であっても。なぜなら、水の中に引きずり込まれ、全てが逆になった世界から出ることはできないだろう。
校庭にある大樹を切ってはならない。切り口から異形なるモノが湧き出して、この世が地獄と化すことだろう。
そして、怪異の全ての元凶となっているもの。
新月の夜、北側校舎の最上階の西側に大迷宮への道が開かれる。長年封印されしモノの歪んだ憎悪で形成されたモノが七不思議と現在では呼ばれているのである。
大迷宮を攻略し封印されしモノを倒せば、この怪奇現象もなりを鎮めることになるだろう。
だが、血を吸われグールになった者共が襲いかかり、殺戮者と変貌した初代国王が襲いかかり、異形なる魔の物が襲いかかる中、最下層までたどり着くことができるだろうか。
そもそもだ。何故、初代国王は討伐せずに、封印などしたのか。
不死と言われるヒュドラを倒す事など不可能だったからだ。
この怪異的な現象を止めようとした者たちが、どれほど挑んで来たことだろう。結局、誰一人戻って来ることはなかった。
そう、誰一人として。